20 流れ星のアザ 中編
東堂順治の両親は、彼が小学四年生の時に離婚している。そして親権を持った母親と二人で生活を始めたのだが、俗に言う『おふくろの味』を知らないまま大人になった。
二人で生活していた時代は、コンビニ弁当やスーパーの惣菜が順治の成長の基礎となり、順治が中学二年の際に新しい父親が誕生したのだが、母親が弟を出産した後は、母親が新しい家族のために作る料理のお裾分けを頂く感覚で、美味い不味いの感情を失って行く。
実際のところ、ネットで物語になるほどの凄まじい孤立は無かった。だが新しい家族の輪から弾かれていたのは事実。
休日に家族でデパートに行くかと母親が提案し、順治が僕は家で勉強があるからと断ると、お前が断るのは当たり前だろと言わんばかりに父親が「悪いな」と誠意無く謝まるなど、旬の過ぎた旧型長男に居場所は無かったのだ。
いらない子、前の家族の生き残りなど、自分の存在意義を否定される事に過剰な恐れを抱く順治は、人から見られる自分の「立ち位置」にこだわり出す。自分のプライドが傷付かないように自意識を高く持ち、それを維持するため、他者に対してマウントを取る手法を取り始めるのだ。
中学や高校の友人に対し、極めて論理的だが高みから見下ろすようなコミュニケーションを展開して、正しいがつまらないヤツとして煙たがられたりもした。成績優秀である事とこの時の高慢な言動を生み出した孤独が、その後の彼を形作ったのは間違いない。
──誰かから必要とされたいと願っていた少年は、その方法を間違え、誰からも必要とされなくなってしまったのである
「私立大学にやれるだけの金は無い」
血の繋がらない父親にそう言われ、家を出たい一心で国立大学を目指したが、受験で失敗して茫然自失となる。
自分は出来る男だ、自分は社会から必要とされる男だ、自分は何事につけ頼られる男だと言う……順治が抱くプライドやアイデンティティ崩壊の瞬間だ。
就職を選択するか、他の方法を模索するかと悩む彼であったが、プライドだけで生きて来た少年が就職を選択出来る訳も無く、とにかく家を出れば自分は変われると信じた順治は、この時だけはプライドをかなぐり捨てて父親と相談。
奨学金を使って別の都市にあるビジネス専門学校に通うから、引越し費用だけ何とかしてくれと乞い、双方利害一致の構図で家を飛び出したのである。
……それから十七年、東堂順治は一度として実家には帰っていない。
数年前、珍しく母親から連絡が来たのだが、弟が実は結婚していた事を知る。そして妻も自宅に迎えて親子二世帯で仲良く暮らしているのだが、この度子供が産まれた事から順治の部屋を空けてくれないかと問うて来た。
もちろん、順治は全て捨てて貰って構わないからと返して終わる。──ほとんど写真の貼られていないアルバムや、卒業と同時に音信不通になった友人たちの名前が連なる卒業アルバムなど、負の記憶を呼び戻すいらないアイテムでしかないのだから
かくして、仕事だけが生き甲斐の男が出来上がった
過去の苦い経験を胸に、今の自分を変えようとひたすらあがくのだが、幼少期から思春期に染み付いた性質はそうそう変えられるものではない。
かくして東堂順治は寡黙かつ冷淡で、ひとたび感情的になると徹底して闘争姿勢を取る者となったのだ。
その東堂順治が最近おかしい
周囲が違和感を覚えているほどなのだから、もちろん彼自身も自覚しているのであろうが、酷くイライラしている。
眼鏡越しの険しい表情が更に険しくなり、氷のように冷たい視線が常に左右に意味無く動き、まるでその様相は挙動不審の狂犬。どこにスイッチがあるのか、いつ起爆するかも分からない危険水域だ。
……あの娘だ、あの娘を見てから、全てが自分をイラつかせる……
そう自覚してしまったのが始まり
たまたま帰宅の際、駅から出て来た東堂が見た少女の姿が脳裏から離れず、ついつい彼女の姿を思い出しては不快感を覚え、やり場の無い怒りに我が身を焦がしていたのだ。