21 流れ星のアザ 後編
長梅雨にたたられて、まだしばらくは傘が手放せない時期が続くと天気アプリが伝えているある晩、最寄り駅で降りて改札口を抜けた東堂順治は、駅前でとある少女の姿を網膜に焼き付ける。
駅前のロータリー、細かな雨が降りしきり様々な色の傘がひしめき合う中で、一人だけ傘もささずにベンチに座り、ずぶ濡れになった少女が、東堂の瞳にズドンと入って来て視界の全てを奪ってしまったのだ。
歳の頃は十二歳前後、制服ではなく私服のデニム姿は、小学生高学年か帰宅後外出した中学生のようだ。
雨に濡れてウェーブがきつくなった黒髪や、喉元左側に朱色に浮き出る流れ星のようなアザが印象的な少女だったのだが、東堂が息を飲んで足を止めたのには別の理由がある。
──その幼い少女は目が死んでいた。どよんと濁り、どろんと焦点をぼやかして、完全に生気を失っていたのだ──
家庭内での児童虐待か、それとも学校でのイジメかは分からないが、彼女は自分の置かれた環境に絶望していたのは確か。そしてその曇った瞳が特徴的であったのは、誰にも助けを求めていない、プライドの高さを秘めていた事が東堂を震撼させたのだ。
(あれは……俺だ!)直感的にそう思った。そしてその直感は新たな事実を残酷に突き付ける。俺は周囲から、あんな感じで見られていたのかと。
忘れていたはずの嫌な思い出
捨て去ったはずのネガティブな自分自身が恨めしそうに見詰めている気がして、その日以降少女の眼は東堂の脳裏にこびり付いて離れなくなってしまったのである。
例えば帰宅時の街中華
自炊が面倒臭くなり、帰路の途中でたまによる中華定食屋がある。
ここで瓶ビールと餃子と四川麻婆丼を頼み、テレビの野球中継をBGMに雑誌やマンガを読み耽るのが彼の唯一の安らぎの時間であったのだが、あの少女と会って一変した。
隣のテーブルに座る三世代家族──たまには外食しようとやって来た祖父母に両親に子供の五人組の笑顔が、彼をイラつかせて自分の世界に没頭出来ないのだ。
もちろん、東堂と隣の家族に接点など無い。見れば父親は帰宅したがそのままの姿で家族を連れ立って来たのか、汚らしい作業服そのままに髪の毛はボサボサだ。東堂の一番嫌う高卒肉体労働一直線の父親である。
だが、まだ幼い子供が子供用お子様ラーメンを食べながら「ちゅるちゅる!」と喜ぶと、連れて来て良かったと母親は喜び、父親は生ビールを胃に流し込みながら大喜びで、祖父母に至ってはデレデレでもはや腰砕けだ。
──その笑顔が気に入らない、その笑顔に腹が立つ。俺が一番遠い笑顔じゃないか──
東堂がいちいち神経を逆撫でされるように敏感になったのは、隣合わせの三世代家族だけじゃない。通路を挟んだ右斜めのテーブルに座る若いカップルもそうだ。
ハイビスカス柄のカラフルなジャージを着て、生え際が真っ黒の金髪女性がギャハハハと笑い、左腕に呪文を彫り込み、左右の耳にびっしりピアスを付けた青年が「それでさあ!」と大声で返す青年。
周囲の客に対するマナーがなっていない事に立腹するならまだ良い。だが東堂は全く別の感覚で腹を立てていたのだ、あの笑顔は自分には無い笑顔だと。そして自分は今、死人のようなドロリとした眼で、それを羨ましそうに見ているのだろう と……
あの少女のせいだ。あの少女が忘れていた眼で俺を見るから、いつの間にか冷静でいられなくなった。努力したのに、ひたすら努力して来たのに!
一事が万事この調子で、東堂の迷走は日を追うごとに深みにハマって行く事となる。
『死者のようなどんよりとした瞳を持つ少女』『首元に流れ星のようなアザがある少女』
その後も何度か駅前で遭遇するのだが、もちろん東堂が接触を試みた事は一度も無い。むしろ運悪く駅前で見かけたとしても、視線を外して逃げるように立ち去った。
──そして会社の同僚たちが東堂の異変を感じてから二ヶ月後のとある朝、東堂は市内に流れる水路に浮いているところを発見された。
警察による司法解剖の結果、死因は水死。外傷は一切見当たらず他殺の可能性は無いとの発表。つまり何かのきっかけで水路に落ちた事故死か、自分で水路に飛び込んだ自殺の可能性が高いと言う。
何が原因でこう言う結果となってしまったのかと、東堂を知る者は誰もが首をひねったのだが、当たり前の話、東堂のプライベートを知る者など皆無だったため、この話題は一週間も経たずに風化してしまったのである。
東堂を狂わせた、喉元左側に朱色に浮き出る流れ星のようなアザを持つ少女
星形の右側が尾を引くように細く伸びるアザなのだが、そのアザを持つ少女に罪は無いとしても、結果として東堂の死に深く関わっていたのは事実。もちろん、死んだ本人にしか分からない事実ではあるのだが……
◆ 閑話休題 東堂順治 編
終わり




