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15 交戦許可下りる


 首都バルトサーリがあるこの高地では、今日の夕方までは清々しいほどの真夏の晴天が続いていたが、日没と共に空を駆け抜けて行く雲の量が増え、日付けが変わる深夜にはとうとう分厚い雲に空一面覆われてしまった。


 いつ冷たい雨が降り出してもおかしくない天候。

 大粒の雨とともに、横殴りの風が吹き荒れる嵐の兆候。

 高地の短い夏、その終わりを告げる嵐の予感ではあるのだが、それを好都合だと捉える者たちがいた。

 それはバルトサーリを囲む山々の北方面、赤々とした岩と痩せた赤土に覆われたルジョア丘陵地帯の一角で、息を潜めながら「その時」を待つ者たち。

 『オペレーション・カットアウト』の作戦名をもって、麻薬組織チャルナコシカの秘密工場を急襲して壊滅するための非正規部隊、参謀情報部三課の兵士たちが潜んでいたのである。


 巨大な岩と岩の間に建てられた麻薬製造、その工場の入り口から約五百メートルほど南。そこにそびえて辺りを一望出来る巨石の上に狙撃班として、アンネリエとブリギッタが目を光らせている。

 うつ伏せになり、支給されたばかりの特殊狙撃銃を工場側に向けるアンネリエは、スコープ越しで門番に狙いを定め、姉のブリギッタも屈折型単眼鏡から同じ光景を見詰めている。


 ──作戦開始まであと少し!──

 彼女たちの緊張は頂点に達しているのか、完全に沈黙したままの状態。スナイパーとスポッターによる指示や確認作業もしないまま、二人に吹き抜ける風だけが音を立てている。


「……ハルヴァナ。良い名前だよね」

「うん?姉さん何か言った?」


 この沈黙は非常にマズイと感じたのか、姉のブリギッタが意を決し、作戦とは全く違う話題を口にする。


「中佐につけて貰った名前よ。あなたがハルヴァナ、そして私がフルモナ。すごく素敵だと私は思うの」


 そう、この作戦に赴く前段階のブリーフィングにおいて、ブリギッタとアンネリエは仮の名前から卒業したのである。


「姉さん、私もそう思う!姉さんが満月で私が三日月。動物の名前になると思ってたら月の名前なんて」

「なんてロマンチックな名前なんでしょう。ますます中佐を好きになりそう」

「ダメよ姉さん、私だって中佐のこと想ってるんだから」


 二人ともレンズから視点を外して顔を向き合わせる。そしてクスクスと笑いながら、二人レンズに目を凝らした。


「ここで失敗したら、中佐をガッカリさせちゃうね」

「失敗なんかしない。ハルヴァナとフルモナは最強のスナイパーチームだから」

「そうね、そうね。それじゃハルヴァナ、しっかり準備しましょう」


 緩んでいた二人の表情が、巌のように険しくなる。ブリギッタが持ち掛けた会話によって、二人は良い意味でリラックスし、そして余計な緊張を捨てて集中し始めたのである。


「距離……五百三十メタル」

「距離五百三十メタル、スコープ倍率調整良し」

「風は吹き下ろしの向かい風、北北西から南南東に流れる。風速およそ2メタル」

「ダウンフォース了解、レティクル(照準線)増し2」

「風の精霊たちが踊っている姿……見える?」

「うん、見える。弾丸が一度左に跳ねて、弧を描きながら右下に落ちる線が見える」

「だいぶ暴れてるわね。時間が来たら私が精霊に祈りを捧げて動きを緩和させるから。もう一度確認して」

「うん、お願い」


 ……ごくり

 狙撃の準備を終えた途端、まるでシンクロでもしているかのように、同時に固唾を飲む姉妹。

 いくら雑念を払って集中したと言っても、やはり初めてのチームプレイは緊張が次から次へと溢れて来る。それも突入班の命に関わる重要な役目であれば尚更だ。


「もう一度手順を確認しましょう」

「うん」

「マザーズネストの号令で、グリズリーが工場脇の発電機を爆破する」

「うん、工場の電気が消えたら、私たちが入り口の警備員たちを撃つ」

「そう、そして突入班が工場に入って掃討を開始する」

「私たちは外に逃げて来たヤツらを片っ端から片付ける」

「だけどスーツを着た中年男が出て来て黒塗りの車に乗ったら、それだけは逃すのよ」

「首領のイグナート・コズロフだけは中佐の獲物」

「そう、丘陵地帯の一本道で待っている中佐が、直接手を下す」


 ──中佐が悪党を倒すところ、見てみたいなあ

 彼女たちが憧れの人物の活躍にうっとりしていると、腰のホルダーに収めていた念話増幅器が『ピピッ』っと小さく鳴ってコールを知らせる。

 妹を狙撃に専念させるため、代表でブリギッタが通話機を耳にあてる。


(マザーズネストよりオールユニット、コヨーテより交戦許可が出た。所定の位置に付いてコールせよ。確認後にカウントダウンを開始する)


 聞こえて来たのは、念話オペレーターを担当するマーヤ・ルンテッソンの声。オールユニット……つまり作戦に参加した兵士全てに、準備が完了したかどうかの確認を問うて来たのだ。


(こちらバイパー、準備よし)

(こちらシルバーフォックス、位置に付いた)

(こちらグリズリー、いつでもいける)


「……こちらハルヴァナとフルモナ、用意よし」


(こちらマザーズネスト、オールユニットの準備完了を確認した。これより二分後にオペレーション・カットアウトを実行する)


 いよいよ戦いのゴングが鳴る。

 部隊の設立から今の今まで、ひたすら訓練に明け暮れて静かに潜んで来た三課がぜる。今ここで非正規戦闘部隊の真価が試されるのである。



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