05 オレル・ダールベック “中佐”
「安価な武器の大量生産システムは工場の近代化に拍車をかけ、続々と戦場に投入される新型兵器は、その発明ラッシュにより工業水準を飛躍的に向上させるでしょう。しかしそれは他国も同じ事。もし戦端が開かれれば、大量破壊兵器の応酬による悲惨な物量戦が繰り広げられます。その先にあるのは……」
ラーゲルクランツ少将とノルドマン准将は額に汗を浮かべながら、顔を真っ青に沈黙する。戦争に綺麗も汚いも無いが、つまるところ最後は人間同士の絶滅戦が待っているだけだと想像して震撼したのだ。
「ご安心ください、人間は絶滅しませんよ。ある程度の段階でブレーキがかかるのです、このままじゃマズイと思う者が出て来るのです。その後はにらみ合いが延々と続き偽善的な平穏が世界を支配するでしょう。ただ、有利不利の差は歴然として現れます。ですから、有利になる事を願いながら唯々諾々と日々を過ごすのももったいなく思います。閣下のお手元にあるその論文の後半に、情報戦による国家間交渉の主導権奪取と、大規模戦闘に発展しない先制攻撃の必要性を訴えました。それが惰眠を貪らないための指標なのです」
「なるほどな……」
「私もいささか驚いたよ。軍の再編成論が終わった途端にいきなり第二章が始まって、情報戦と特殊編成部隊による非正規戦の重要性が記述されてあったからな」
「転換期のその後をこと細かに記せば、私は異世界転生人との疑いをかけられて、忌み嫌われたでしょうからね。私も実は臆病者なのです」
肩をすくめるオレルの姿を見て盛大に笑うラーゲルクランツとノルドマン。
確かに異世界からやって来た転生者は、この世界に少なからず存在すし、忌み嫌われている。
この世界には無い能力や多彩な才能を発揮して活躍する事への妬みもあって、転生者は基本的に嫌われている。様々な世界の輪廻から外れてこの地に降り立って得をする「ズルい人間」として嫌悪の対象になっているのだ。
「安心したまえ、私とノルドマンは転生者に偏見など持っていない。参謀情報部自体が騙し合いや知恵比べの組織であるから、少佐のような人物は大歓迎だ」
「どうだろう少佐。今参謀情報部は一課と二課があるのだが、君が部長となって第三課を動かしてみないかね? 」
参謀情報部一課とは、周辺諸国や敵性国家の情報を収集するスパイ部隊であり、二課は国内の敵性組織や危険人物をあぶり出す部隊である。
もちろん一課は他国が相手と言うこともあり、情報収集が専門であるが、二課は国内が主戦場である。暗殺や拉致拷問も水面下で認められた荒事部隊で、二つとも公式には軍組織に名前を連ねていても、一切の活動内容が公表されない秘密部隊である。
「少将閣下、准将閣下、私が三課を動かすとして、私に一体何を求めているのですか? 」
さすがに、オレルも気持ちの悪さを感じていた。
軍改編などと言う前代未聞の論文を提出し、けしからん! と怒鳴られても致し方無しの覚悟はしていたものの、諸手を上げて歓迎されるとは思っていなかったのだ。
せいぜい穏やかに場が進んだとしても、両閣下の腹の内にあるのは、オレル・ダールベックに対しての思想確認と事情聴取程度であろうと踏んでいた。それがまさか、自分たちの元で独立部隊を作らないかと言う破格待遇でのスカウトが待っているとは。
──何か悪酔いする安酒でも飲んだ感覚であったのだ。
「少佐、公国に訪れる時代の転換期、これを優位に進めたい。よって不利になる全ての事象を排除して欲しいと思っている」
「少将閣下、それは国内外問わずですか? 」
「国内外問わずだ。君の裁量の幅は広くしてある。ノルドマンの指示以外に君を縛るものは何も無いと考えてくれ」
「なるほど」
悪い話じゃない。
公国の未来のためと言う綺麗なお題目を唱えながら、あらゆる汚い事をしてもそれが認められる立場。
だからこそ自分を厳しく律して部隊を運営する必要があるが、この話……非常に魅力的ではある
今日、この会談で初めて、オレルがソファから背中を離して前のめりになる。
「私が敵を見つけ、精査し、私の専属部隊が秘密裏に処理する。ノルドマン准将閣下以外に他の部隊と繋がりを持たない、完全独立部隊の設立を希望しますが、いかがでしょうか? 」
「構わん。実務的な話は准将と詰めて、君の都合の良い部隊を作りなさい」
ラーゲルクランツは立ち上がり、オレルに向かって右手を差し出す。軍隊に籍を置く上官と部下の関係を示す“敬礼”ではなく、目的を同じくした同志として握手を求めて来たのだ。
「ダールベック“中佐” 参謀情報部へようこそ。貴官の活躍を期待している」
──こうして、異世界転生人オレル・ダールベックは、軍の後ろ盾を得ながら、闇を斬り裂く者となったのである。
◆ オレル・ダールベック 編
終わり




