31 激突! 一課、二課、三課 後編
──私はあなたと、あなたの部隊を信用していません──
目の前でズバリと言われたハウトカンプ中佐は、一瞬眼を見開いて呆けるのだが、更なる怒りが身体中を駆け巡り、烈火の如く怒り出す。
「ダールベック中佐、信用ならんとはどう言う了見だ!仮にも二課は長年に渡って国内の安全保障問題に携わって来た部署だぞ、貴官が軍人として忠誠を誓う遥か以前からだ!その言い方、あまりにも無礼ではないか!」
顔を真っ赤に染めながらテーブルをバンバン叩いて抗議するハウトカンプ中佐、さすがのノルドマン准将もこれはマズイと思ったのか、額に冷や汗を垂らしながら、まあまあ二人ともと身を乗り出して制する。
「創設して半年足らずの部隊が何だと言うんだ、国内問題を解決して来たのは、この二課だ!」
ノルドマンに気を遣ったのか、いささか声のトーンを落としながらそう主張するハウトカンプ中佐。長年に渡って任務を遂行して来た自負とプライドが、彼女の表情からも伺える。
しかし、オレルは火炎放射器のように怒るハウトカンプ中佐に向かい、あくまでも冷静。眉毛一つ動かさずにその理由を切り出した。
「麻薬組織チャルナコシカの帳簿を任されていた公認会計士のカールハインツ・ヘッケン。中佐は覚えていますよね?」
「あ、ああ。……忘れてはいない」
「私と三課は彼を拉致し、身の安全を保証した上で二課のあなたに保護を依頼した」
「いや、それは!……あれは不幸な事故だ。我々だって公安警察に保護を依頼した結果、まさかあのような結果になるとは!」
「ヘッケンが誰に殺されたのかなど、どうでも良いのですよ。問題はただ一点、我々三課の依頼を結果として二課は達成させる事が出来なかった。つまり信義の問題なのです」
ここまで突っ込まれると、さすがにハウトカンプも苦しい。朱色に染まっていた顔はみるみる内に青白くなり、攻撃的で忙しかった彼女の口も「へ」の字に折れ曲がり沈黙してしまう。
「諜報は常に騙し合いです、正直なところ騙される方が悪いし、騙されたら負けです。ですが同僚や仲間の部隊には信義は保たなければならない。【戦場では誰一人置き去りにしない】──この信義があるからこそ、兵士は闘えるのですから」
オレルのこの言葉を聞いた途端、ハウトカンプ中佐は急に静かになる。
もちろん、信用出来ないと責められていた二課の課長だけではない、一課のエイントホーファン大佐も、そしてノルドマン准将までもがオレルを見る表情を変えた。
上昇志向旺盛な生意気な若造と、それまでは彼の事を苦々しく見ていたのだが、"信義を説き、そして貫く事の出来る優秀な指揮官”として、オレルの真の姿を見詰め始めていたのである。
そして、ハウトカンプ中佐も馬鹿ではなかった。
すぐ頭に血が昇る突進型の軍人ではなく、彼女は理知的に今の道を歩んで来たエリートである。だからオレルの言葉を聞き、彼が言わんとしているところを理解した上でこう言ったのだ──我々の失態だ、それは認める。この上はヘッケン殺しの犯人を挙げる事で身の潔白を証明する と
オレルは謝罪を受け入れ、本日初めて表情を変える。……口元に微笑みを少しだけ
そして先に話を進めるべく、ヘッケン殺しの犯人についての考察を述べ始めた。
『准将、エイントホーファン大佐、ハウトカンプ中佐、これから私が話す内容は他言無用でお願いしたい。我々の戦うべき相手が見えたかも知れない、そう言う深刻且つ重大な内容だからです』
この会議に集まった者たち全員の名前を呼び、今は胸の内に秘めておけと念を押しながら、オレルは淡々と語り出したのだ。
ヘッケンが殺害されたのは口封じのためか、裏切り者として制裁を受けたのだと考えている。
ただ、雇い主側であるチャルナコシカは、そもそもヘッケンが我々に拉致された事すら把握していなかったと考えられるため、ヘッケンを殺したのはチャルナコシカではない。
参謀情報部二課から身柄を託された公安警察にヘッケン殺しの容疑はかかるのだが、公安警察の監視の眼をくぐって脱走し、死体で発見されたと言う公安警察側のコメントは現時点では信用に値しない。
更に検死報告や死体が一般市民に目撃されて通報された際の記録も、ひどく曖昧で信憑性に乏しい。
これらの状況から重大な事実が見えて来る
ヘッケンはチャルナコシカの帳簿を管理してマネーロンダリングを行い破格の報酬を受けていたが、得た報酬の最終的な収まり場所はヘッケンの財布ではなかったと言う事。公安警察かまたは公安警察を動かした者がそれに該当する。
つまりヘッケンは、チャルナコシカから貰った金を何処かに貢いでいた可能性が考えられる……ピンハネされていたと言う事だ。
そして今回ヘッケンは、そのピンハネしていた側から口封じされた可能性が高い事になる。
それが公安警察であったのかどうかまでは確証を得ていないが、管区警察の汚職と構図が似ている事に気付いたのです。
「アムセルンドの誉高き首都バルトサーリ。その首都においてこれ程までに、官と民の汚職の構図が出来上がっている事実。それも、一切噂にならず地下で脈々と汚い金が流れて行くのは、まことにもって異常だとは思いませんか?」
この場にいる者たち全員に対して、疑問と言う形でオレルは投げかける。
ノルドマンたちは反論や異論すらせずにオレルを見詰め、唖然としながら彼の次の言葉を待っていると言う事は、誰もがこの考察を真剣に受け止めている証拠でもある。
「組織的に行う様々な汚職……見えないところで団結して動く裏の経済活動は、ある意味今の公国の縮図と似ている。ノルドマン准将、何だと思いますか?」
「いや、私には何とも……。中佐、一体何だと言うのか教えてくれ」
「公国の縮図、つまりは貴族社会における派閥主義ですよ」
この段階では誰も驚かなかった
せいぜい学者が唱える難しい仮説を、一般人にも理解出来るような例え話にしただけの事で、言葉の表面だけを受け止めたに過ぎなかった。そのあまりにも恐ろしい本質が見えていなかったのである。
しかし、次に切り出したオレルの考察で、ここにいる誰もが椅子から飛び上がりそうな驚嘆を持って戦慄を覚える事になる。
「汚い金の終着点は貴族、あれだけ裏で組織的に汚い金を作りながら、その巨額の金がどこに消えるのか。汚職のヒエラルキーの頂点に君臨するのは貴族だと考えています」
「バ、バカなっ!貴族諸侯は公国の礎となる存在だぞ」
「いや、エイントホーファン大佐、これはあり得るかも知れない」
「私もハウトカンプ中佐と同じだ、ダールベック中佐の推察、認めたくはないがあながち夢物語ではない」
官や民に組織的汚職があるなら、貴族にあってもおかしくはない。ワイロや口利きや利益供与が横行する貴族社会が、清廉潔白であるはずは無いのだと、オレルは説いたのだ。
「今日の夜、管区警察内の汚職についてエージェントと接触する予定ですが、いずれの金の道も貴族に通じていると考えています。我々はいつか、国家安全保証問題の解決を名目に、貴族を手にかける時期が来るかも知れないと言う事、覚悟だけはしておいてください」
「ダールベック中佐、そ、それは……五大貴族にも当てはまって来るのだろうか?」
「我々はアムセルンド公国に忠誠を誓った軍人です。アムセルンド公国貴族に誓った訳じゃない」
青ざめたハウトカンプ中佐の問いに対し、イエスでもノーでもなく変化球のような内容で答えたオレル。
驚愕の未来予測に誰もが浮き足だっている中で、たった一人不気味なほどに静けさをたたえていた




