62 核物理学者の切り札
ヴァレリ・クリコフ 前世は第二次世界大戦後のソビエト連邦で核物理学者。
核の街と呼ばれた閉鎖行政地域アルザマス16で長年に渡り原子爆弾や水素爆弾、ツァーリボンバーの開発に参加するも、スパイ疑惑が噴出して西側に亡命。西ベルリンでイギリス諜報部に保護されるも、イギリス移送中に暗殺される──
「転生は今回一度目で今現在四十一歳。特殊な固有スキルや魔力は一切持っておらず、典型的な前世の記憶だけを持つタイプの人物よ」
フランカに手渡されたクリコフの身辺調査書、オレルは穴が開きそうになるほどそれをじっくりと眺めながら、フランカの捕捉説明に耳を傾けている。
「転生した彼は、パルナバッシュ王国の南部地方で漁師の三男として生まれるも、漁師の人生と前世の記憶との乖離に悩んだ末に十六歳で家出。この王都カーランにたどり着いた末に、転生人ギルドに保護されたの」
「そしてクリコフの得意分野が発揮出来るように、職業を斡旋してやったのか。彼の向上心と探究心にギルドはまんまと乗せられたと言ったところか」
「ぶうう!お師匠様、それは言い過ぎよ。時代に合わない超発明は行わないと言うルールは徹底させてスタートしたんだから」
「しかしこの結果だ。クリコフは自分の夢を実現させるために、幼い頃から第二の人生計画を綿密に立てていた。とんだマッドサイエンティストだな」
ソファに深々と沈んでいた身体を起こし、前のめりになってオレルを見詰めるフランカ。
「二十年ほど前に、南部の鉱山地帯でウラニウム鉱脈が発見されたの。後から分かった話だけど、王立科学研究所の後ろ盾を得たクリコフが、独自のチームを作って発見したのよね。確かにお師匠様の言う通り、彼は前世の夢を実現させるためだけに生きているのかも」
「ふむ、ギルドの無能さをこれ以上責めたところで意味が無い。今現在の状況を話せ」
……とほほ、あんなに優しかったお師匠様が、何だか見る影もない……
頭を撫でて貰いたいのか、ハグして欲しいのかは口にしないが、笑顔がだんだんと固くなるフランカ。
もう二度と会う事は無いと思っていた記憶に住む人が、目の前にいる奇跡に喜んでいたのだが、オレルのあまりにも淡々とした空気の温度差に、彼女の歓喜は徐々に霧散して行く。
「今私たちがいる王都カーランの西、巨大なカーラン湾を海岸沿い北西に向かって半日、そこにクリコフの秘密の研究所があるわ。半分地下に埋まった要塞のような研究所、彼はそこで核開発を行っている。そして彼は研究所から絶対に出て来ない。対外的には王立研究所所長のアレクセイ・ボローシンが道化役を全て引き受けてる」
「なるほどな。そうしたら、地図を提供してくれないか?この国の地図は曖昧過ぎてダメだ。秘密研究所と周辺地域の高低差が分かる地図、これさえ提供してくれれば、後は私たちで決着を付ける」
「お師匠様気をつけて。財界の人間が集中しているから、王都はまだそれ程厳しくはないけど、地方は王党派の秘密警察が闊歩してる。民主化運動の弾圧をしてるの」
「ああ、知ってる。ここに来るまでにいくつかの街でそれを見た」
──街の至る所、木や橋にぶら下がってたよ。警告のプラカードを下げた、首吊りの遺体が
オレルはそう呟きながら立ち上がり、奇跡の再会はこれで終わりと背中を向ける。
だが、ビップルームの出入り口まで歩いたところで一旦立ち止まってフランカに振り向く。彼の表情は、何か合点が行かない事でもあるような、消化不良の顔付きだ。
「フランカ、何でヴァレリ・クリコフが核開発をしている事に気付いた?」
「えっ?いや、それは……」
いきなり質問されて詰まってしまったフランカではあるが、別段ギルド側の手落ちではなかったらしい。
秘密研究所から逃げ出した転生人の魔法使いが、クリコフの核開発を暴露した事で発覚したのだと言う。
「なるほどな、見えたよ。クリコフは火薬の乏しいこの世界で、魔法を使って爆縮反応を起こすのか。私はこの世界では無理だと思っていたのだが、まさか魔法でそれを補うとはね」
近代工業には疎いフランカは、爆縮反応と言う単語が理解出来ずにポカンとしており、オレルは苦笑しながら踵を返し、ソファの背もたれに尻を乗せる。これ以上長居はしないが、言葉を砕いて説明してやるとのポーズだ。
高純度にしたウランを用いて核爆弾は製造されるが、高純度ウランを用意しただけでは爆発は起きない。
高純度ウランを一瞬にして凝縮させる事で、ウラン原子が核分裂反応を起こし、その恐大なエネルギーを爆発力に変えるのが核爆弾である。
だから高純度ウランを精製するにも技術力が必要だが、高純度ウランを凝縮させる「爆縮」の技術も高い技術力が要求される。
「球体の内張りに爆弾を敷き詰め、その球体の中心に高純度プルトニウムを置く。そして内側に向かって爆弾を起爆させて高純度プルトニウムを一気に凝縮させるんだ。それが爆縮反応。クリコフはこれを魔法で行おうと考えたんだな」
「だから……魔法使い失踪事件が多発し、転生人ギルドに所属する魔法使いも連れ去られたのか」
「勝手に納得したような顔をしているが、この話にはまだ先があるんだ。魔法で爆縮反応を起こすとしても、今現在の魔法と工業科学の融合はまだまだ不安定だ」
「今の魔法じゃ、均等な爆縮反応が起きないって事?」
「ライフル銃の弾を考えてみろ。全ての弾に炸裂魔法が込められているが、所詮は魔法使いが手作業で入れた物。全てに強弱のバラ付きがあり、うちの狙撃手も弾を一つ一つ吟味しなければならないくらいだ。完全なる爆縮反応など望める訳がない」
一つの金属を瞬時に凝縮させる魔法技術、そんなのあったっけ? と、フランカは両手で頭をクシャクシャにかき乱しながら悩む
「小さな大魔女よ、どうした?君なら直ぐに答えが出ると思ったのだが」
悩むフランカに対し、いたずらっぽい笑みを浮かべるオレル。まるで前世の師弟問答を再現しているようでもある。
「この世界の魔法系統は、五大属性と神聖光・神聖闇に分かれている。既存の魔法系統では爆縮反応を起こすのは不可能だが、唯一可能性がある魔法系統を、君は知っているはずだ」
「そんな……まさか!あり得ない!いや……まさか……グラビティ・マジック?」
「重力魔法の存在、前世で教えたはずだ。それに君は君の立場で気付かなければならない。重力魔法スキルを身に付けていながら、世に出て来ていない者の存在をね」
「もしかしたら、異世界転生人の可能性もあるって事ね?お師匠様」
「ああ。だがそこで好奇心の翼を羽ばたかせるな、魔法探求者として情けをかけるなよ。クリコフも重力魔法術者もギルドとこの世界の敵である事に間違いは無い。奴らは確実に殺す、それ以外には道が無い」
それを言い終えると、オレルは踵を返して扉へと向かって行く。
フランカは何も言わずにその背中を見送るだけ。
あの強くて優しく、父性の塊のようだったお師匠様が、今は何故か冷淡で恐ろしい悪魔に見える──
彼女の瞳はそう物語っていた




