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30 激突! 一課、二課、三課 前編


 アムセルンド公国の首都バルトサーリに、公国陸軍全軍を統括する最高機関『アムセルンド陸軍総局』がある。

 政治と軍事を繋げる陸軍省本部や陸軍政務部、軍部の統括運営などを司る幕僚本部など、いわゆる身体の部分における頭脳がここに結集していた。


 そのアムセルンド陸軍総局ビルの一角、カタカナの『コ』の字型ビルの一番奥……どちらかと言えば隅っこに追いやられた感のある華やかではない部署の会議室が今、熱気に包まれている。


 その部署とは『アムセルンド陸軍総局 参謀部 参謀情報部』。

 公国陸軍組織においては、戦況や敵国軍事情報を収集して活用する、アムセルンド陸軍情報局と言う立派な諜報機関がある。

 だが、この参謀部から枝分かれした部局は、一体何を目的として設立されたのかすら誰も答えられない様な謎の部署であり、名前だけ聞いてもピンと来る軍人などいないであろう。ーー総局にいる誰もが名前を知っているが、名前以上の事を知りたいとも思わない、何とも言い知れぬ不気味さ漂う部署なのだ


 参謀情報部専用の会議室、楕円形の大きなテーブルを三名の男女が囲みながら、互いを険しい顔付きで見詰めている。

 決して心を許してなどいないと言う意志を胸に、必要以上に警戒して表情を引き締める三人、その中には三課のオレル・ダールベック中佐もおり、テーブルの脇から距離を取ったノルドマン准将が、椅子だけ用意して議事の流れを見守っている。

 今日ここに集まって顔を合わせた三人は、参謀情報部の課長たち。それぞれが独立部隊を持って課題にあたる指揮官たちであったのだ。


 公国を取り囲む敵性国家の内部情報を収集する外事諜報機関、参謀情報部一課。その一課の課長であるブラーム・エイントホーファン大佐が上座に着き、二課と三課の課長に対して睨みを効かせている。


 一課長の圧力を真正面に受けながらも一歩も退かずに堂々としているのは二課の女性課長。四十代と思われる一課のエイントホーファン大佐よりも、一回り若い高級士官で名前はヒルトルーデ・ハウトカンプ中佐。

 公国国内における不満分子やテロ組織、また犯罪組織と立ち向かう二課において、あまたの局面を乗り越えて来た自負があるのか、彼女も他の二人に苛烈な瞳を向けている。


 一課のエイントホーファン大佐、そして二課のハウトカンプ中佐の両名が特に意識するのが三課の課長だ。

 先だって麻薬組織チャルナコシカ壊滅作戦を主導し、共同作戦の名目で一課と二課を動かした、新参のオレル・ダールベック中佐に対して、苛烈な瞳で睨んでいたのである。


 たまたま、国外に活動拠点を持つ一課のエイントホーファン大佐が帰国した事もあり、三つの課の責任者が集まって、忌憚のない意見交換の場を作ろうとノルドマン准将が主催したのだが、始まってみればこれがなかなかに空気がトゲトゲしい。

 積年の恨みをぶつけられているかのように、オレルに対する風当たりがあまりにも強いのだ。


 一課、二課共に課長が憤っている理由なのだが、まず一課のエイントホーファン大佐は鼻息荒くこう主張する。

・対外諜報機関である一課の主たる任務は情報収集である。敵性国家だけでなく友好国の内情なども探り、公国にどのような影響をもたらすか逐一報告するのが役目である。

 それが合同作戦の名の元にフォンタニエ王国で麻薬の密売をさせるとは何事か。現地の麻薬密売組織との取り引きは無事に終わったが、工作員が抗争に巻き込まれて死傷したり、現地官警に逮捕拘禁されたらどう責任を取るのか。


 大佐のこの主張ももっともなのだが、それに対するオレルの回答が痛烈だった。同情など一切廃したキツい正論で打ち壊したのである。


 ──外事の諜報活動ならば、本流の陸軍情報局にやらせておけば良い。参謀情報部の活動は『アムセルンド公国の安全保障問題解決』が根幹にある。

 情報を得るのが任務の全てではない。アムセルンドの安全保障に暗い影がかかっていたら、どんな汚い手段を使っても問題を粉砕して解決するのが我々の任務である。


 こう言われてしまえば、さすがの大佐も抗弁出来ないのだが、そこへオレルが火に油を注ぐような言葉を投げ付けるから、引っ込みがつかなくなってしまう。


「工作員が現地犯罪組織の抗争に巻き込まれたら、犯罪組織の構成員として戦って生き延びれば良い。現地官憲に捕まったら犯罪組織の構成員として振る舞い続ける努力をすれば良い。工作員とはそう言うものだし、そうならない人材育成をすれば良いのだ」


 この言葉を二回りも歳下の若者から正面きって言われれば、知性派や理性的な者でさえ逆上してもおかしくは無い。


「ダールベック中佐、君は一課の任務を愚弄しているのか!」

「愚弄などはしていません。各国大使館や領事館で夜な夜な行われるマスカレイドに出席するのも仕事ですが、最優先事項はアムセルンドの安全保障だと言っています」


 多分、このオレルの言葉には、何割かの愚弄が含んでいるのであろう。それが証拠にエイントホーファン大佐は顔を真っ赤にしながら立ち上がり、今にもオレルに飛びかかりそうだ。

 しかしここでノルドマン准将が割って入り議論を中断させる。オレルは冷ややかなままだが、すっかり頭に血が昇った大佐が、冷静になるまでとりあえず話題を変えようと二課のハウトカンプ中佐に話を振るのだが、これがまた厄介な口論に発展するのだ。


「……よくも二課に後片付けをさせたな」


 冷徹な気品を漂わせながらも、声を押し殺してこう喋るハウトカンプ中佐はまるで、灼熱の怒りで自分の身を焦がす氷の女王のよう。


「チャルナコシカの秘密工場に赴けば、辺り一面死体の山、山、山。ボディバック (死体袋)を何体担いだ事か。死体の処理と麻薬の押収に国外までの運搬、まるでこれは共同作戦じゃなくて下請作業ではないか」

「ですから、ノルドマン准将を介してお礼の言葉は言わせていただきました」

「なん……だと?それだけなのか」

「それだけです。二課も三課も適材適所の作戦配置だったと確信しております」

「貴様、言ったな!適材適所とはつまり、二課は格下とでも言いたいのか」

「逆に聞きます。小隊規模の部隊を持ちながらも、あなたは今までチャルナコシカに手を下さなかった。だが我々三課は、チャルナコシカをターゲットに決めてから二週間以内に六人で排除した」

「聞き捨てならないぞ中佐。我々二課は無能どころか、裏切り者とでも言いたげだな」


 いよいよハウトカンプの瞳から憎悪の炎が溢れ出す。

 責任者であるノルドマン准将が臨席している目の前で、自分の名誉と部隊の名誉を汚されたのだ。軍人として人としてオレルに対して爆発してもおかしくはない。


 だが、彼女の激怒を目の当たりにしながら、オレルは媚びるどころか、更にこう言い放ったのである ──ヒルトルーデ・ハウトカンプ中佐、私は貴方と貴方の部隊を信用していません と



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