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40 戦士の矜持


 ──リゴシェの丘 二十三時──

 東を向けば首都を囲む山々の裾野が見える小高い丘。周囲は草原が広がる見通しの良い場所なのだが、薄曇りの今日は二つの月も霞んでしまい、辺りは暗闇のヴェールに包まれている。

 そのリゴシェと呼ばれる場所は、なだらかな丘のてっぺんに古代神殿の遺跡が今もなお残っているのだが、瓦礫と化した今は歴史の遺物として稀に人々が足を伸ばすだけ。悠久の時の流れを感じさせる場所となっている。

 そのリゴシェの丘にある古代神殿の瓦礫が、焚き火の灯りで赤々と照らし出されている。

 神殿跡の南側にある何もない広場で、三ヶ所ほどの焚き火が焚かれており、それがまるで目印のように暗闇にボウっと浮かび上がっていた。


 焚き火を前に、エンジンを切った車が何台も止まっている。その数六台、その全てがバルトサーリ管区警察本部の車であり、車に乗っていた者たちは全て車から降りて、焚き火を前に横へ並んでいる。

 集まっているのは警察本部の刑事たち。「新生チャルナコシカ」との取り引きを目的に、二十五名ほどの汚職警官が集まっていたのだ。


 麻薬組織エトネッヴに集金に赴いた刑事二人が襲撃されてしまい、一人は射殺されエトネッヴからの上納金を奪われてしまった。

 自分たちだけでなく、自分たちの背後にいる存在も奪還を望む上納金。それを取り戻すべく、汚職警官たちは「まだかまだか」と殺気立ちながら、相手の登場を待ち侘びていた。

 ──だが、参謀情報部三課のメンバーは、二時間も前に現地入りしており、闇の中に溶け込んで息を潜め、汚職警官たちを待っていたのである──

 オペレーション・ティニングに若干の変更が加えられ、排除する警察を選別する作業は省略された。正直なところ作戦が簡単になったのである。何故なら、命の選別なとせず一人も生かして帰さなければ、それで作戦は完遂なのだがら。


 二時間前に現地入りし、事前レクチャー用の地図と現地の差を頭に叩き込み、闇夜に眼を慣れさせて環境順応化を行っていた三課のメンバーだが、汚職警官を乗せた車のヘッドライトが遠くに現れ、やがてこの広場にたどり着いて警官たちが車から降りた時に、またまた状況は変わってしまった。

 汚職警官たちがその場で焚き火を始め、新生チャルナコシカを待ち始めて、後はオレルから作戦開始の号令を待つだけだったメンバーであったのだが、狙撃班からの通報でストップがかかったのである。


(フルモナからマザーズネストへ、フルモナからマザーズネストへ、現れたターゲットの中に民間人一名を確認。強制的に連れられて来た可能性が高い!)


 リゴシェの丘から東に千メートルほど離れた巨大な岩の上を狙撃ポイントとして、狙撃班のスナイパーとスポッター (観測員)の二名が丘を睨んでおり、そのスポッターが何か敵の中に異物を感じたのか、念話通信で状況変化を報告して来たのだ。


(マザーズネストよりフルモナへ、詳細を知らせよ。コヨーテに報告するにあたり、状況と根拠が欲しい)

(了解。ハルヴァナが風の精霊の力を行使、ターゲットの会話を風に乗せて盗聴していた。すると警官が民間人を脅している会話を傍受。推定、民間人は少年で魔法使い。我々と戦闘が始まったら魔法を行使する事を強要されている!)

(ターゲットの勢力に民間人が一名混在、少年で魔法使い。ターゲットに強要され魔法行使の可能性がある。マザーズネスト了解した、補足情報はあるか?)

(フルモナから補足情報。民間人一名は現認している。ターゲット勢力の左後方、手錠をかけられてウサギを抱えた少年がいる。警官二名がジャックナイフを見せて脅している)

(少年……魔法使い……ウサギ……。マザーズネスト了解した!コヨーテに報告し、指示を仰ぐ)


 この時点で、ハーフエルフのフルモナとハルヴァナ、そしてマザーズネストことホビットのマーヤは、この民間人である少年の正体に気付いている。

 彼の名前はエルモ・ライホ。ウサギを使い魔とする魔法使いで、北極魔導協会の下っ端の見習いだと自己紹介した旅の少年だ。

 使い魔のウサギを通じて、セーフハウスで笑い話のような出会いをしたのだが、まさか彼が警察に捕まった挙げ句にこの場に連れて来られるとは……

 ハーフエルフの二人も、そして念話通信担当のホビットも、指揮官がどのような判断を下すのか、内心穏やかではない様子だ。


 マザーズネストが報告を上げて数十秒、メンバーたちが暗闇の中で永遠にも感じられる時間の喪失を感じていると、マザーズネストの厳かな声がメンバーたちの脳裏に届く。ーーマザーズネストよりオールユニットへ、これよりコヨーテの言葉を中継する と


(こちらコヨーテ、オールユニットへ達する。オペレーション・ティニングは更に変更を余儀なくされた、今より変更点を説明する)


 フルモナとハルヴァナは互いに顔を見合わせて眼を潤ませる。殲滅作戦が変更になった事、即ちそれは少年の命を配慮する以外の何ものでもないからだ。

 つまり、フルモナとハルヴァナの二人は、自分たちが好意を寄せる指揮官が、理知的でクールで切れる男と言うだけでなく、人間味のある人物だと感じたのである。


(民間人一名が強制的に連れて来られており、我々は民間人の救出を作戦の第一目標に変更する。ついては、あの広場に強襲を仕掛ける案は廃棄。ターゲットを瓦礫の廃墟に誘い出す。突入班は今から瓦礫の廃墟北側面に静かに移動しろ)

(……こちらシルバーフォックス、コピー……)

(狙撃班は無差別飽和射撃を方針転換。民間人の少年を囲む警察を最優先で無力化しろ。少年に傷一つ付けるな)

(……フルモナ、ハルヴァナ、コピー……)

(私がターゲットの前に出て時間を稼ぐ間に体制を整えろ。私が左手を上げたら狙撃開始、それを合図に廃墟に逃げ込み、偽装撤退戦を開始する。私がターゲットを連れて廃墟に飛び込む間に、突入班は逆進して少年の保護を行え。保護した後は廃墟に突入してターゲットの殲滅を行え)


 常日頃、銃は下手くそだから今更練習しても意味が無いと公言するほどの指揮官が、自ら囮を引き受けて民間人救出に尽力するーー

 そして、馬鹿な事をするなと止める者が現れたとしても、その者が対案どころかぐうの音も出ないような作戦を瞬時に立案するあたり、この人はどれだけ奥が深いのだと、三課のメンバーは呆れている。

 だが、ここでコヨーテの一言が、念話通信機を伝って全てのメンバーの脳裏に届く。それは間違いなくコヨーテ……オレル・ダールベックの私信、それこそ彼自身の個人的な矜恃であったのだ。


(諸君、我々は常に戦場にいる。諸君らが良く知る地獄のような戦場だ。だからいつかは、仲間を見捨てなければならない時が来るかも知れん。諜報戦成功のために、大を生かして小を捨てる時が来るかも知れん。しかしそれは最後の手段であって今ではない。小さな命が手を伸ばして救いを求めているのに、手が届く我々が率先して見捨ててはならないのだ。自分たちが戦士でいられるのは、その積み重ねだと心しろ。常に戦士の誇りを胸に秘めていて欲しい、それが私の気持ちだ)


 オレルの言葉に対して、分かります!や、納得出来ないなどの反応は一切無かった。その代わり、メンバーたちはこう答えたのである。

(こちらシルバーフォックス、位置に付きました。いつでも行けます)

(こちらフルモナ、ターゲット・オン・サイト。連続射撃で三体いけます)


 オレルはほんの一瞬だけ口元に笑みを浮かべ、巌のような表情に戻る。汚れきった警官たちに向け、今にも噛み付きそうな勢いの険しい顔だ。


(こちらコヨーテ、始めるぞ)

 その言葉を最後に、オレルはアタッシュケースを手に、暗闇の中から警官たちの前へと歩き出した。



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