11 ギルドのメンバーならば
「あら、これはまた珍しい。お久しぶり」
首都バルトサーリの飲食店街の一角にある居酒屋『バール・ドランメン』。その店の隠し通路から階段を降りた先に秘密の地下室がある。異世界転生人ギルドのバルトサーリ支部の事務局がそこにあるのだが、珍しくもなく当たり前のようにオレルが地下室にたどり着くと、カウンターの女性が艶めかしく出迎える。
「オレル・ダールベック。今日はあいにくと、まだ誰も来ていませんよ」
「いや、誰かと会う目的で来た訳ではない。君に教えてもらいたい事があって来たんだ」
オレルはそう言いながら、ポケットから取り出した一枚の金貨を、ピンと指で弾いてその女性に投げ渡す。
壁や床、カウンターや奥の棚までもが、歴史を感じる深い色木目の材料で固められた、品の良いショットバーのような事務局。地上階にあるバール・ドランメンのガサツで大衆的な雰囲気とは大違いだ。
そして、カウンターからオレルを迎えた妖艶さ漂うバーテンダーらしき女性は、オレルが酒を望んでいない事を知っているのか、それを提供する訳でもなく、楽しげに彼との会話に傾倒して行く。
「ふふ、あなたもギルドのメンバーならば知っているはずよね?」
「ああ、秘密とは話せないから秘密である……だろ?」
「そう、それが当ギルドの不文律。秘密を秘密として維持するからこそ、この組織は存続して来たのよ」
カウンターに右肘を立て、右手に顔を置きながらオレルを見る女性、オレルに対して好意的に接してはいるものの、悪戯っぽい笑みを浮かべながら会話を楽しんでいるように見える。
異世界転生人ギルドと言う秘密の組織が秘匿する情報、それはもちろん所属するメンバーについてである。ーーどの世界からやって来てどのような能力を有するのか、人間なのか亜人なのか獣人なのかなど、ギルドのメンバーの個人情報こそが、このギルドで最も価値のある財産なのだ
「マリールイス・アルムグレーン、こうは考えられないか?ギルドメンバーの有する権利は一律に平等ではない。つまりギルドに功績がある者と無い者の差は、然るべきだと」
そう言いながら、オレルは再びポケットから金貨を一枚取り出してマリールイスに投げ渡す。
「あら、これはまたずいぶんと羽振りが良いのね、見透かされるわよオレル・ダールベック。あなたは今、私に媚びなければいけないほどに、情報に困窮していると」
「答えになってないなマリールイス、俺はその辺の有象無象の転生者と、格が同じなのかと聞いている」
オレルはカウンターに近寄り、またまたポケットから金貨を一枚取り出す。パチン!と音を鳴らしながらカウンターテーブルに金貨を置いて、人差し指で押さえながらマリールイスに問う。
「あの伝説のオレル・ダールベックが?その辺の有象無象と同じ?そんな訳ないじゃないの」
彼女はカウンターから身を乗り出すように手を伸ばし、うっとりした顔付きでオレルの頬を撫でる。そして左手でテーブルの上にある金貨を優しく自分の元に引きながらこう言った。
「前代未聞、三度目の転生者。成功や失敗が連なったあまたの前世を記憶に留める者。膨大な記憶に埋もれて人としての感情を失った賢者……」
「ふふっ、皮肉にしか聞こえんな」
「皮肉と捉えるのは悲しいわ。あなたのような伝説が居てくれるからこそ、組織にも箔が付くと言うもの。私はあなたの絶対的な味方よ」
オレルは右手を上げて彼女の細いアゴを親指と人差し指で掴むように触り、クイと持ち上げる。
のらりくらりと会話を楽しむ彼女を、無理矢理自分と視線が交差するように仕向けたのだ。
「首都バルトサーリには二つの麻薬組織が存在している。組織の名前はエトネッヴとチャルナコシカ。そのチャルナコシカのリーダーの名前は、イグナート・コズロフだ。この名前に聞き覚えがあるかい?」
「イグナート・コズロフ……どうでしょう?メンバーの数が多くて、さすがにピンと来ないわ」
「十中八九イグナートは転生者だと見ている。この世界の麻薬事情では低品質アヘンが主流だった。しかしイグナートが麻薬組織を立ち上げてから、いきなり高純度ヘロインが市場に出回り始めている。ヤツが異世界の技術を持ち込んだと思うのだがね」
「あら、たとえそうだとしても、ギルドのルールには沿っているわ。【既存文明を凌駕する未知の文明を持ち込んではならない】。アヘンがヘロインに変わるのは、それほど長い年月が必要じゃないはずよ」
「未知の文明を持ち込んだのか否かは問題としていない。俺が聞きたいのは、イグナート・コズロフの固有能力だ。前世の知恵だけあって特異能力が無い男ならそれで良い」
マリールイスの表情が一段と妖しくなる。
麻薬組織のリーダーについて情報を求めているオレルが、その情報を得た結果どう言う行動を取るのか、そしてそれをどのような表情で自分に伝えて来るのかが、楽しみで楽しみでしょうがないと言った顔。ーーオレルの次の言葉をワクワクしながら待っているのだ
「その麻薬組織のリーダーの素性を知ってどうするの?正義の名の元に殺っちゃうわけ?」
「ふっ、また陳腐な単語を持ち出してきたものだ。俺が正義に縁が無いのは、君が一番知っているだろ」
オレルは右手をゆっくりと引いて身を翻す。
彼にしてみれば言う事は言って用が済んだから、後はもう引き上げるだけなのだが、マリールイスはそれを名残惜しそうに見詰めている。
「コートのポケットを気にしておくのよ。もしかしたら、あなたが喜ぶようなメモが入っているかも」
「そう願うよ、それじゃな。マリールイス」
「延々とほったらかしにしておいて、たまに来たかと思えば仕事の話ばかり。次は私を求めて来店してくれないと泣きますよ、“中佐”」
本心なのか冗談なのか、判別のつかない言葉を背に受けながら、オレルは立ち止まりもせずに部屋から出て行った。




