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38 取り引きの誘い


「思ったより呆気なかったですね」

「うん?何がだ?」

「エトネッヴの連中ですよ。もっと怖いかなと思ってたから、楽勝だったじゃないですか」

「馬鹿野郎、俺たちが時間をかけて関係を築いたから今は何ともないだけで、昔は怖かったんだぞ」

「そうなんですか?あんなに友好的なのに?」

「今年来たお前は知らないかもしれないが、元々エトネッヴの連中は戦闘部族の出なんだよ。昨年あたりまでチャルナコシカとバリバリ抗争を重ねて来たが、ありゃ酷え有り様だったよ」

「酷え有り様……ですか?」


 首都バルトサーリの南、スラム街から中心街に向けて走る一台の車。その車はバルトサーリ管区警察本部の車両であり、殺人課の刑事二人が乗っている。

 どうやら二人は上司と部下の関係にあり、闇夜の静けさに包まれた首都を走り抜ける退屈で眠い時間帯を、麻薬組織エトネッヴについて会話を重ねる事で潰しているようである。


「あのエトネッヴの連中、残酷な事やるのに抵抗感が無いんだよ。チャルナコシカの構成員を殺しまくるのは日常茶飯事で、死体の首切って街に飾るんだぜ」

「うわああ、そりゃ想像したくないですねえ」

「まあ、チャルナコシカに対して警告の意味もあるんだろうが、首並べたり死体の皮剥いで外灯からぶら下げたりと、いちいちえげつなくてな。死体を片付けるこっちの身にもなって欲しいくらいだったよ」

「それを考えると、確かに今は平和ですね」

「抗争相手も滅んだし、儲かってるからな。機嫌は良くて当たり前さ」


 裏の任務が上手く行ったのか、饒舌に語り合う二人。会話に夢中になっていた分、目の前に突如現れた異変にも鈍感になったのはしょうがない。

 ヘッドライトに照らされた街の石畳の上に、突如道を横断する黒い帯が見える。もちろん車はスピードを出しており、ヘッドライトの輪の中にそれが見えたからと言って、直前で止められるものではない。雑談に夢中になっていれば尚更だ。


「う、うん?」

「わあああっ!」


結局のところ、この刑事二人を乗せた車は、道を横断するその黒い帯を警戒もする事無く乗り上げ、「バン!バン!」と盛大な破裂音を辺りに響かせながら駒の様に回転し、民家の石壁に突っ込んでしまった。

タイヤが四輪とも同時にパンクして車は制御を失ったのだが、この黒い帯とは、オレル・ダールベックが以前使用したスパイクトリップ、車を強制的に運転不能にさせるアイテムだ。


「痛てててて……」

「何が……起きたんすか?」


 石壁と衝突した衝撃は思いの外強烈だったらしく、車内の二人はフロントガラスに頭を打ったり、ハンドルに胸を強打したりと、朦朧とした頭で一体何が起きたのかから考察を始めている状態。


 ──だが、既に彼ら二人の刑事は、罠にかかっていたのだ──

 バンバン!と、運転席と助手席のガラスが同時に粉々に砕け、中の二人は反射的に腕を上げて顔を守る。だが、閉じた目を開いた時に彼らは腰を抜かしてしまった。何と車は黒服を着た謎の人物に囲まれ、目の前に銃口を突き付けられていたのである。


「動くな」

「動いたら撃つ」


 刑事二人に向かい、左右から銃を向ける二人の影。もう一人の影は軽機関銃を構えながら、後部座席を覗き込み、何かを探すように視線で物色している。


「部長!」

「バカ、言われた通りにしろ!」


 辺りは静けさに満ちているが、車が石壁にぶつかりクラッシュするほどの音が出れば、目を覚ました地元住民が異変に気付いて表に出て来る可能性もある。

 本来ならば、この刑事たちも助けてくれと大声を上げれば良いのだが、何かしら後ろ暗いところがあるのか、暴漢たちの言葉に素直に従っている。


「ゆっくり車から降りろ、ゆっくりとだぞ」


 運転席側、若者から部長と呼ばれた人物に向かって指示を出す暴漢。女性の声であったのは意外だが、銃を突き付けられている以上、要求に応じるしかない。


「お前もだ、お前もゆっくり降りろ」


 助手席側の若い刑事も、銃で脅されながら降りろと命令される。若い刑事は渋々とゆっくり降りるが、その目には反抗的な色が浮かんでいる。若さゆえと言ったところかなのか、彼は負けを完全に認めてはおらず、逆転のチャンスを狙っているようにも見える。


 運転席側の刑事部長は早々とうつ伏せに倒されて、手と足を完全に拘束されてしまい、完全に身動きが取れなくなってしまった。

 そして若い刑事はうつ伏せになれと暴漢に命令されるのだが、この期に及んでも反撃の機会を狙っているのか、ワザとグズつき緩慢に動き、なかなかにうつ伏せになろうとしない。


 その時、軽機関銃を抱えて車内を物色していた暴漢が小声で叫ぶーー「あった、回収したぞ」と

 若い刑事に銃を向けていた暴漢が、その声に反応し、一瞬だけ車の運転席側に視線を泳がす。つまり若い刑事から目を逸らしたのだ。

 その一瞬をチャンスだと判断したのか、ひざまづいてグズっていた若い刑事は、上げていた両手を動かして腰のホルスターに右手を回す

 ……タンタンッ!

 夜のバルトサーリに拳銃の炸裂音が響き、若い刑事はもんどりうって地面に沈む。銃を構えていた暴漢は視線を逸らしながらも、しっかりと若い刑事の挙動を視界に収めていたのである。


 ダブルタップ……拳銃による戦闘挙動いわゆる「コンバット・シューティング」において、確実に敵をしとめる基本技である。軽くて威力の弱い拳銃弾を使って戦闘を行う際は、一発では敵を沈められない可能性が高い。銃身が短くライフルなどよりも格段に命中性能が低い事から、よく狙った一発で致命傷を与えるのではなく、二発撃って先ずは行動不能にするのだ。

 拳銃を素早く扱い、敵に対して一瞬の内に二発叩き込む技、戦闘訓練を受けたプロの技である。

 若い刑事も起死回生のチャンスを狙っていたのであろうが、そもそもが戦闘のプロには敵わないのは道理であり、若さに背中を押されたのか最悪の選択をしてしまったのであった。


「ううっ……!ううっ……!」


 後ろ手に縛られ、足も拘束され、猿ぐつわも噛まされて地面に転がる刑事部長。二発の銃声に怯え、更に車の下の隙間から若い刑事の死体と目が合った事でパニックに陥った。鼻水と涙を流しながらふうふう!と唸っているのである。


「黙れ、あの若者も言う通りにしていれば死ぬ事は無かった」


 刑事部長の残り少ない髪の毛をギリギリと鷲掴みにして、女性の暴漢は耳元で囁く。目出し帽で顔の表情は見えないものの、声のトーンは低く冷たく、まるで汚物でも見るような視線が痛い。


「良く聞け、我々は新生チャルナコシカだ。ヒルシュ保安部長とシュライヒ副署長に我々の言葉を伝えるならば、このまま見逃してやる。嫌なら見せしめのために、身体中切り刻んでボロボロにして殺す。どうだ?」


 刑事部長は地面に顔を叩きつける勢いで首を何度も縦に振り、泣きながら暴漢の提案を受け入れる。


「よし、じゃあ間違い無く伝えろ。このエトネッヴの上納金が欲しかったら、押収されているチャルナコシカのヘロインを返せ。明日の夜十一時、首都近郊リゴシェの丘で待つ。そこで取り引きだ」


 女の暴漢は鷲掴みにした髪の毛をグルングルンと力任せに回して、分かったな?確かに伝えろよと念を押す事で手を離した。


 車のクラッシュ音から、銃声が二発も轟けば、安眠を妨害された地区の住民も、さすがに何事かと騒ぎ出した。

 あちこちの部屋にランプの明かりが灯り、辺りは騒然とし始めるのだが、黒づくめの暴漢三人組は慌てもせずに、失禁した刑事部長など気にもせず悠然とその場を立ち去って行く。


(こちらシルバーフォックスからマザーズネストへ。オペレーション・スナッチ完了、お土産も手にした)


 早歩きで闇夜に溶け込む三人組の中で、小さな箱を口と見るに当てた女性がそう呟く。

 そう、この黒づくめの暴漢三人組とは、参謀情報部三課の突入班。バイパーとシルバーフォックス、そしてグリズリーであったのだ。

 シルバーフォックスが汚職警官に伝言をしていた通り、いよいよ明日の深夜に汚職警官一掃作戦が行われるのである。



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