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63 恐るべき保険


 異世界転生人ギルドのパルナバッシュ支部事務局、ビップルームから出て来たオレルは、バーカウンターから彼を見詰めるマリールイスと目を合わせる。


「あら、お早いお帰りね。ウチのボスとは上手くいったの?」

「人が悪いな、マリールイス。古い友人だったよ」


 イタズラっぽい笑みを浮かべるマリールイスを、軽く笑いながらたしなめるオレル。そこで何事か閃くものがあったのか、出口に向かわずカウンター席へと赴いた。

 お願いがあるんだけど頼めないかな と、オレルはポケットから金貨を一枚取り出して、パチリとカウンターのテーブルに置いた。

 瞳の奥がキラリと輝いたマリールイスは、テーブルの上の金貨には手を付けずに、金貨を置いたオレルの右手に手を重ねる。


「内容にもよるけど、オレル・ダールベックの願いなら全て聞いてあげたい」


 潤んだ瞳と半開きの艶やかな唇、そしてふわっと漂い鼻腔をくすぐって来る、彼女の甘くて危険な香りは、それだけで男を狂わせる破壊力を持っているのだが、オレルはそれらを上回るような無言の魅力で、マリールイスの瞳に訴えるーー言葉遊びなど要らない、俺の話を聞け と


「世界中にある転生人ギルドの各支部局に、噂として伝えて欲しいんだ【パルナバッシュに急激な軍備増強の動きあり。その不穏な動きは第一次世界大戦の開戦前夜を彷彿とさせる】と」

「あら、おっかないわね。この国を中心にして、戦争が始まるの?」

「いや、そうならないために俺がいるのさ。あのクソ天使の差し金でね」

「ふふふ。それなら、私が情報を広める意味が無いじゃないの。伝説のオレル・ダールベックに、人騒がせなと言う二つ名が追加されちゃうわよ」

「いや、これから君が広めてくれるであろう噂話は、世界を破滅に導くような派手派手しい終末魔法なんかよりも、よほど破壊力があるんだよ」


 オレルはマリールイスの手を柔らかく引き離し、手の甲に残ったその温もりに微笑みながら、彼女の背後の棚に指を差す。

 彼の指が差した先にあったのはバーボンの瓶。それが私のお気に入りだよと言わんばかりに、彼女に一杯催促した。


「話してみて、オレル・ダールベック。そう言う表情で話をするあなたが大好きよ」


 ショットグラスにバーボンを注いだマリールイスは、カウンターの上に新たに置かれた金貨を受け取り、カウンターテーブルに両肘を付いて言葉を待っている。


「この国に不穏な動きがある事については、この際割愛するよ。君のボスが情報を発信して、アムセルンド支部のあのクソ天使が受け取り、そして私が今ここにいるのだから」


 くいっとバーボンを一気に胃に流し込み、喉が焼ける快感を楽しみながら、オレルはそれを枕詞(まくらことば)に説明を始めた。


 ──今回君に頼むのは保険、私と私の部隊が作戦失敗したり、作戦遂行が難しくなった際の保険として、今の内に噂を広めておいて欲しいんだ。

 この噂を広める目的は、各国の転生人ギルドの支部長に知らせるためじゃない。各国の支部にいるマリールイスから、事務局の窓口に訪れるギルドメンバーにそれとなく話して欲しいのさ。パルナバッシュを起点として世界大戦が始まる可能性をね。

 すると噂は噂を呼んで、世界中の国々は水面下で軍備増強を始めるのさ。チャンスなんだよ、近代化した武器や戦法を試すためのね。


「面白い理屈ね。単なる噂話が世界大戦を引き起こすきっかけになるなんて」

「悪い噂も良い噂も、爆発的に拡散する噂話には共通点がある。社会と言う巨大な意志の塊が欲する情報か否か。吉報や凶報などの種類に関係無く、巨大な意志の琴線に触れるか触れないかなのさ」

「それはつまり、人々が内心では戦争を望んでいると言う事なの?」

「子供が拳銃を拾ったとする。引き鉄を引きたくて引きたくてしょうがなくなる。そこに理由は必要かい?」

「あらあら、オレル・ダールベックから見れば、世界はまだ子供なのね」


 クスクス笑うマリールイスだが、オレルを馬鹿にしたり軽蔑する類いの笑いではない。オレルの説明が、そして彼との問答が楽しくて楽しくてしょうがないのだ。

 世界大戦が話題のキーワードに躍り出ても、眉一つひそめない事から、このマリールイス・アルムグレーンも、浮世離れした価値観の世界に住む住人であると言えた。


「君の噂話が社会に浸透した結果、準備の出来た国からパルナバッシュ国境に向けて兵を送る。これが導火線だ」

「私が広める噂が導火線ならば、何が着火するのかしら?」

「パルナバッシュ王国陸軍の制服を着た兵士が国境線を密かに越えて進軍し、各国から進軍して来た駐留部隊を襲撃する。この立派な宣戦布告が火を付けるのさ」

「悪い人ね、オレル・ダールベック。あなたがパルナバッシュ王国陸軍の制服を着ている姿が見えるわよ」

「カッチリとした騎兵服は、似合わないと思うのだがね」

「うふふ、そうね。木彫りのお人形さんみたいね」

「いずれにしても、これは保険だ。我々が失敗しても世界大戦が始まってパルナバッシュが蹂躙されれば、秘密の大量破壊兵器施設も破壊される」

「分かったわ。あなたが失敗する姿なんて見たくないけど、あなたのその保険、私がかけといてあげる」


 オレルは一言「ありがとう」と礼を残し、早々に立ち去ろうとする。

 甘くて楽しい時間を過ごしていたマリールイスは極めて残念な表情を浮かべるのだが、そろそろ帰らないとビップルームにいる君のボスが嫉妬するから と言い訳すると、彼女はカラカラと笑いながら手を振った。


 異世界転生人ギルド、パルナバッシュ支部長のフランカが、作戦に必要な情報を集めてくれる。そして支部事務局の受付、マリールイスが保険をかけてくれる。

 強力な後ろ盾を得たオレル、いよいよ核爆弾製造阻止作戦が、具体的に動き始めたのであった。



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