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42 容赦無き殲滅戦 前編 


 ~これ少年、そこな少年、エルモ・ライホを名乗りしガキンチョよ

  東の闇夜に小さな灯り見えたら、身を屈めて時を待ちなさい~


 手錠をはめられ、自由の効かない手でウサギを抱える金髪の少年。その彼の耳元にふわっと夜風が通り過ぎて行く。

 耳がくすぐったくなるような、まるで少年をからかっているかのようなその風は何と、小さな声で少年に言葉を残して行った。


 ──これは、僕だけに向けたメッセージだ──

 少年エルモ・ライホは、さすがは魔法使いの端くれとばかりに、風の精霊に宿っていた人の言葉を聞き分けたようだ。


 エルモは旅の途中にバルトサーリでサイフを落とし、不審者扱いを受けて警察に拘留されていた。そして魔法使いと言う自分の職業を見込まれてなのか、警官に無理矢理牢屋から出されてこの場に連れて来られた。

 最初は警察のやる事だからと協力的に考えてはいたものの、取り引き相手が出て来たら魔法で殺せと命令して来る事と、なかなかに相手が現れなくて焦れた警官がナイフを突き付けて、暗視の攻撃補助魔法を強要して来た事から、すっかり警察不審に陥っていたのである。

 更に、現れた取り引き相手が軍人であったり、交渉していた副署長らしき人物が突如不気味な叫び声に変わって倒れ、周囲の警官たちが洗脳されたかのように軍人に向かってほとばしる悪意を向け始めれば、怯えて縮み上がるしかなかったのだ。

 

 そこへ突如風の声

 茶目っ気たっぷりの風の精霊が伝えて来た、誰かの心地良い声

 少年は何を信じ、何を実行すれば良いのか、自ずとこの時点で見えていたのである。


 そして、警官たちに対してたった一人で向き合っていた軍人が、すうっと左手を上げた。

 警官たちは何事かとその動作に注視するも、エルモは間違い無くその瞬間に見たのだ。東に広がる暗闇の中に、か弱くほのかではあるが、ポツポツと点滅した小さな灯りをーー


「うひいっ!」


 何かが空気を切り裂いて襲って来る。その存在を肌で感じたエルモは、使い魔のウサギを抱えたまま一目散に屈んでうつむくと、両隣でエルモを監視していた警官がいた辺りに強烈な振動が起こり、その衝撃波がエルモの肌まで伝わって来る。

 一瞬何が起きたかと屈んだまま左右を見ると、そこにはもうジャックナイフを持った警官の姿など無かった。遅れて背後でドサリドサリと地面に何かが倒れる音がして、エルモが振り向くとそこには、上半身が粉砕されて跡形も無くなった警官二名の死体が転がっていたのだ。


「ひい、うひいっ!」


 腰を抜かす勢いでエルモが驚くのも無理もない。

 参謀情報部三課の狙撃班は、今回新型の武器を導入しており、単なるライフル銃を凌駕する破壊力を持って狙撃を行なっていた。

 その新型武器とは『対戦車ライフル』、大口径ライフルの弾丸が警官たちの上半身を吹っ飛ばしていたのだ。


 この対戦車ライフル導入にあたっては、しっかりとした道筋の上での副産物として開発された経緯がある事から、異世界転生ギルドから超文明の持ち込みだと指摘されペナルティを受ける事も無い。

 と言うのも、そもそもオレルは拳銃弾ではなくライフル弾の実戦投入を目指して、現在陸軍で標準装備化されつつあるボルトアクション式ライフルの改造を工廠に依頼した。

 いちいちボルトで薬室を開閉させる単発式ではなく、マガジン装着式のセミオートマチックライフルを、騎兵銃……すなわちカービン銃として実装させる事を狙って開発を依頼していたのだが、これが思うように制作が進まず、結果として対戦車ライフルと言う化け物を生み出してしまったのである。


 自動装填方式の試作ライフル銃を何丁も製造し、作動機構的には完成の域に達していたのだが、いかんせん部品の組み方と強度に問題があり、耐久試験で何十発何百発と射撃を繰り返すと、目標値に至る事無く部品が破損して故障してしまうのである。

 構想は間違っていない、しかし部品の強度と負荷がかかるポイントに難があると考えた技術者たちは、迷路にはまって頭を抱えながらも、突破口として実寸大のライフルをより大きく設計し直した物を試作品として作り、構造作用と金属疲労の限界点を探ろうとしたのだが、これを見たオレルが慌てて採用し、三課が装備する悪魔の武器となったのだ。


 この世界、この時代は、第一次世界大戦勃発前の工業技術水準に似ている事から、やがて近年の間に戦車やプロペラ飛行機が開発されてもおかしくない状況にある。

 そうであるならば、初期に開発された戦車の薄い装甲を穿つ対戦車ライフルが開発されてもおかしくはないし、そもそもがカービン銃開発時の副産物である事からして、全ての言い訳が立つ。


 大砲などの固定式ではなく、人間が持ち運びを行い使用する「砲」として、発射の衝撃を肩で受け止める限界は、直径十五ミリメートルの弾丸とされる。

 その限界ギリギリの口径をもったセミオートマチック対戦車ライフルを構えて、ハルヴァナは汚職警官たちに向けて必滅の一撃を放ったのである。


 ドン!ドン!と東の山から反響し、遅れてやって来る発射音、そして警官二名では飽き足りないのか、三発目、四発目の衝撃波が警官の身体を夢散させた瞬間、オレルは今とばかりに腰から拳銃を抜いて、警官たちに向かってパンパン!と何度も引き鉄を引く。

 もちろん、自己申告するほどの下手糞射撃であるから警官に命中はしないものの、刑事ドラマにでも登場しそうなそのオーバーアクションは、ミンチとなった仲間の姿に動揺していた他の警官たちの視線を釘付けにした。


「あっ、アイツ逃げるぞ!」

「追え、逃すな!」


 副署長の怪しい死を境に、何かしらに取り憑かれたような悪相をしていた汚職警官たち。古代遺跡の廃墟に向かって走り出したオレルを指差しながら、追いかけ始めたのである。


 まだ遠距離からの狙撃は続いており、一人二人とミンチ肉と化して行くのに、何かしらの呪いと言うか洗脳された様子の警官たちは、仲間の死に鈍感となりながら、血相を変えてオレルを追いかけて行く。

 そして、汚職警官たちが広場を離れた事で一人ポツンと残されたエルモ・ライホ。彼は恐怖に怯えてその場にうずくまっているだけなのだが、突如、彼の背中を女性の声が静かに撫でる。


「……君は民間人か?……」

「は、はい!僕は……!」

「落ち着け、静かにしろ。我々は味方だ」


 エルモ・ライホの背後にたどり着いていたのは三課の突入班。バイパーとシルバーフォックス、そしてグリズリーの三人組だ。


「一人で良く耐えたな。今から君を保護する、安心して我々の指示に従え」


 物音一つ立てずにいつの間にか背後にいた事から、目を白黒させるエルモ。そんな彼に司令塔のシルバーフォックスは淡々としながらも言葉の奥に優しさを含ませて説明する。

 そしてその言葉に安堵したエルモ・ライホはぐにゃりと腰を抜かし、涙目のまま鼻水を長々と垂らすような、何とも呆けた情けない顔をしていたと言う。



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