44 蒼ざめたオレル・ダールベック
「アンドレアス・ブルメルテン伯爵、この人物がキーパーソンだと思う」
ファルカー・ゴルトベルク巡査部長……今はコールサイン「マーヴェリック」と呼称される狼の獣人は、ビリビリに引き裂かれたであろう手紙を丁寧に繋ぎ直しており、それをオレルに手渡した。
ここはバルトサーリ凱旋広場。噴水前は昼下がりと言う事もあって老若男女で賑やかになっている。
その人混みの中に紛れて、オレルはマーヴェリックの報告を受けていたのだ。
「アンドレアス・ブルメルテン伯爵……聞いた事が無い。そもそも私は軍人だ、貴族階級の人物に明るい訳がない」
「だろうと思ったよ、俺も同じだ。だがな、副署長のオフィスに忍び込んで唯一得られた証拠だ。そこから調べても良いんじゃねえかな?」
昨晩、オレル率いる参謀情報部三課はバルトサーリ管区警察本部の汚職警官を一掃した。
もちろん、三課の諜報員となったマーヴェリックにもその作戦は伝えられていたのだが、彼はそれを終着点とは捉えずに、自分の諜報活動のチャンスだと捉えたのだ。
──深夜取り引き現場に副署長自ら乗り込むならば、副署長のオフィスはガラ空きになる──
そう考えたマーヴェリックは、残業を装って自分の課に深夜まで残り、手薄になった管区警察本部で堂々と副署長のオフィスへ忍び込んで、貴族との繋がりを証明するような物証を集めていたのである。
「結局のところ、証拠らしい証拠はほとんど無し。その手紙も封筒だけビリビリに破かれてゴミ箱に捨てられてたのだが、中身は見つけられなかった」
「唯一の手がかりがこの差出人の名前って事か。だが、これも一歩前進には間違いない」
「ああ、その通りだ。汚職警官と貴族の繋がりが見えた。それはクモの糸のように極めて細い線かも知れないが、たどり着いた先に何が待ってるのか、俺は解明してみせるぜ」
不適な笑みで決意を語るマーヴェリック。彼を頼もしげに見詰め、背中をポンポンと叩きながら、オレルは頼むと一言添えて二人は別れた。
今日は朝から街が騒がしい
この広場だけでなく、住宅街やオフィス街、官公庁街が人々のざわめきと小声の囁きに溢れている。
やれ警官と麻薬組織が衝突しただの、警官隊が一方的にやられただのと、その話題に溢れている。
おまけに陸軍の首都治安維持部隊が、歩兵の巡回や兵員輸送車を使って頻繁にパトロールを繰り返していれば、ものものしくてしょうがない。
街角に立つ新聞屋のスタンドでは、警官隊と麻薬組織が派手な銃撃戦をやって双方に多数の死者が出たなんて宣伝していれば、どこでどう事実がねじ曲がるのかねと、オレルは皮肉たっぷりな顔で呟きながら通り過ぎるほどだ。
一応の解決は得た。汚職警官は一掃し、今晩にはもう一方の麻薬密売組織エトネッヴの殲滅に動く。
そうなれば麻薬ルートは一掃され、今後もし新たな麻薬組織が誕生したり、既存の地方勢力が首都に進出して来たとしても、参謀情報部三課のコントロール下に置けるーー貴族や警官が新しい麻薬組織に上納金を求めて来るならば、それがオレルの管理下で全てが筒抜けになるからだ
参謀情報部二課が公安警察ルートを調べ、三課が着手すべきは軍部内に存在する武器横流しルートか……
オレルが歩きながら今後の活動に想いを馳せていると、路地裏からフワリと現れた若い女性がオレルの目の前で交差する。
おっと、と言いながら立ち止まり女性との衝突を回避すると、女性は笑顔で会釈しながら失礼と言葉を残して立ち去ろうとする。
どこかで見た事がある人だと、オレルが脳裏の引き出しを探っていると、その貴婦人のような品の溢れる女性は、自分の存在に気付かないオレルを笑いながら、振り向きざまにこう言ったのだ。
「オレル・ダールベック、ギルドに顔を出して欲しい。あなたに話がある」
ギルドと言えば、心当たりがあるのはもちろん異世界転生人ギルドしかない。その存在は公然の秘密ではあるが、それを易々と口にする者は世の中にそうはいない。
つまりこの女性はオレル・ダールベックの顔を知っているだけでなく、オレルがギルドに加盟している事を知っている。尚且つ顔を出せと誘う事は、自分も加盟している事を告げているのも同じ……
「君は……誰だ?」
「後でゆっくり説明します」
「それよりも先に話を聞けと言う事か」
「ええ、その話をあなたが聞き始めれば、身を乗り出して眼を輝かせるだろうから」
今日の夜、ギルドで待っているからと言葉を残して、女性は再び歩き出そうとする
「待て、君が私を知っていて、私が君を思い出せないと言う事は」
「そう、私も転生人よ」
クスリと笑いながら、もう行かなきゃとオレルの制止を振り切る女性。
だが何を思ったのか、その女性は置き土産だとばかりに最後にこう言ったのだ。
──アムセルンドの西の隣国パルナバッシュが、高純度ウランの精製に取り掛かったそうよ──
その言葉は、オレルを骨の髄まで震撼させた。
「ウ、ウラン精製だ……と?」
全身が総毛立ち、冷たい汗が吹き出して来る
ウランを精製する事と、高純度のウランを精製する事は明らかに目的用途が違う。高純度に精製する事はつまり、「あの」兵器を開発する事を示唆しているのだ。
──ふふ、オレル・ダールベック、あなたは国家安全保障問題を解決するんでしょ?──
蒼ざめたオレルが気付いた時には、その女性の姿は消えてしまっていた。
後に残ったのは、有り得ないと呟きながらワナワナと立ち尽くすオレルと、警察と麻薬組織のドンパチについて飽きもせずに囁き合う、有象無象の街の声だけであった。
◆ 汚職警官一掃作戦 編
終わり




