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60 プロローグ 異世界転生人ギルド


 大陸最西南端にあるパルナバッシュ王国は、西の大海に面している事で、その温暖な海風の恩恵を受ける農業立国である。

 ただ、古くから農業及び漁業に傾倒して国内消費に落ち着いて来た結果、工業分野や物流分野が時代の潮流に乗れなかった事から、世界的には後進国に位置付けされて、それに甘んじていた事実がある。


 大陸中央に位置する巨大な軍事国家、アムセルンド公国の西にあるパルナバッシュ。その王都であるカーランは、西海に面する国内物流の最重要拠点ではあるが、時間がゆっくりと流れるような農業立国である事から、国内最大と言っても、人口五万人程度のこじんまりとした貧相な大都市である。

 だが、陸路と海路のターミナルである王都カーランは、国民の九十パーセント近くが農業に携わる中で、物流業者や仲卸業者が集中してこの首都に拠点を構えた事から、繁華街には普段から人が溢れ、昼間から賑わいを見せていた。


 温暖な海風が流れて来る事で、秋深まったこの季節でも穏やかな陽気に包まれるカーランの街。西の海から漂って来る軽やかな潮の風に包まれながら、午後になっても商談やティータイムで賑わい続ける繁華街の中を、一人の青年が歩いている。

 ハンチング帽にタートルネックのフィッシャーマンセーターを着たその青年は、街の景色に溶け込みながら黙々と歩き続け、そしてとあるレストランの前で足をピタリと止めた。

 店の名前は『リストランテ アロンツォ』。店主の名前をそのまま利用した郷土料理屋で、立ち並ぶ飲食店の中ではさほど珍しくもない一般的なレストランだ。


 だがその青年は立ち並ぶ飲食店の中で、このリストランテ・アロンツォと心に決めたものがあるのか、店内の様子を伺うでもなく無造作にドアを開けて入店して行く。


「いらっしゃいませ!」


 店主の娘だろうか、ホール係の若い女性が笑顔で接客に赴くと、青年は空いたテーブル席を探しもせず、立ったまま「これを」と言ってポケットから取り出した金貨一枚を手渡した。


「……こちらへどうぞ」


 青年がどう言う目的を持って来店したのか理解したホール係は、サービス精神溢れる笑顔を止めて、真顔でその青年を店の奥へと案内する。

 一番奥の壁際、薄暗がりにある扉にたどり着くと、その青年は何か異質な存在でも見詰めているかのようなホール係の女性に淡々と礼を言いながら、その扉を開けた。


 扉の奥に見えるのは、地下に向かう下り階段。

 そう、ここは異世界転生人ギルドへの入り口。異世界転生人ギルド パルナバッシュ支部の事務局であったのだ。


 地下にたどり着いた青年が見たものは、アムセルンド公国の首都バルトサーリのあるものと全く同じ。

 木目調の落ち着いたバーがそこにあり、同じテーブル、同じ椅子、そして同じバーカウンター。まるでバルトサーリにあった設備をそのままこのパルナバッシュに移設したかの様な同期性だ。


「あら、あらあらあら!」


 カウンターの中にいた女性が、青年の顔を見た瞬間にパァッと表情を明るくする。


「オレル・ダールベック!本物のオレル・ダールベックだわ」

「やあ、マリールイス・アルムグレーン。パルナバッシュ王国のマリールイスは初めてだったね」


 そう言いながら、ポケットから取り出した一枚の金貨は、ピンと指で弾いてマリールイスに渡した青年……彼こそがオレル・ダールベックである。


「いやあ、良い男だわ。共通記憶内のあなたも良い男だけど、やっぱりイメージ映像より直に見るオレル・ダールベックの方が全然良い!」

「ありがとう。君も数あるマリールイスの中でも一際(ひときわ)美しいよ」


 嬉しさのあまりに腰をクネクネとくねらせる「別人の」マリールイス。喜ぶ彼女の姿を見ながら、オレルはもう一枚金貨を取り出し、カウンターにパチリと貼り付ける。


「……いるかい?」


 オレルに問われたマリールイスは、カウンターの横にあるビップルームに視線を向けながら、ウチのボスは面倒くさい性格だけどそれで良ければと、艶やかな笑みを浮かべて答えた。


 核爆弾製造を阻止するためにパルナバッシュへと潜入したオレルたち。先ずは異世界転生人ギルドへと赴き情報を収集する……その第一段階が始まったのである。

 そしてバルトサーリ支部と寸分違わぬこのギルドのカウンターで待っていた「別人」のマリールイス、彼女についての謎。更にはビップルームの扉の先に待つのは、オレルを毒々しく罵った天使ジョスリーヌ・バイルホイス本人なのかどうかは、この後の支部長との面談で明かされる事となる。



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