36 憂国の軍人たち
バルトサーリ治安維持部隊の中隊長、テレジア・クロンカンプ大尉は、辺境貴族の出身で爵位階級的には低いものの、貴族らしい教育を受けて来たのか、軍人らしからぬ気高さと気品をたたえている。
見る者によってそれは高慢とも傲慢とも捉えられてしまい忌避されがちなのだが、オレルが抱いた印象は「精一杯背伸びする堅苦しい人物」であった。
「首都で許可無く作戦部隊を展開するとはどう言う了見か!今すぐ武装解除して解散せよ!」
そう猛々しく吠えていた彼女であったが、ノルドマン准将が部隊の責任者と話がしたいと、指揮官である彼女と捜査班のデライケ少佐だけを病室に招く。そしてオレルと面会させ彼が事情を話した結果、クロンカンプ大尉は貴族と言うよりも騎士の義侠心に駆られたのか、オレルの保護に対して全面的に協力する事を約束した。
また、軍警捜査班課長のヘイン・デライケ少佐は、高級士官である中佐が暴漢に襲われたと聞き、出動命令を受けて「嫌々」駆け付けたのだが、自分とそれほど歳の違わない中佐が気になったのか、オレルが述べる被害当時の状況の内容よりも、オレル自身の人間観察を初めていたようだ。
──ここで嘘を言っても意味が無い。真実を全て話して逆に相手の反応を伺おう。軍の一部に犯罪組織がいると聞いて、彼らがどう反応するか。良い意味での踏み絵にはなる──
オレルはそう判断して二人に全てを話す。
参謀情報部三課とは、国の内外を問わず国家安全保障の維持を名目に、民官問わずに敵をことごとく排除する部隊であり、麻薬組織壊滅作戦から警察汚職の壊滅を目指して幅を広げた矢先に、公国陸軍の兵士から襲われて負傷した事。
そしてデライケ少佐は陸軍警察の者である事から、服毒自殺した黒の暗殺者の死体について、バルトサーリの倉庫街にそのまま放置して来た事を隠さず話し、確認を急がせたのである。
「その……中佐」
「何でしょう?デライケ少佐」
「中佐を襲ったと言う、その陸軍兵士。名前も名乗らず証拠も無いのですよね。それを公国陸軍の兵士だと断定する、その根拠は何ですか?」
「うむ、暗殺教団ならば儀式用の正装をしており、祝福の言葉を捧げつつ殺人作業に入るのだが、敵は寡黙なまま戦闘行為に突入した。それも士官学校や陸軍兵学校から延々と教わる、ナイフ格闘術の基本姿勢を踏襲しながらな」
「なるほど、それなら中佐が見間違える事は無いですね」
デライケ少佐も事の深刻さに気付いて思案の羽を広げているのか、ひどく難しい表情で押し黙る。ノルドマン准将はオレルに任せている部分が非常に高い事もあり、余計な発言で場をかき回さないよう沈黙に努めている。
余計な事に首を突っ込む危険……デライケ少佐はそれを肌で感じていたのだが、意外にもこの停滞する空気にクサビを入れて、問題の本質にグイグイと顔を突っ込んで来たのは、貴族の令嬢であるクロンカンプ大尉であったのだ。
「もし中佐を襲った賊が軍人であるならば、それは重大かつ深刻な問題をはらんでおりますわ!軍部にも汚職に加担する者たちがいて、まさか暗殺者まで放つとは!これは闇が深い、陸軍軍人として看過出来ない由々しき事態ですわ!」
貴族令嬢特有なのか、気品漂うハイテンションを保ち続けるクロンカンプ大尉。傍目に見ると騒がしくて面倒臭そうなのだが、なかなかに洞察力の長けた人物だなと、オレルは好感を持って彼女を評価する。
そして、デライケ少佐は苦悩を顔に浮かべたまま。もはやクロンカンプ大尉の考察などとっくにたどり着いて追い越しているとでも言いたげな表情。なおかつ、その先にある結論に達しているのだが、その恐怖の事実を認めたくなくて臆していたのである。ーーそれを口にした瞬間、今までの平穏が全て崩れ去る恐怖を抱きながら
「クロンカンプ大尉の主張する事が正しい、これは闇が深いと私も感じている。だが我々参謀情報部は国家安全保障の問題解決を目的として設立された部署であるから、目の前の不正から逃げ出したり沈黙する訳にはいかない」
オレルがそう言った時、デライケ少佐がちょっと待ったと口を挟む。ダールベック中佐はまだ全てを話しきっていないとして、慌てて話に割って入り制止した。
そして我慢しきれずに自分の考察を口にしてしまうのだが、実は……クセが強くて上からの評判があまりよろしくない彼も、不正や巨悪に目を瞑る事の出来ない人間であった事が、これで証明されてしまったのである。
「警察汚職に軍部の汚職、至るところで行われる官民の汚職と癒着。実は官民だけなのだろうか?」
「うん?デライケ少佐は何か言いたげだな」
「ダールベック中佐、中佐殿は私の口から言わせたいのですか?」
「見たところ、デライケ少佐は私の昨晩の状況説明よりも、私自身の資質に興味を持たれていた気がする。私が有能な軍人であるのか、それとも少佐が普段から嫌悪している無能な上役なのかをね。ならばわざわざ私に言わせなくても、私の腹の内を少佐が代弁してくれても良いのではないか?」
まいったな、俺に言わせるのか──
頭をボリボリかきむしりながら苦笑するデライケ少佐。しかし露骨に嫌な表情を浮かべていない事からも、少佐はオレルとの知恵比べを楽しんでいるようにも伺える。
「ダールベック中佐、私が思うに、あなたが最大の敵として見据えているのは、貴族じゃないですかね?」
「どうしてそう思う?」
「お話にあった警察汚職や軍の汚職、正直な感想を言わせていただければ、それほど珍しい事例ではないと考えます。この国は警察などに限らず様々な分野で汚職と癒着にまみれている。そして小官には、その闇の頂点が貴族では無い理由が見つかりません」
疑惑の頂点、闇の金の終着点が貴族であると言われ、クロンカンプ大尉はまさか!と憤慨するも、常に清く正しくあれと自分に課して生きるのと、他の貴族も同じだと考える事に待ったをかけた彼女は、心底悔しそうな顔をしながら押し黙る。彼女自身も首都は澱んでいると認識していたからだ。
「デライケ少佐、良く言ってくれた。少佐が考える通り、参謀情報部三課の最大の敵は闇に蠢く一部の貴族だと考えている。早くこの問題を解決させて、私は安全保障問題の本質とも言える、国外の敵……世界と戦いたいのだがね」
デライケ少佐は観念したのか、三課への協力は惜しまないが、軍警はあくまでも軍人犯罪にしか対応出来ませんよと、笑いながら念を押した。つまりはこれが新たな仲間の誕生であったのだ。
そして首都治安維持部隊と軍警察、心強い味方が現れた事で喜びオレルとノルドマン准将であったが、ここでデライケ少佐の部下が情報を持って病室に現れる。
──オレルの証言に基づいて、首都管区の部隊兵士で昨晩外出した兵士、昨晩外出したまま未だに帰隊していない兵士を徹底的に洗い出したのだが、該当者がいないと報告を受けたのだ
「ダールベック中佐、やはり管区兵士に該当者はいませんでしたよ」
「やはりとは?」
「いえ、確証はありませんがね。自殺の覚悟をした兵士を暗殺者として送り出して来るほどですからね。我々が手出し出来ない地方部隊から人選したのかなと」
「確かにね、死体をその後回収するあたりも用意周到だ」
「だからこそ不気味でもある。……中佐、ここは一つ私の案で様子を見ませんか?」
両手が不自由なオレルがタバコをねだり、そのタバコを分けてくれとデライケ少佐もねだり、ノルドマン准将もねだった挙げ句、クロンカンプ大尉が目から涙を出して咳き込むほどに煙が病室に充満してしまい、異変に気付いて駆け付けたナースにこっぴどく怒られるのだが、この段階で事件について軍警察の公式発表の内容が決定したのだ。
『参謀情報部のオレル・ダールベック中佐が、昨晩飲酒後の帰り道で物盗りに襲われた』
黒い暗殺者はオレル襲撃に失敗して、自らの命を絶った。この事実を改変して発表する事で、デライケ少佐は無言のアピールを敵に送ったのである。──こちらも事実をねじ曲げるだけの力がある。と
暗殺に失敗した敵対勢力が、第二第三の刺客を送り込んで来ないようにと考えた、デライケ少佐のアイデアである。
「クロンカンプ大尉、デライケ少佐、貴官たちの協力に感謝する。我ら三課は近日中に汚職警察に鉄槌を下し、その後は麻薬組織エトネッヴを壊滅させる。出来ればそれまでには軍部内の汚職にも網を張っておきたい。貴官らの協力をあてにするかも知れないが、その時は頼む」
ギブスで固定され、指先しか出ていない右手を必死に持ち上げて敬礼するオレル。
何かぬいぐるみのようで可愛くもあるのだが、彼の瞳は残忍なほどに好戦的な光をたたえていた。
汚職警官の一掃作戦、その名も『オペレーション・ティ二ング (間引き作戦)』
この後オレルがノルドマン准将に伝えた作戦名なのだが、何を間引くのかが見えてしまった准将は、あらためてオレルの容赦無い問題解決方法に震撼するのであった。




