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48 国家安全保障問題


 異世界転生人ギルドのビップルームにおいて、新たな支部長であるジョスリーヌ・バイルホイスは傲慢かつ好戦的な笑みをオレルにぶつけつつ、核開発疑惑についての概略を説明し始めた。


「パルナバッシュ王国で政変が起きています。近年、思想家を旗頭とした民衆が市民革命運動を仕掛け始め、体制維持を狙う王朝側と一触即発の不穏な気配が漂っているのは、オレル・ダールベック程度でも知っているだろ?」


 ソファに深く腰を埋め、純白の透き通るような長い足を高々と組み、あくまでも不遜な笑みで見下す姿勢は変わらず、オレルも良く激発せずに話を聞いていられるなと、感心する構図だ。


 ──大陸の中央に位置する巨大な軍事国家アムセルンド公国。そのアムセルンドの西側国境にある隣国のパルナバッシュ王国、この国が最近キナ臭い。

 思想家が共産主義なり資本主義で民衆を説いて王政打倒に動くのは、中世から近代における社会システムの変化であるからそれほど不思議ではない。しかしだ、まだ近代化にはほど遠い文化水準でありながら、パルナバッシュの王朝側で発明ラッシュが起こり始めた。

 例えば重機関銃、まだ魔法騎士とマスケット銃部隊しか無かったのに重機関銃が発明され配備が始まった。マスケット銃の次にヘビーマシンガンだぞ?

 例えば軽車両装甲車、第一次世界大戦の開戦以前の世界において、騎馬隊しかもっていなかった比較的工業水準の低いパルナバッシュが、いきなり軽装甲車を作り上げた。今は自動車と同じく二軸や三軸のタイヤで開発されているが、あれは間違い無く短期間の内に無限軌道に変わる。つまり戦車の発明だ。

 更には、王朝側が秘密公安組織を作り上げて、不穏分子狩りを始めている。電気ショックによる拷問が売りの、政治犯収容所なども作り上げたそうだ。


「こうして、急激な文明進化と発明ラッシュに沸くパルナバッシュだが、何故にあのさびれた田舎がこうも劇的に賑やかになったか、オレル・ダールベックなら分かるだろ?」

「ああ、はっきりと分かっているさ」

「そこへ来てだ、高純度ウランの精製を始めた情報が入って来たのだよ。我々がザワついてもおかしくはない。どうする?オレル・ダールベック」


 まるで虫ケラでも眺めるかのように、遙か高みから見下ろして来るジョスリーヌ。

 逆にオレルはソファに浅く座り、両手を膝の上で組みながら、下から見上げるように睨み返している。

 一つの空間の中で、テーブルを挟んで時間を共有しているのに、見下す者と見上げる者のこの差。まるでゴングが鳴る直前の王者と挑戦者にも見える。


「どうする?私にどうすると聞くのか、この自意識過剰の腐れ天使が。貴様ら異世界転生人ギルドの失態だと、何故素直に認めない?」

「我らの失態だと?さすがは下賤な下等生物、話の本筋が見えていないと見える。転生人ギルドは相互不干渉を基軸とした互助会の域を出ない団体である。それゆえ会員が何を考え何を目指すかなどには踏み込めない。パルナバッシュの件は我々の失態では無く、不幸な結果だと考えている」

「詭弁もはなはだしいな。ドブ川に片足を突っ込んでおいて、これは清流だと放言するとは、さすが盲信者は言う事が違う」


 どちらも一歩も退かずに苛烈な睨み合いが続く。

 本心を言えば、互いに一瞬たりとも席を同じくしたくない状況において、是が非でも結論を導き出さなくてはならない以上、相手が折れるのをひたすら待つような我慢比べが続いている。

 しかし、ここで意外にもジョスリーヌの頬にあった嘲りの緊張が解かれ、彼女の表情から敵意がすうっと引いて行く。両者が睨み合い続ける事は、無駄な時間の浪費である事を悟ったのだ。


「転生人の名はヴァレリ・クリコフ。現地人をピエロに雇って別人の名前で売り出しているから、クリコフの名前は表面上一切出て来ない。クリコフは王直轄領に秘密の研究施設を作り、身を隠している」

「なるほどな、そのヴァレリ・クリコフって男がこの世界でレオナルド・ダ・ヴィンチを気取りながら、ウラン235の純度九十パーセント精製を目指しているのか」

「そうだ。高純度ウランの使用目的はただ一つ、核爆弾製造以外の何ものでもない。それがアムセルンド公国に対する深刻な安全保障問題であるならば、貴様の飛び付く分野なんだろ?参謀情報部のダールベック中佐。ははは、見てみたいな!闇のレオナルド・ダ・ヴィンチ対NKVDのエジョフの戦いを」


 ジョスリーヌが口にした「NKVDのエジョフ」とは、NKVDをエヌ・カー・ヴェー・デーと発音する、ソビエト連邦のヨシフ・スターリン時代に設立された恐怖の秘密警察。つまりKGBの前身の組織である。

 そしてエジョフとは、「無実の人間を十人犠牲にしても良いからスパイ一人を逃してはならない」と主張し、百四十万人ほどの国民が政治犯として逮捕され、その内約八十万人ほどの人々が処刑されたと言う、いわゆる「スターリンの大粛清」を主導したNKVDの長官ニコライ・エジョフの事を意味する。

 つまりジョスリーヌ・バイルホイスはNKVDのエジョフの名前を持ち出して、オレルを侮辱したのである。……何でも殺しで解決する、秘密警察の司令官と


 だが、オレルはその挑発には乗らなかった。


「いちいち癪に障る言い方をする、さすがは狂信的潔癖症の天使だ。転生人ギルドには義理もへったくれも無いが間違い無くこれは国家安全保障問題、我々が跡形も無く潰す」


 と彼女に告げながら、話はこれで終わりだとばかりに立ち上がり身を翻したのだ、それも極めて冷静な口調で。そして数日中に出発するから詳細な情報はそれまでにレポートにまとめろとジョスリーヌに指示を出したのである。


「気を付けろよ、貴様のような下賤で野蛮な悪魔の事だ。現地で核爆発を起こして綺麗さっぱり消去して終わりとか、有り得ない話ではないからな。黒い雨なんか降らすんじゃないぞ」


 その冷静さが面白くなく、まだ言い足りなかったのか、ここぞとばかりにオレルの背中に向かって憎まれ口を投げ付けたジョスリーヌ。しかし、オレルは直ぐに反応しなかった。

 沈黙を保ちつつそのままビップルームの出入り口に向かい、ドアノブを掴んだ瞬間、思い出したかのようにジョスリーヌへと振り返ったのだ。


「勘違いするよ馬鹿天使。アムセルンドの安全保障問題を最終的に解決するのが私の任務であり使命だ。田舎の王国が一つ丸焼けになって、草木一本生えない地獄と化したからと言って、だから一体何なんだ? 嫌なら貴様の父に祈っていろ、訪れない奇跡をあてにしていれば良い」


 残忍な笑顔で瞳の奥に殺意の炎をメラメラと燃やしながら、オレルはそれを捨て台詞にしてビップルームを後にした。

 後々、ギルドの受付を担当するマリールイス・アルムグレーンがオレルに語った話では、オレルがギルドの地下室を去ってから数分後、ビップルームでドカンバタン!と壮大な物音が聞こえた後に、ジョスリーヌ・バイルホイスが澄ました顔で出て来たと言う。

 そして、気になったマリールイスがビップルームを覗くと、ソファやテーブル全てがボロボロに粉砕されていたそうだ。


 ……オレルはこの日に起きたこの驚愕の世界情勢を、参謀情報部のスポンサーであるランペルド・マルヴァレフト公爵に報告したのである。

 もちろん、彼とジョスリーヌとの個人的なやり取りは全て省略の上で



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