39 恐るべき「若干の変更」
拳銃などの武器や捜査押収物の管理を行うう保安部のヒルシュ保安部長と、殺人課のほとんどの刑事たちが麻薬ルートの汚職に深く関わっている子が判明した。
麻薬組織と密接な関わりがある麻薬捜査課はもちろん、麻薬を取り締まると言うよりも、麻薬組織同士の衝突を調整しながら上納金を要求する、真っ黒な存在だ。
そして、防犯課や庶務課などの他の画は麻薬組織とは密接な関わりが無いが、様々な業態から賄賂を受け取っている。
バルトサーリ管区警察本部自体が既に腐り切っており、力の無いヤツ、女性職員、獣人や亜人などの他の人種は全て蚊帳の外で、分け前を得る事は無い。
つまりは第一線にいる警察官のほとんどが何かしらの汚職に手を染めており、集めた莫大な金は警察官に分配されるが、大きな割合を占める金を、シュライヒ副署長が取りまとめて上部の闇組織に送金する。
──これが首都警察にはびこる汚職の図
一匹狼であるマーヴェリックと名付けられたフォルカー・ゴルトベルクは、必死の潜入捜査を行い、たったの一週間で驚くべき報告を送って来たのだ。
そして、深夜に「事件捜査中」の警官二人が暴漢に襲われ、殺人課の刑事一人が射殺された事件で警察本部が大騒ぎになっている中、マーヴェリックは一人書庫に隠れて、念話通信機を使ってこっそりと最新情報を入れて来たのである。
『今夜、新生チャルナコシカとの取り引きがある。手の空いている署員は副署長の指示の元、武装して現場に赴くように』
関係者、つまり汚職警官全員に対して、密かにこの命令が回っていると言うのだ。
本日深夜、新生チャルナコシカとの取り引きには、汚職警官を総動員する。その際は拳銃で武装させて取り引きではなく現れた新生チャルナコシカのメンバーを皆殺しにすると言う作戦なのだ。
では、汚職警官側は何故取り引きせずに荒事で片付けようとするのか?それにはどうにもならない苦しい事情がある。
まず第一に、新生チャルナコシカが要求して来た「警察押収済みのヘロイン」、これが一切存在しない事。何故なら、チャルナコシカは警察が把握していない内に勝手に壊滅し、在庫のヘロインも密造工場から全く発見されずに行方不明になっているからだ。この段階で新生チャルナコシカとの取り引きが成立しない。
そして第二の事情、こちらの方が汚職警官側にとってより深刻な問題なのだが、何が何でも奪われた金を取り返さなければならないのだ。
自分たちだけで分け前を分配するなら「わざわざ危険を犯す必要も無いし、今回はヤツらにくれてやれ」で済む。しかし手に入れた闇の金が、自分たちの上の組織にも上納しなければならない金ならば、死ぬ気になって取り返さなければならない。
刑事一人を躊躇なく射殺した新生チャルナコシカは確かに恐ろしいが、上の組織に上納金が払えなかった時の罰の方が、彼ら汚職警官にとってはより恐ろしいのだ。
──どうやら魔法使いまで動員するらしい。今夜の作戦は気を付けろよ──
マーヴェリックの報告は信頼するに値する、貴重な情報であり、汚職警官を一掃するオペレーション・ティニング決行にあたり重要な要素になったのである。
◇ ◇ ◇
首都のとある住宅街にある、ログハウス調の一軒家。石造りのマンションが集中する、中流階級のマンション・アパート群とは違い、上流階級の人々が集うこの戸建ての住宅街では珍しくもないその家屋に今、一人の軍人が入って行く。
どの家も部屋の明かりが煌々と外に漏れながら、夕飯の宴に賑やかな声も溢れて来る時間帯。
軍人が入って行ったその家も、部屋の明かりは外に漏れてはいるものの、不気味なほどに静かだった。
「分隊、気をつけっ!」
リーダーらしき人物が席から立ち上がり、応接室に声を轟かす。するとその場でくつろいでいた戦士たちは、身体に電気が走り抜けたかのように立ち上がり、直立不動となって入室して来た軍人に顔を向ける。
「我らが指揮官どのに敬礼!」
戦士たちは一糸乱れぬ敬礼でその軍人を迎えた。
軍人の名はオレル・ダールベック。ここは参謀情報部三課のセーフハウスであったのだ。
「休め、全員楽にしろ」
敬礼を返したオレルは全員に席に座る事を促しつつ、自分は後ろに腕を組んで立ったまま説明を始める。
「諸君、昨晩のオペレーション・スナッチはご苦労だった。諸君の活躍で前段階としては最上の状況で本作戦に着手出来る」
オレルは一旦言葉を切り、兵士たちの顔を見回す。
突入班のバイパー、シルバーフォックス、グリズリー。そして狙撃班のフルモナとハルヴァナ、念話通信担当のマザーズネストも……
誰もが任務をやり遂げようとする意志に溢れ、真一文字に口を結んでオレルを見詰め返している。
まるで檻から放たれる直前の闘犬。ギリギリと引き絞り、放たれる直前の矢ーー
オレルは満足げな笑みを口元にたたえながら、いよいよ本題を切り出した。
「本日、フタサンマルマルにオペレーション・ティニングを決行する。なお、作戦に一部変更を加えたので、今から説明する」
オレルはハーフコートの懐から地図を取り出してテーブルの上に広げる。それは首都バルトサーリの南東側にあるリゴシェの丘と呼ばれる地区で、旧王朝時代の古くに反映していた古代教の神殿跡地がある。周囲は草原に囲まれている事から、昼間は見通しの良い風光明媚な場所である。
「先頭配置に変更点は無い。私が汚職警官たちと交渉し、私の号令とともに突入班は廃墟から強襲、狙撃班は東千メタルにある岩山から狙撃する。ただ、ターゲットに対して若干の変更が入る」
オレルの言葉を注意深く聞く戦士たちの目が輝く。自分が活躍するためにも、指揮官の説明を一語一句聞き逃さないと言う意志の力が働いているのだ。
「本来この作戦は、悪に染まった警察組織の中で、悪質な者を【間引く】と言う主旨で進めた作戦だ。片っ端から排除する事も可能だが、警察組織が機能麻痺を起こして首都が無力化するのを危惧したための間引き作戦だ。だが、今日変更が加わった。取り引き場所に現れた汚職警官は、全員排除して良し」
──あれ?と言う空気が一瞬辺りに漂う
本日の作戦決行を前に、首都管区警察本部の職員リストを渡されて、排除べき人物と見逃す人物の名前と特徴を必死に覚えたのに、若干の変更で全員排除に変わってしまった。
今までの努力は何だったのだと言う、徒労の怒りが室内に充満した訳ではない。逆に心配してしまったのだ──警察が空白化しても良いの?と
しかし、そんな心配など無用とでも言いたげに、オレルは眉毛一つ動かさずに作戦内容変更の理由を説く。
「諜報員からの最新情報では、約三十名ほどの汚職警官が武装して取り引き場所に現れるそうだ。諸君らは我々を殺す気で襲って来る者たちに対し、一気に三十名ほどの人物を特定・選別出来るか?敵には魔法使いもいるとの情報があるし、私には無理だ。だから決めた、一切の迷いを捨てて殲滅すると。それに、力強い味方も現れた。本作戦で警察力が空洞化したとしても、陸軍の治安維持部隊が警察業務に協力してくれる事となった」
おお、と 声にならない安堵に包まれるも、戦士たちは気持ちを直ぐに切り替える。完全抹殺を目標に気持ちを引き締めたのである。
「本作戦終了の後に、いよいよ麻薬組織エトネッヴの壊滅作戦が始まるが、先ずはオペレーション・ティニングの完成を目指す。アムセルンドに巣食う悪党を、本当の意味で間引きしろ」
汚職警官との取り引きまで、あと数時間
長い下準備から始めたこの作戦は、いよいよ暴風雨のような行動をもって完結されるのだ