29 刑事(デカ)魂
「戻りましたあ」
ポワポワした質感の声が、警備隊事務所に響く。
物思いに耽ったファルカー・ゴルトベルクが、ただただぼんやりと昼休みを過ごしていると、午後の始業直前に警備隊付きの事務員が帰って来たのだ。
「あれ、ヴィヴィ君……課長は?一緒じゃなかったっけ?」
「あ、課長ならそのまま外回り始めるって、行っちゃいましたよ」
「適当なオヤジだなあ、午後は書類処理するって言ってなかったかあ?」
「あ、それなら私やっておきます。課長にお願いされました」
「何だよ、まんまと買収されてんじゃねえか」
ヴィヴィと呼ばれた若い事務員はニヒヒと笑い、課長に連れて行って貰った新装開店のレストランで、どんなランチをご馳走になったか、頬を緩ませながらゴルトベルクに自慢する。
高地の首都じゃ滅多に手に入らない海の魚、それをメインにしたレストランで、白身魚のパイ包み焼きや魚のエキスが濃縮されたスープ、パンではなく麺を主食にデザートも素敵だったとベタ褒め。
ゴルトベルクにしてみれば、あんたの胃の中に収まった豪華な料理は、課長のポケットマネーから出てるんじゃなくて、貴族のところに訪問してはタカる金なんだけどね……と、満面の笑みで自慢話をされても辟易とするしかない。
──女性の事務員として雇用されたから、課長の裏の顔を知らないのはしょうがないが、あのオッさん……警察騎馬隊に馬を提供してる貴族から、結構なワイロ貰って口利きしてるんだぜ──
ゴルトベルクが腹の底で呟いた通り、警察利権と言うのは確かに存在する。
セコいところで言えば、警察署周辺の露天商に対するショバ代を請求したり、軽微な違反の揉み消しや備品購入先選定にあたってのワイロ要求などがある。
これらは警察が「民」に対して見返りを求めるのだが、もちろん、その「民」の中には大小様々な貴族の存在もある。
首都近郊で馬の育成をしている貴族に取り入ってワイロを要求する、このゴルトベルクの上司以外にも様々な警官や高級警察官が、様々な貴族と結び付いては私服を肥やしているのは、暗黙の了解の範囲内なのだ。
(オレル・ダールベック、面白い事を言っていたな。確かに、汚職警官がワイロを巻き上げるだけでなく、汚職警官たちが下部組織になって、貴族に上納金をおさめている可能性もある……)
(羽振りの良いヤツを探せ、羽振りが良いハズなのに大人しいヤツを探せ、警察の給料だけじゃ満足出来ずに、闇の中でサイドビジネスを始めちまったヤツらを探し出せ……)
ゴルトベルクはあくびを噛み殺すフリをしながら、事務員のヴィヴィに仕事にかかるよう促しつつ、自らは窓際に移動し、窓の外へ顔だけ出してタバコを吸い始める。
「うきゃあ!ゴルトベルクさんタバコタバコ!煙が入って来ますよ」
「おっとごめんごめん、ヴィヴィ君はタバコの煙はダメだったんだよな」
慌てて灰皿でタバコを消すゴルトベルク、タバコは外で吸ってください!と、ヴィヴィに鼻息荒くたしなめられる。
すると彼は謝罪しつつも口元に微かにニヤリと笑みをこぼし、それじゃあタバコを吸って来るよと事務所から退出しようとする。──その流れを待っていたように
「早く帰って来てくださいね。ただでさえお荷物課って言われるんだから」
ああ、はいよと、気持ちの全くこもっていない返事で扉を開けるゴルトベルク。しかし、その瞬間彼の脳裏に何やら企みが閃き、ピタリと足を止めた。
「そう言えばさ、ヴィヴィ君って、普段は証拠物保管管理課の女の子と食事に行くよね?」
「えっ、えっ?そうですけど、ダメですよあの子は。もう婚約者がいるんですから!」
「ちげえよ!良いよ俺はどうせ獣人だから。そうじゃなくてさ、その子署内のウワサ凄え知ってんじゃん」
「まあ、確かに……」
「署内の不倫とか色々とさ、人間関係が気になっちゃってさ。今度お昼に出たら色々聞いてみてよ」
「ま、まあ、それなら私も興味あるから……」
お礼もするから、よろしくね と事務所から飛び出したゴルトベルク。外の喫煙所へタバコを吸いに行くフリをしつつ、足は別の方向へ。
──向かうは刑事部のオフィス、殺人課や生活安全課や麻薬取締課など、警察業務を第一線で行う戦場だ
(押収された麻薬が保管庫から無くなる事件が多発していた。麻薬密売組織と汚職警官、そして汚職警官と貴族のルート。面白くなって来たよ、俺が暴いてやるぜ)
ファルカー・ゴルトベルクが、陸軍の情報部中佐を名乗る若者オレル・ダールベックと会ったのが昨日。
そしてオレルは今日の夜に諜報活動に協力するか否かの答えを聞くために会う約束をしている。
しかしゴルトベルク本人は、やるやらないの答えを表明する前に、自らの意志で動き出してしまったのだ。
事件解決に取り憑かれた男 ──これこそがゴルトベルクの性分なのであった




