61 お師匠様
異世界転生人ギルド パルナバッシュ支部のビップルームの扉を開ける。
もちろんその部屋を利用出来る者はギルド内のメンバーでも限られており、そう易々と扉を開ける者はいない。しかしオレルは当たり前のようにノックもせず、ガチャリと荒々しくドアノブを捻って無言で部屋へと入った。
「おお、おお!オレル・ダールベック!」
その部屋にいたのは少女らしき人物、いや、見るからに少女の様相。
ちょうどおやつの時間だったのか、だらしなく長ソファに寝転んでクッキーをポリポリとかじっていたようなのだが、突如来客がビップルームに現れた事で大慌てで飛び起きる。そしてそれが知己のあるオレルだった事で、彼女は二重に驚き慌てふためいている。
「何だ、お前だったのか」
はあ と深いため息を吐き、ガックリと肩を落として緊張を解くオレル。そのビップの少女に座れと許可も受けていないのに、テーブルを挟んだ反対側のソファにドカリと腰をうずめた。
「何だは失礼でしょ、二世界ぶりの再会なのにぃ」
あらためて座り直し、乾いた口の中をミルクティーで潤す少女。カラフルな羊毛で織った重ね着の印象的な、遊牧民族のような格好をしている。
「こっちのマリールイスが、ウチのボスはクセ者だと言っていたからな。どんなクセ者かと思えば、まさか面倒くさい小さな大魔女とは」
「あら、ひどい言い方!【親子】の感動の再会なのに、もっと感激してくれたって良いじゃん」
「血は繋がっていないし親子の関係でもなかったよ。まあ、不詳の弟子ではあったな」
異世界転生人ギルド、アムセルンド公国支部の支部長であるジョスリーヌ・バイルホイスとは、悪魔だの天使だのと過去の記憶を元に険悪な雰囲気の中で罵り合っていたのだが、このパルナバッシュ王国支部は何やら空気が違う。
二人の過去に共通項があり、それがささくれ立ったものではなく、どうやら穏やかなものであったらしいのだ。
「こっちの世界での私はフランカ・ペトラで、お師匠様が伝説のオレル・ダールベックね」
「伝説は余計だな、それにもう私を師匠と呼ぶな。君は師匠に出会う前から、師匠を超えていた弟子だよ」
「そんな事は無いわ。あなたは魔力をからっきし持っていない肉体派だったのに、まだあの世界で確立されてなかった魔法を、完璧に系統化した魔法科学として私に教えてくれた。私が大魔女と呼ばれたのは全てお師匠様のお陰よ」
「ふん、ならば好きにすれば良いさ。それで君は能力を今に引き継いだ有能な転生人として、ギルドの支部長に祭り上げられたか」
「本来ならお師匠のような複数回転生人が、支部長や本部長やるべきなのよ。私だってもっと自由に生きたいのに」
「異世界転生人と群れる気は無い。転生前の知識や能力に頼る奴らは鼻につくから嫌いだ」
「あは、一体誰の事を言ってるんだか」
フランカは社交辞令ではなく心の底からカラカラと笑い、オレルは口角を少しだけ上げて彼女を楽しそうに見詰めている。
「フランカ、こうは思わないか?真剣にギルドを管理するなら、最強のマリールイス・アルムグレーンにやらせるべきだと。彼女の能力である【多重人物】など、もはや神の領域にあるスキル。繰り返す転生の中で様々な世界を見て来たが、後にも先にも彼女だけのものだ」
「一つの身体に無数の人格を有すると言われる、多重人格なら私も聞いた事はあったけど、一つの人格に無数の肉体なんて、私も最初はびっくりしたわ。でも彼女は自らリーダーを辞退したそうよ。適材適所を考慮するなら連絡係が最適だって」
「彼女がギルドを仕切らないから、ジョスリーヌのような馬鹿者がデカい顔をするようになる。困ったものだ」
「アムセルンドの支部長?彼女と何かあったの?」
もちろんオレルは答えない。拳聖時代に記憶を共有したフランカには、その後のオレルの転生先など分からないのは当たり前。
ましてやジョスリーヌと出会った世界が、嘔吐を繰り返してもスッキリしないほどに、腹の底に絶望蠢く世界であるなら、口が裂けても話す訳が無い。
一瞬の沈黙の後、オレルは別の話題に切り替える。過去の懐かしい話はここまでとし、これからの話をしようとクサビを打ったのである。
「十日かけてアムセルンドから来た、私の部隊は東の森に待機している。状況を詳しく聞かせてくれ」
オレルが本題を切り出した事で、ノスタルジーにふける時間は終わり。フランカもそれを理解したのか、みるみるうちに真剣な表情に変わる。
「ヴァレリ・クリコフの事ね……」
彼女はその真剣な表情に僅かな憤りを含めて、今この国が置かれた状況を語りだした。




