17 凛として外道のごとく
(シルバーフォックスからユニット各位へ。裸の王様から黒塗りが離脱、裸の王様から黒塗りが離脱した。尚、裸の王様は制圧、これより掃討にに移行する)
(マザーズネスト了解した、コヨーテに黒塗り離脱とフェイズ2移行を報告する)
荒涼としたルジョアの丘陵地帯から南に伸びる一本道、首都バルトサーリに向かう未舗装の道に今、オレル・ダールベックが立っている。
岩や巨石がゴロゴロと広がる丘陵地帯を抜けて首都に向かう途中、なだらか且つ左右にうねる下り坂が真っ直ぐ首都に向かって伸びるあたりに、エンジンを切った車のボンネットに座りながら、念話増幅器を手に状況を見守っていたのである。
「律儀だな、その場で射殺しても良いと言ったのに」
黒塗りが離脱、つまりチャルナコシカ首領のイグナート・コズロフが麻薬製造工場から逃走したと、マザーズネストが報告して来た際の反応。
突入班の兵士たちは、敵を殲滅する事で精一杯だろうと判断していたのだが、首領をわざわざ逃し上官の無茶な希望に応えて来た事で、オレルは苦笑していたのだ。──自分の想定以上に兵士たちは成長している と
ボンネットから降りて、再度車に乗り込みエンジンをかける。そして道から少し離れた岩陰に隠し、トランクから巨大なロールケーキのような物体を取り出すと、それを肩に担ぎながら道路へ戻って来た。
「あと数分でここに来るな」
もちろんそれは、麻薬製造工場から逃げ出したイグナート・コズロフの事を言っている。
オレルは肩に担いで来た大きな円筒形の物体を、道路を横断するように放り投げる。するとそれは帯状の物体をクルクル巻き付けた結果、ロールケーキのような姿になっていたようで、コロコロと転がりながら地面を覆い、道路を完全に縦断してしまった。
その帯状の物体の表面にはびっしりと鋭いピンがついており、この上を車が通過しようものなら、タイヤがことごとくパンクしてしまい、車は運転不可能となってしまう。
タイヤ破壊装置、スパイクトリップを設置して、オレルは再び道路から離れて岩陰に身を隠す。そして息を潜めてその時を待つ──
退屈を感じない程度の時間が過ぎると、丘から蛇行する下り坂に二つの灯りが見える。車のヘッドライトが蛇行しながら慌てたように猛スピードで下って来るのだ。
いよいよイグナート・コズロフとの対決の時が来た。
黒塗りの車はスパイクトリップに気付かず突っ込み、バチン!と盛大な音を立ててタイヤ四本全てが破裂し、きりもみ状態で岩に突っ込んで止まる。
衝突の衝撃でボンネットが開き、エンジンルームから煙がシュウウと音を立てて吹き出す頃、ようやく自分の置かれた状況が把握出来たのか、運転席のドアがゆっくりと開いて足元のおぼつかないコズロフが現れた。
「クソ……痛ててて……」
衝突の際に怪我を負ったのか、コズロフは額からおびただしく血を流し、右足を引きずりながら出て来た。衣服もところどころが破れ、髪の毛も逆立っており、巨額の利益を貪る麻薬組織のトップとは思えない姿だ。
「チャルナコシカのリーダー、イグナート・コズロフだな?」
車から燃料が漏れて引火したのか、車がメラメラと燃え始め辺りが明るく見通せるようになったその時、その言葉は巨石の隣にぼんやりと浮かんだ人影から発せられる。
「だ、誰だお前は!」
コズロフは懐から回転式拳銃を取り出し、燃える車の炎に照らされた人影に銃を向ける。
見れば軍服をまとった若者が立っており、ヘルメットではなく制帽でもなく、略式正装のベレー帽を被っている。
視界に立つ若者が普通の軍人ではないと悟り、背筋に冷たい汗を滴らせるのだが、当たり前の話、この面識の無い若き軍人が何を目的としてここに立っているのが掴めず、恐る恐る銃口を向けたまま出方を待っていた。
「イグナート・コズロフ。貴様はここで無惨に死ぬ。そして貴様を地獄に送る者の名前は、オレル・ダールベックだ」
腰のホルスターから銃を抜く訳でも無く、両手ガラ空きのままゆっくりと歩き出したオレル。互いの距離を詰めるも未だコズロフは発砲していない。
「その回転式拳銃は、公国陸軍の正式軍用拳銃……なるほど、警察内部だけでなく軍内部にも腐敗はあると言う事か」
オレルが不敵な笑みを浮かべて納得していると、それ以上近寄るなと叫んだコズロフが、若き軍人の名前と、それにまつわる背景がやっと脳内で繋がったのか、下卑た笑みをオレルに投げ付ける。
「ふ、ふははは!オレル・ダールベック、オレル・ダールベックだと?あの異世界転生人ギルドで常に話題になる、あのオレル・ダールベックが君だと言うのか!」
「同姓同名の人物がいるとも思えんので、私で正解だろうね」
「あははは!そうか、君が三回も転生した記憶を持つ伝説のオレルか。ブラック企業の社畜、革命の旗頭にされて処刑された若き魔法使い、何らイベントが無いまま老衰で死んだ武闘家。不運の人生が三回も連続したミジメな転生者として、苦笑いの種になってるぜ!」
「他人の事をよくもまあベラベラと。六本木半グレの下っ端密売人が、チャルナコシカのリーダーになったサクセスストーリーの方が、立派だとでも言いたいのか?」
……この野郎……テメエ殺すぞ……
生地の高い立派なスーツを着て、貴金属をジャラジャラと身に付け、中年の成金紳士を気取っていたコズロフであったが、オレルに痛い過去を指摘され、ついつい性根の部分が浮き上がる。
「異世界転生人ギルドの絶対のルール、転生人同士の殺傷は禁止されている。引き鉄を引く度胸があるなら、やってみればよい」
「ふひひひ、俺がそんなルールを気にすると思うか?オレル・ダールベック、お前の事は知ってるぜ。前世三回の知識を利用して、魔法と拳法を合わせた魔法拳を使うと。だが、今の身体がショボいから、大して再現出来ないらしいじゃねえか。俺の銃に勝てるのか?」
「いつまでグダグタ言っている。無能のクセに転生した愚か者が。私は引き鉄を引けるのか引けないのかと聞いている」
──ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやんよ!テメエコノヤロウ!──
機嫌が悪いとすぐキレる性格そのままに、激昂したコズロフは勢いに任せて引き鉄を引いた。
パン、パン、パン!と炸裂音が鼓膜を激しく揺さぶり弾丸は発射されたのだが、何やら様子がおかしい。両手でブレないように支えながら、狙いを定めて撃ったのに、オレルはまるで命中していないぞとばかりに、コズロフに向かってゆっくり歩いて来るのだ。
「ひ……ひいっ!」
何かおかしい、何かが違う
コズロフは脅えながら再び引き鉄を引き、パンパンパンと三連射するも、全くオレルはひるまない。
カチン、カチン、カチンと、銃の空撃ちの音色がタイミングを取りながら、コズロフは口をあんぐりと開けて驚愕に震える。
自分を目指して歩いて来るオレル・ダールベック、その姿がまるで人間の姿ではないのだ。
黒い瞳の奥に宝石でも埋め込んでいるのように、眼がルビーのように妖しく真っ赤に燃え上がり、クールで冷たい表情はうって変わって邪悪を秘めた毒々しい笑顔に変わっている。
そして転生はしたが、異能の力に目覚めたり全く継承する能力の無い、ただの人間であるコズロフにも見えるほどに、荒れ狂ったようにオレルの全身から溢れて来るドス黒いオーラ。
──固有名詞こそ知らないものの、それがどんな種類の存在なのかを、震撼する事で知ったのだ──
「……あ、あ、悪魔……」
「失礼な奴だな。そう言う人生経験も経たのだと言ってくれないかな?」
ガタガタ震えるコズロフの目の前に立ったオレル。邪悪な笑みをそのままに、コズロフが構えていた銃を彼の手ごと掴んだ。
「異世界転生人ギルドのルールで、転生人同士の殺生は禁じられているが、そんなものは私の知った事じゃない。それに正義だの悪だのと言う概念も正直興味は無い。貴様が気に入らない、だから殺す。その理由じゃダメなのか?」
オレルは掴んだ腕を強引に動かし、コズロフの回転式拳銃を彼のこめかみに当てる。
「ひ、ひひひ……弾は撃ち尽くしたよ……」
「そうか、それなら試してみよう。貴様が見ている世界が全て正しいのかどうかを」
「や、やめろ……やめてくれ……」
「ギルドには三回と申請しているが、四回もクソみたいな転生を繰り返した私の力、最後に楽しめよ」
オレルは引き鉄に置いたコズロフの指に、自分の親指を添えて力を込める。目に涙を浮かべたコズロフは、ヒイヒイと喉からしゃがれた悲鳴を上げるだけで精一杯。
引き鉄を絞る事でガチャリ起きた撃鉄が、引き鉄を完全に絞りきったためとうとう撃鉄が本体に落ちる ──パン!
銃声が曇天に広がる分厚い雲を駆け抜け、イグナート・コズロフの頭はザクロのように真っ赤になってはじけた。全てが終わったのである。
「そろそろ彼らも終わっただろう」
あっという間に普段の冷たさを取り戻したオレル、念話増幅器を耳に当て、オペレーターに指示を出す。
「コヨーテよりマザーズネストへ。掃討を確認したら、オールユニットに撤収の指示を出せ。そしてパパラクーンに報告しろ、別働隊が動く」
(マザーズネスト了解しました。たった今掃討完了のコールを受理しています。オールユニットの撤収を開始します)
参謀情報部三課の初ミッションは大成功に終わった。
高純度ヘロインを密売していた組織は壊滅し、リーダーも死んだ。そして施設と出荷前のヘロインは警察に押収される事無く、公国陸軍側が管理する事となる。
パパラクーン……アライグマの父、つまり参謀情報部統括責任者のノルドマン准将指揮のもと、制圧完了した麻薬工場には二課が入り後始末を始めるのだ。
「そろそろ本格的に降って来そうだな」
ポツリポツリと、肌に当たり始めた雨粒を気にしながら、オレルはハーフコートのポケットからタバコを取り出した。
そして、禁煙も半年でギブアップかと自重気味に呟きながらマッチをこすって点火、美味そうな表情で真っ白な煙を空に吐き出していた。




