第1話 いきなり下品でごめんなさい
ほぼ同タイトルの作品をサクサク読みやすいよう、軽量化しました。
参考:第1話 5400字→3800字
内容は変わりませんが、実験的なのでゆっくり進めていきます。
晴天の下で、男子高校生が女子中学生の集団へ向かって、「チンチン」と言い放った。
それでなんのお咎めもないのは、きっと、その女子中学生たちがサッカーをしているからだろう。
チンチンとは、サッカーにおいて『手も足も出ない』という意味合いで使われる言葉だ。
……だが、チンチンなんてのは、かわいいものである。
『エロいテクニックでチンチンにしてヌルヌル抜く』
こうなるともう暗号だ。
そして俺は、まだ中学生の彼女たちに、これを実行した。
「もう限界か? 俺一人を相手に三人がかりで、ボールを奪えたのは、たったの四人。相手が男、女子はフィジカルで劣っているから仕方ない――なんて言い訳は、通用しないからな」
『女子中学生』というものは、中途半端な時期の少女を指す名称だ。
調べてみると女性の成長ホルモンが最も多く生み出されて身体成長率がピークを迎えるのは、十一歳の頃らしい。
男子たちがバカみたいに男子小学生として過ごしていた頃。彼女たちは既に体が成熟へ向けて急成長していたのだ。
他方、男子の成長ホルモンは十二~十五歳の頃に最も多く生産される。
中学生から高校一年生辺りまでの期間だ。
ぐんぐん背が伸びて筋肉も付き、著しく体力が向上する。
小学校の鉄棒がやたらと小さく見えたり、グラウンドを狭く感じたり、母親の身長を追い越したり、とにかく世界が変わる。
この時期にスポーツにおける男女の性別差が生まれ、実力と結果に表れるわけだ。
彼女たちは小学生まで、男子と一緒でも見劣りしないプレーができていたのに――。
そう思うと成長や男女差というものは、残酷で理不尽極まりないように感じる。
しかし、
「――女子選手でも、いや、女子選手だからこそ基礎体力は必要なんだ。フィールドのサイズもボールの重さも大きさも、男子と変わらないんだからな」
俺は十二人の女子中学生へ向かって、厳しい調子で言った。
彼女たちは俺の親父が監督を務める地域少年クラブチーム『FCレポロ』に所属する女子選手だ。
ここはのんびりした田舎で、一つの中学校が抱える生徒数も少なく、女子サッカー部がない。
そこで要請を受けた監督が、今年度からFCレポロで女子チームをスタートさせることとなった。
正式名称は、『FCレポロ U15ガールズ』。
ただ、この要請はずっと以前から続いていて、女子がプレーする場を求める選手や保護者が監督を説得する姿は、何度も見てきた。
挑戦的な性格である監督――親父――にしては珍しく、二の足を踏んだ印象だ。
更には、ようやく設立したものの、どうしてもコーチの頭数が足りず……。
FCレポロの出身者かつ監督の息子でもある俺に、白羽の矢が立ってしまった。
暇そうに見えたのだろう。
人生をサッカーに全振り。更に中学の三年間はサッカー留学までして海外生活。
しかし留学先には、世界中から将来を嘱望された選手が集められていた。
日本の片田舎とは全く異なるハードな環境だ。
その中で勝ち残るため無理を重ねた結果、膝の靱帯を損傷。
満足にプレーできなくなり、同時に張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
靱帯は損傷だけで、ちゃんと繋がっているし回復もする。でもメンタルが、切れてしまった。
『オーバートレーニング症候群』と診断され、心身の治療に必要な最長一年を、帰国して過ごすことになる。
――が、それが中学三年の二月の出来事。
正直、人生で初めての大きな挫折だ。
一年後に復帰できるのか、いや、そもそも復帰したいのか?
今まで何の疑問も抱かずにサッカーをプレーをしていた俺はようやく、根本的な問題に悩むこととなった。
そんな精神状態では普通高校に通う気も起こらず、私立高校にある通信制過程を選択。
勉学に励み、良い大学を目指す。
部活動に青春を捧げる。
どちらも、今の自分にはどうも馴染まない。
通信制課程の出席日数はかなり自由が利き、毎日の登下校負担は無いようなもの。
この環境は治療にも向いているそうだ。
ある程度の勉強をしながらリハビリをしても、まだ時間は余る。
加えて、帰国して暫くは自室からも出ないほど引きこもっていた。
ようやく出るようになると、今度は真夜中の海外サッカー中継ばかりを見る。
昼夜逆転で健康にさえ悪い。何しに日本へ帰ってきたんだっけ?
結局のところ、医者から休養を言い渡されて怪我も抱えてる身では、やることが少ない。
今後の進路を悩みつつも、手は空いている。
焦って無理をして怪我と症状を悪化させることには、主治医と留学先のチームから念を押して注意された。
痛みを隠し、パフォーマンスの落ち込みを誤魔化しながら練習をした結果こうなったわけだから、俺はもう前科一犯の扱いだ。
しかし、この状況で彼女たちのコーチを引き受けているということは、俺は『完全にサッカーから離れる』という選択ができていないのだろう。
悲しいかな、朝から翌朝までサッカー漬けで生きてきてしまったせいで、いつの間にか頭の中がサッカー汁の古漬けみたいになってしまっていた。
十五年ものである。
……うまく発酵してなけりゃ、絶対腐ってる。
「体力トレーニングって、持久走とか筋トレよね? チーム練習の時間は貴重なのよ。ボールを使って練習したほうが良いと思うのだけれど」
反論をしてきた彼女は二年生の『瀬崎結衣』。
標準的な身長に細目の体格ながら技術と判断力に優れ、多彩なポジションをこなす二年生。
チームの中心選手だ。
「もちろんボールを使った練習はする。あと俺も、体力トレーニングは嫌いだった。――しかしボールを蹴っていれば勝てるようになるわけじゃない。かの宮本武蔵も言っていただろう。
『千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす』
――と。筋肉を悲鳴を上げるまで追い込んで、忍耐強くそれを続けるんだ。そうすれば、やればやるだけ差がつく。そして自信に変える」
……なんだか筋トレマンのような言い草になってしまった。
見ろよ。十二人の女子中学生が一斉にドン引いてるぞ。こいつらチンチンには引かないのに。
だが表情を眺めると、どうやらまだ、言葉が足りないようである。
俺は女子中学生にドン引きされたことで精神にダメージを受けつつも、悟られないように振舞って更に続けた。
「柔軟性を失わない範囲での筋力は怪我の予防にもなる。もう小学生じゃないんだ。競技として試合に勝ちたいのなら、基礎体力の向上は避けて通れない」
今度は説得力があったのか、彼女たちは少しだけ目の色を変えた。
念のため、もう一押ししておこう。
「――そのためにも皆には、自分をランナーズハイの精神に追い込んでほしい。言わばキンニクーズハイだ。……だめだなこの名前。マッスルズハイ。こっちのほうが響きが良いか」
ほら引け。今のうちに引いておけ。
筋トレをしないと落ち着かなくて、手が震えるようにしてやるから。
どんな極限状態だよそれ。
まあ無茶を言っているのはわかる。
女の子って筋トレ嫌いだろうしね。
それに中学生が身に付けられる筋力というのは少ないから、効率が良いとも言えない。
あくまで基礎的な体力を付けることが目的だ。急激な成果なんてものも現れないだろう。
それでも『頑張った』という気持ちが必ず自信に変わる。
しかし、サッカーというものは楽しいと同時に、危険なスポーツでもあるわけで。
足の爪が割れる。
筋肉や腱、時には骨を損傷する。
相手の固い頭が顔面にぶつかり、試合中に流血する。
こういった『割と起こるトラブル』を理解した上で、それでもボールを蹴るのだから、彼女たちはもうサッカーズハイになっていると言えるだろう。
じゃなきゃ多分、頭がおかしい。
普通の人は、こんなことに夢中にならない。
そんな彼女たちだからこそ、ボールを使わない練習には、意味を理解して取り組んでもらう必要がある。
そのために、ショック療法が必要だったんだ。
だから俺は、無理を押してプレーをし、『差』を見せ付けた。
彼女たちに俺からボールを奪えるか試させたんだ。
結果、三分の二が、一度もボールに触れられなかった。
それなりに鍛えた高校一年生の男子と女子中学生とでは、身体能力で大人と子供に近いほどの差がある。
まだ全力では走れない。
サッカーを続ける覚悟すらも、不安定に揺らいでいる。
それでも経験が違う。年下の女の子に負ける気は、更々なかった。
そして俺は、卓越したテクニックで少女たちをチンチンに追い詰めた。
実力差で威厳を保ち、説得力を得る。コーチとしての経験も実績もない俺にできるのは、これぐらいだろう。
「とはいえボディビルダーになれと言っているわけでもないし、ずっと走れなんて言うつもりもない。サッカーは、マラソンじゃないんだ」
彼女たちは少し安堵したのか、表情を和らげた。
ボディービルならジムに通えばいいし、純粋に走ることだけが好きなら陸上をやっているという話で。
「フルマラソンは42キロ。サッカーはプロでも10キロ程度。たったそれだけ走れればいい」
マラソンは全力ダッシュしないし、飛ばないし、ましてボールなんて絶対に蹴らないけどね。サングラスは投げるけど。
何はともあれ彼女たちはこれから、女子チームとして戦略的な戦い方と強さを身に付けなければならない。
――――男子選手からバカにされたチームメイトのために、『男子チームとの試合で勝ちたい』と言ったのだから。
多少しごかれるぐらいは納得してもらおう。
「限られた練習時間をマラソンに費やすなんて馬鹿げている。これからは短時間で筋肉を追い込むぞ!」
また引かれた。
一々反応が大きいところは可愛くもあり、面倒くさくもある。
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