23 秘密の片鱗
マルヴァレフト家の屋敷に入ると、左右にズラリと並んだメイドと執事に迎えられ、応接室へと案内されるオレル。
素人目には質素に見えるだろうが、華美を抑えた調度品その一つ一つが目を見張るような高級品である事を見抜き、この名家がどのような精神を持って歴史を刻んで来たのかと、想いを馳せている。
そしてソファから立ち上がり、壁にかかっていた人物画を見上げていた時、マルヴァレフトの当主がようやく現れたのだ。
「ダールベック中佐、遅れてすまない。馬の手入れをしていたところでね」
「お忙しい中、わざわざお時間をいただきありがとうございます。マルヴァレフト卿 (サー・マルヴァレフト)、あらためまして、参謀情報部三課の責任者オレル・ダールベックと申します」
タオルで顔や首元の汗を拭いつつ、オレルに対して気さくに握手を求めた本人こそ、ランペルド・マルヴァレフト公爵その人で、この家門の当主である。
年齢的に、中年から壮年に入りかけたような白髪混じりの黒髪を、短く切って後ろへ撫で付け、いかにも貴族と言わんばかりのいやらしいヒゲも生やしていない。
まるで貴族と言うよりも、今一番脂が乗った弁護士のような様相で、生気に満ちた活動的な人物に見える。
若さで勝っているはずのオレルが、元気さにおいて完全に負けているような構図。ーー貴族らしからね貴族、それがランペルド・マルヴァレフト公爵の印象であったのだ
ランペルドは挨拶もそこそこにオレルをソファに座らせると、執事にお茶の用意を命じながら自らも対面に座る。いよいよ会談の始まりだ。
「ノルドマン准将から中佐が来ると聞いた。中佐が屋敷を訪ねて来たら話を聞いてくれないかとね」
ノルドマン准将が事の顛末をどれだけ話してあるかは、現時点では分からない。
だが、ランペルドの瞳が蘭々と輝きながら、まるでオレルを値踏みしているように見詰めて来ている事から、ノルドマンがいかにオレルを評価しながらこの公爵に報告していたのかが垣間見れる。
もう百も承知なのだろうが、依頼する側の筋道として一から説明すべきと判断したオレルは、「首都バルトサーリで何が起きているのか?」を簡潔且つ丁寧に説明した。
三課設立の経緯から、麻薬組織チャルナコシカの壊滅を果たした事をきっかけに、軍内部に武器を流出させる組織的犯罪集団が存在する可能性が浮上した事。
そして警察内部の汚職ともう一つの麻薬組織壊滅を目指しながら、軍内部の汚職に関しては確実に敵が見えて来るまで積極的な行動を起こさない事。……オレルは包み隠さず全てを打ち明けた
「なるほど。我々の知らないところで、公国はここまでウミが溜まっていたのか」
ノルドマンから報告を受けている内容だとは承知の上で、改めて深刻な表情を見せるランペルド。しかし表情をガラリと切り替えて、中佐はたかだか半年でそれらの見えない敵を見えるようにしたのだね、と、オレルを持ち上げる。どうやらオレルの能力を高く評価する、好意的な対応だ。
「よかろう。中佐、私に出来る事があったら聞かせてくれ、力になろう」
もうこの時点で、ランペルド・マルヴァレフト公爵は三課の『やり方』を認めた事になる。
つまり、オレル率いる参謀情報部三課は公国の敵を排除する……敵を殺して殲滅する事で問題を解決すると言う絶対的な行動方針について、まるで異を唱えていないのだ。
もちろん、前回のチャルナコシカ殲滅のように、最終的にノルドマン准将から交戦許可を貰った上で殲滅を始めるのだが、今、このテーブルでランペルドがそれについて言及せずに協力を約束したと言う事は、参謀情報部の最大の後ろ盾であるマルヴァレフト家が、殺しを認めた事に繋がるのである。
そんな暗黙のやり取りもそこそこに、喉が乾いていたのか、ランペルドは執事が用意した紅茶をゴクゴクと美味そうに飲み干し、すかさずお代わりを要求する。
かなりエネルギッシュな人物だなと感想を抱きながら、オレルは本題を切り出した。
「三課の人員を充実させたく思います。マルヴァレフト卿のお力添えを頂きたく、よろしくお願いします」
その言葉に付随するように、オレルは内訳を説明し始める。
当初三課は、三人一組の実行部隊を2チーム作り、その他に諜報部員を含めた分隊形式=スクワッドを計画していた。
だが、実行部隊1チームと狙撃班二名、そして通話オペレーターが揃った今現在、実行部隊は2チームも必要無いと判断し、むしろ諜報部員の数を拡充しようと考えている と
「うむ、有能な諜報部員は必要だね。諜報活動全てが、中佐任せと言う訳にも行くまい。確かな情報は揃えるだけ揃えないとな」
「おっしゃる通りです。諜報部員が情報を集め、私が精査決断し、実行部隊が排除する。この流れを一刻も早く作りたく思います。本来なら、早々に一人確保出来る予定だったのですが、思いもよらぬ状況に陥りまして」
「うむ?思いもよらぬ状況とは何だね?」
「三課が発足して間もなくの頃ですが、殺害されました」
ソファから飛び上がらん勢いでランペルドは驚く。
参謀情報部を取り巻く状況は、そこまでひっ迫しているのかと言う驚きなのだが、オレルはそれとは全く違う深刻な問題として事の経緯を説明する。
「御安心ください、参謀情報部とは関わりの無い話です。街の情報屋として、信頼出来る人物にあたりを付けていたのですが、他殺体となって発見されました。彼の名前は伏せておきますが、狼の獣人でした」
「あ、あああ……あれか!あの連続獣人惨殺事件かね!」
おっしゃる通りと淡々に答えるオレルは、異世界転生人ギルドの関係者から紹介を受けたとは告白しないまま、諜報部員としてスカウトしようとしていた人物が、連続獣人惨殺事件の被害者として、変わり果てた姿で発見されたと告白する。
「警察も躍起になって捜査をしているが、なかなか犯人までたどり着いていないようだ」
「人間至上主義者の犯罪なのか、それとも同種間抗争なのか。いずれにしても、あの見せしめのような死体の晒し方は、メッセージ性があるのでしょうね」
──警察が解決してくれればそれに越した事は無いが、いずれは中佐の部隊が解決する可能性もあるか──
そう呟いたランペルドが、何か閃いたように瞳を輝かせ始める。深刻な表情をしたり、破顔であったりと、とにかく表情の変わる忙しい公爵ではあるが、今は前のめりの自信たっぷりな表情でオレルに迫った。
「中佐、いるぞ!君の手足となってくれる諜報部員が」
「マルヴァレフト卿、助かります。どのような人物ですか?」
「うむ、彼は警官でね、その連続獣人惨殺事件の捜査班に入っていたのだが、あまりにも熱が入ってしまったのか捜査班から外されてね。彼なら中佐の力になるはずだ」
そうなると、三課でも獣人惨殺事件の犯人探しを行う事になりますねーーオレルは口元に笑みを浮かべる。
多分、公爵の薦める人物は獣人なのだろう。同じ獣人として義憤に駆られて捜査に没頭し、同僚たちから浮いた存在になってしまったのではないか。もしくは、獣人だからと差別を受けて捜査から外されたのかも知れない。
もちろん三課は完全実力主義だから、獣人だろうと亜人だろうと人間だろうと関係無いが、その人物が諜報部員として三課に入れば、必然的に彼は自由な時間を犯人探しに充てるだろう。
苦労を背負い込んだ訳ではないが、どんどんと敵が増えて行く……オレルの笑みの半分は、そう言う笑みであった。
そして残り半分の笑みは、目の前に座るランペルド・マルヴァレフト公爵自身に向けられている。
五大貴族は、政財界など様々な社会で自分の派閥を作り、軍閥や何やらと自分の持ち駒を増やしたがる。
五大貴族の中でアレクシス・ヘイデンスタム大公の巨大権力に唯一対抗出来るマルヴァレフト家が、ほとんど派閥らしい派閥を持っていないのは、五大貴族内において最大の謎の一つなのだが、オレルはその秘密の片鱗を見て笑みを浮かべたのである。
──嗚呼、この人は人材を財産だと思っているのだ。有象無象に徒党を組ませ、数にものを言わせて自らを誇るスタイルではなく、有能な者たちを個々に取り込み自らの力にするのだ と




