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34 無言のメッセージ


「さあ、来いよ」


 不気味に笑うオレルに躊躇を覚えていた黒い暗殺者に対し、素手のまま嬉々として飛びかかる。

 コイツは馬鹿か?ナイフ持ちに無手で挑むのかと一瞬尻込みはしたものの、やはり黒い暗殺者も手練れの者なのか、即座に気持ちを切り替え迎え撃つ。


「シュッ!……フシュッ!」


 黒い暗殺者は順手に持ったナイフを縦横斜めに()ぎながら、オレルの上半身……特に身体をガードする両腕を切り刻む。

 オレルは腕の腱や動脈に致命傷を受けないよう腕の「表」と手の甲でいなしながら、必殺の一撃必殺を狙っている。


 だがやはり、相手の技量は相当なものなのか、オレルのコートの袖はどんどんと切り刻まれ、赤い染みがあちこちから滲んで来た。なかなかに決定打を出せないオレルと、決定打を撃つためにジャブを撃ち続ける敵の構図だ。

 しかしオレルは一切焦っていないどころか、何かこの超接近戦を楽しんでいるようにも見える。 まるで押し入れから出て来た古いオモチャが、まだ現役バリバリで動く事に驚きながら喜ぶような、意外性に包まれた愉悦だ。


(良いぞ、良いぞ……まさかここまで動くとは思っていなかった)

(ただ、この辺りが限界か。さすがに拳聖レベルの動きは無理だな、壊れてしまう)


 オレルの両腕に対して幾重にも切創(せっそう)の傷を付けた黒い暗殺者。痛みに耐えられずガードを下げると判断したのか、すかさずナイフを逆手にシフトさせて身体の中心線……致命傷ラインに刺突を狙う体制に入った。


「確かに上手いが、教科書通りの動きは怖くないぞ」


 オレルは右回し蹴りからの左回し蹴り、黒い暗殺者が二歩引いた距離を詰めるよう勢いをつけてのジャンプ右足刀蹴りで相手をひるませる。

 足技に警戒して暴風圏から抜け出すように、黒い暗殺者が三メートルほどの距離を開けた。ーーそれがオレルの狙いだったのだ


(万物と五大元素の祝福を受けて、今、我が身体に宿りし水の魔力の一片よ、我が命に従え。……コンポージョン・ウェイブ)


 声にならない声でそう呟きながら、大きく足を開いて腰を落としたオレル。

 渾身の力を込めた右足で、地面をドン!と蹴る。そしてその勢いを持って前方向にジャンプを行い、瞬時に黒い暗殺者の目の前に躍り出たのだ。


「……っ!」


 驚いた暗殺者が身構えようとするも既に手遅れ。

 急接近した勢いをもって、オレルは拳の代わりに手のひらを構えて、暗殺者のみぞおちをポン!と押す。それで終わり、オレルの反撃はあっという間に完成して完結したのだ。


「ぐっ、ぐぐぐ?……ごえっ!ごえええっ!」


 黒い暗殺者は急にうめき声を上げながらその場にガクガクと崩れ落ち、目や鼻や耳から血を垂らしつつ、盛大に胃液を吐き出し始めた。


「……ごふっ……ごふっ!お、俺に……何を……した?……」

「大した事はしていないさ、強制的に振動を起こす水の魔法を、貴様の身体に叩き込んだだけだ。だが当分の間、貴様は身動きが取れないはずだ」


 拳法で言うところの「震脚」で力を溜め、「縮地」で一足飛びで敵と距離を縮め、「通し」で敵の体内で内部振動によるダメージを起こす。

 その「通し」が当たった際に、更に上乗せするように、水分が振動を起こす魔法も叩き込めば、身体の中が振動に次ぐ振動に襲われ、同調と共振と反発を繰り返して絶大な人体破壊に及ぶのである。

 これこそが魔法拳、何度も転生を繰り返したオレルが、前世から引き継いで来た集大成の一つである。


「起き上がろうとすると地面に這いつくばり、足を動かそうとすると腕が動く。あと三時間ぐらいは効果が続くぞ」


 オレルはそう言いながら、のたうち回る暗殺者に近寄って目出し帽を剥ぎ取る。

 もちろんオレルの知っている者ではないのだが、その男は公国陸軍の兵士である事に間違いはない。


「ふむ、認識票も首から下げていないか。ここまで徹底しているとはな」

「俺は……何も……喋らんぞ……」

「いや、喋って貰いたいんだがな」


 オレルは地面に横たわる暗殺者とほんの少し距離を取り、仁王立ちとなって改めてターゲットを見詰める。


「まさか公国陸軍内に暗殺部隊があるとは思わなかったよ、貴様の持っている情報を全て吐き出してもらうぞ」


 瞳の奥が真っ赤に輝き、身体からドス黒いオーラが吹き出し始める。むせ返るようなその濃密な黒いオーラは、まさに悪意そのものと呼んでも過言ではない。


「さっき地獄を見せてやると言ったな、今がその時だ。好きなだけ見せてやるからたっぷり楽しめ。そして拷問に耐えられなくなった貴様の魂が平穏な死を望んだ時、ゆっくり話を聞いてやろう」


 オレルの真っ黒いオーラが渦を巻いて周囲を取り囲み、地面から「オオオオ……」と亡者の啼き声が轟き始めたその時、男に突如変化が起こった。

 何やらガチリと奥歯を噛み締めたかと思ったら、直後に白眼を剥いて口から大量の泡を吹き出し始めたのだ。そしてビクンビクンと身体を二度三度と痙攣させて後に、呼吸を止めたのである。


「……なるほど、あらかじめ歯に毒を仕込んでいたか。拘禁された際の自殺プログラムもレクチャーされてるとはな」


 自らの術を解き、呆れたようにため息を一つ吐く

 闇夜の倉庫街は静かなままで、仲間の気配も感じられない。


「収穫が無かった訳ではない。それを慰めの言葉としておくか」


 ナイフで切り刻まれた両腕は血だらけでボロボロ。運動不足の身体で魔法拳を駆使した事から、両脚の腱も筋肉も悲鳴を上げている。


 ──俺は暗殺者が自殺するまで追い込んだぞ──

 死体をそのまま放置する事で、見えない敵に対するメッセージと決めたオレルは、自殺を教え込まれた憐れな姿に目もくれず、満身創痍の身体を引きずりながら帰路についた。



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