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46 プロローグ マルヴァレフト公爵邸にて


 首都バルトサーリの南西の郊外に、広大な土地に包まれた立派な建物が建っている。

 深い森が点在し、敷地には小川も流れる風光明媚なその土地に建つ古城のような建物は、それはアムセルンド公国の政治を司る「五大貴族」の一翼を担うマルヴァレフト家の屋敷。当主であるランペルド・マルヴァレフト公爵の住処である。


 高地にある首都は短い夏が早々と終わり、首都を囲む高い山の尾根や稜線が黄金色に変わりつつある。いよいよ秋本番、このマルヴァレフト公爵邸も、大自然の緑はいよいよ最後の時期を輝かせようと言ったところだ。

 そして照りつける太陽と、北に並ぶ山々から吹きおろし来る涼しげな風に包まれたとある昼下がり。マルヴァレフト公爵邸の裏口に一台のトラックが停まった。


 荷台の横に『バルトサーリ牛乳』とペイントされたトラックは、慣れた出入り業者のように駐車スペースへ無駄な動きが無く停車し、中から作業服を着た若者が降りて来て裏口扉をノックする。

 すると出て来たメイドに何度か頭を下げて、若者は屋敷へと通された。


「旦那様、オレル・ダールベック中佐がご到着されました」


 決して煌びやかではないが、重厚且つ気品の漂う食堂で遅い昼食をとっていたランペルドに執事はそう伝えると、彼は食事中でありながらも時間が惜しいと考えたのか、中佐を食堂へ呼ぶようにと指示を出した。


 まるでビジネスマンのパワーランチのように、食事の時間も無駄にしないと言う精力的な人物なのだろうが、一緒に食事をしていた孫のアンナリーナ・マルヴァレフトにしてみればたまったものではない。

 大好物の挽き肉を炒めて餡にした揚げパンにかぶり付き、口の周りが揚げカスだらけだったのに、執事からオレル・ダールベックの名前を聞いた途端、慌てて食事を中断して、口の周りをナプキンで入念に拭きながら、髪の毛を撫でていそいそと身繕いを始めたのだ。


「おやおや、アンナリーナはいつからおませさんになったんだい?」

「お爺様の意地悪な物言い、嫌いです。アンナリーナも淑女の教育を受けておりますゆえ、殿方がお見えになられるなら一言あっても……」


 確かに意地悪だったのは、祖父のランペルドの方だ。

 いくらアンナリーナが大好物を前に、ナイフもフォークも使わずに両手の手掴みでミンチ入り揚げパンをがっついていたとしても、そこに客の来訪が告げられれば慌てるのが当たり前。

 更に、アンナリーナの専属家庭教師は門閥貴族の老貴婦人であり、ランペルドやランペルドを訪ねて来る客も老いている。彼女を取り巻く環境において唯一若いのはメイドぐらいしかおらず、同年代の友人もいなければ、若い男性の存在など皆無。


 そのアンナリーナに対して、理知的で黒髪の印象的な若い男性が訪問して来たと耳に入れば、十歳に満たない幼子だとしても意識するのは当たり前。

 アンナリーナが頬をぷうっと膨らませて祖父の冗談に本気で怒ったとしても、それは間違いなく冗談を言ってからかった方が悪いのだ。


「いやはやまあ、こりゃ私の負けだ。悪かったね」


 と謝罪しながらカカカと笑うランペルド。

 本人もその自覚があったのか、苦い笑顔で誤魔化そうとしていた。


(旦那様、オレル・ダールベック様にございます)

「おお、構わないから通してくれ!」


 執事が扉の外から声をかけると、躊躇なくランペルドはオレルを招き入れる。

 アムセルンド公国を動かす五大貴族の一翼、マルヴァレフト家の当主と、アムセルンド公国陸軍で安全保障問題に携わる、諜報特殊戦部隊の中佐との会談が始まろうとしていた。


「マルヴァレフト卿、まさかお食事中とは思いませんでした。失礼をご容赦ください」

「いやいや、良いんだ。孫と花壇の手入れをしていてね。気にしないで座ってくれ」

「アンナリーナ様、お食事中にお伺いしたご無礼、ご容赦ください」


 オレルにそう声をかけられたアンナリーナは、よいしょよいしょと椅子を降り、スカートの裾をつまんでちょこんとお辞儀する。

 幼さと人間関係の希薄さが足かせとなり、社交的な会話に疎い箱入り娘のアンナリーナではあるが、オレルに興味があるのも事実。

 オレルの謝辞にどう言葉を繋げれば良いのか分からないものの、レディらしくしっかりお辞儀する事で場を繋いだ。


「中佐、くつろいでくれたまえ。昼食は済ませたのかね?」

「マルヴァレフト卿、お構いなく。もう済ませてありますので」


 と、オレルが食事の誘いを固辞する間にも、ランペルドは手を叩いてメイドを呼び、オレルにコーヒーを淹れてくれと頼んでいる。──相変わらず忙しい人物だなと、オレルは口元に笑みを漏らした


「マルヴァレフト卿、本日はご報告に上がりました。あまり時間は取らせませんのでご安心下さい」

「いやいや、ゆっくりして行きなさい。君が来るのを楽しみにしていたのは私だけじゃないんだぞ。なあ、アンナリーナ」


 ランペルドはそう言ってアンナリーナに話を振るのだが、もちろん彼女がそれに返せるほどの会話スキルは無い。

 急にこっちに振って来るなよと内心怒りながら、頬をピンクに染めてうつむくのが精一杯。彼女の持つスプーンが、スープの中でぐるぐると何周も泳いでいた。


「可及的速やかに解決しなければならない問題が発生しました。これは警察汚職や陸軍内の汚職よりも最優先で解決させるべき事案だと判断しております」

「警察や軍の汚職よりも最優先、つまりはそれだけ深刻な問題だと言う事かい?」

「はい。これは下手をすると、アムセルンド公国の安全保障問題のみならず、全世界に対する安全保障問題に発展します」

「全世界に対する安全保障問題……世界的規模の災いが訪れると、君は言うのかね?」

「はい、街一つを一瞬の内に蒸発させる大量破壊兵器【核爆弾】が開発されようとしています」

「か、核爆弾……?」

「核分裂反応を破壊力に変えた兵器です。私と参謀情報部三課はその開発を阻止するために、近日中に隣国パルナバッシュへと潜入します」



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