ロシア防衛戦 航空戦の主役達 前半
ほとんど機体紹介みたいな
正和十八年九月
ソビエトがバイカル湖を越えた。ロシアはウラン・ウデを放棄しチタに後退した。
激烈な航空戦が展開されているという。
ソビエトの主力戦闘機は、Yak-1、Lagg-3、Mig-3、P-39、P-40であり、いずれも液冷機であった。
それらが護衛する中でPe-2とB-25が爆撃に来るのが定例だった。
それを迎撃するのが、ロシア、日本共に主力がキ-44 鍾馗とキ-45改 屠龍だった。
双方共にいろいろ問題の有る機体のオンパレードだった。
ソビエト製の機体は、そのソビエト共産党独特の硬直した生産指導からまともな機体が少なく(計画数量優先による製品許容範囲の拡大。要するに多少の不良品には目をつぶる)全金属製であるが、外板の継ぎ目に段差が有ったり、リベットの打ち方が良くなかったりした。ボルトの締め付けも規定トルクで締めていない。斜めナットで締めている等は当然のようにあった。
ただ、Pe-2だけはまともな機体が多く、その高速性も相まって厄介な機体ではあった。
まれにあるよく出来た機体はカタログスペックを発揮した。
当然それにパイロットは乗ろうとする。政治士官もさすがにそれを見て、不良率を下げるように出来るだけ自分の責任にならないように、報告するのだった。
アメリカ製の機体の中でP-39はいわゆる輸出仕様のモンキーモデルであり、本国仕様よりも性能は劣っていた。
原型のP-39は排気ターボスーパーチャージャーを装備し、素晴らしい性能を誇った。しかしターボスーパーチャージャーの国外技術流出を恐れたアメリカ政府によって、輸出仕様は普通の1段1速機械式スーパーチャージャーであった。
これにより性能は見るも無惨な物になった。元々ターボスーパーチャージャー有りきの性能だった訳で、ソレが無くなればどうなるかはソビエトで運用される機体を見れば良くわかった。
ただ機首のプロペラ軸に内蔵された三十七ミリ機関砲は地上目標の撃破には都合が良く、緩降下で主翼のブローニングM2四丁を撃ちまくりながら37ミリで目標を攻撃するという厄介なやり方をされた。
運動性は悪く、戦闘機に捕捉されれば空戦はせずに逃げるよう指導されていた。
運動性が悪くとも、アメリカ製の機体に共通する頑丈さと優秀な防弾により、パイロットの人的損害は思ったより少なかった。これは前輪式降着装置により離着陸時の前方視界が良く滑走路上での事故が少なかったせいもある。またパイロットの乗降が左ドアという珍しいやり方で、地上での脱出は容易だったらしい。
P-40は本国仕様の主翼にM2を六丁の重武装では無く、機首に二丁のM2を装備した機体だった。主翼の武装は七,七ミリ二丁だった。
この機体は大規模な改修を行って、運動性が向上した機体をベースにした物だった。
主翼からM2六丁の重量物が無くなったことで運動性や速度性能は良く、高度3000以下では陸軍の一式戦相手でも互角の戦いが繰り広げられた。
当時一番生存性が高かった機体である。ただ、その弱武装故に戦果は少なかった。
しかし、その生き残り率からバイカル戦線以降、一番人気の高い機体である。
P-39、P-40共に同じアリソンエンジンであり、1段1速の機械式スーパーチャージャーの高空性能は悪く、曲がりなりにも1段2速式のスーパーチャージャーを持つ日本機に対して高度4000以上では対抗出来なかった。
B-25は、アメリカ式の普通の機体であったが故に使いやすく防御力も優れていて、Pe-2の速度は無くとも生還率は高かった。
対抗する日本とロシアの機体だが、単発機の主力は鍾馗一型であり、一型から強化した二型はまだ配備前だった。
飛行性能は素晴らしかったが、武装がホ-103一三ミリ機銃四丁という弱武装で戦闘機相手には良かったものの、B-25の迎撃は難しかった。撃ちまくっても逃げていくという奴である。炸裂弾の威力は有るが、三発に一発の割合でありM2よりも威力が劣るホ-103では炸裂弾以外は威力不足だった。
航続距離も日本機としては短い1200kmで戦場に滞空するのは難しかった。燃料増槽装備でも1600kmだった。
航続距離のことを言えばソビエト戦闘機など行って帰るだけみたいなものだったが。
性能的には戦場で一番であり、他を圧倒していた。
キ44 鍾馗一型
発動機は、中島渾身の完全新開発《魁》を搭載。
最高速度630km/h
5000メートルまで四分二十秒
全幅11m
全長10m
自重2.9t
全備重量3.7t
武装
ホ103機首二丁、主翼二丁
航続距離 1200km
発動機 中島・魁
離昇出力 1900馬力
一速公称出力 1820馬力
二速公称出力 1700馬力
鍾馗以前の主力機であった一式戦は細かい改良をされながらもまだ生産は続いていた。
この当時の機体は二型で二〇ミリ機関砲の装弾数が六〇発から百二十五発になった物だった。
航続距離が長く戦場に長くとどまることが出来た。
一式戦闘機二型甲・零戦四十三型甲
最高速度 三百三十ノット/六百十km/高度五八〇〇m 公試状態
航続距離 巡航一千三百海里/二千四百km 三〇〇L大型増槽一個装備
増槽無し 巡航九百五十海里/一千七百五十km
上昇力 高度五〇〇〇まで五分三十秒
急降下制限速度 四百ノット/七百四十km
全幅 11m
全長 9.3m
自重 2,580kg
全備重量 3、980kg
武装
九十九式一号三型20mm機銃二丁 装弾数百二十五発
ホ一〇三 13mm機銃二丁 装弾数二百発
発動機
金星六十四型
離床出力一千四百馬力
一速公称出力一千三百五十馬力/高度三〇〇〇m
二速公称出力一千二百二十馬力/高度五八〇〇m
甲は推力式単排気管の操縦席内への排気の流れ込みを無くしたほか、九十九式一号三型20mm機銃を搭載。従来はドラム給弾だったが、ベルト給弾になり装弾数百二十五発に増加した。
前面防弾ガラスの厚みを増し、操縦席後方の防弾鋼板の板厚を上げた。胴体側面の板厚を増し入射角が浅ければ貫通しない程度にした。
零戦四十三型に対し180kg重くなり、最高速度五ノット低下、五千メートルまでの上昇時間が二十秒増えた。
ソビエト側の機体に対してはその機動性で優位に立ったが、P-40とは互角であった。機動性で優位に立てたのはソビエト側の機体が、不良品が多かったことと、生産効率優先の設計で空中機動にさほど配慮されていなかったためだった。
キ-45改 屠龍は対爆撃機と対地攻撃の主役だった。
機首と機体下面に装備されたホ-103二丁と二〇ミリ機銃四丁の威力は絶大で、一連射でPe-2やB-25を撃破出来た。
対地攻撃にも威力を発揮し、一三ミリを打ちまくりながら接近、肝心な所で二〇ミリの連射や爆弾の投下を行った。ソビエトからしたらP-39並みの嫌な奴である。
問題はその強武装の要で有る、九九式一号一型二〇ミリ機銃の機体取り付け方法による整備性の悪さだった。機首下面の物は問題なかった。問題は胴体下面の三基だった。機体上面からは整備出来なかった。いや整備出来たのであるが、隙間が少なくて困難だった。三基の機銃は胴体下面にブロックで取り付けられており、ブロックごと外して整備する方が楽だった。弾倉の交換も同じである。問題はそのたびに軸線がずれることだった。わずかなズレだったが遠距離射撃だと外れる。軸線の整合のために試射をするのだが、そうすると弾が減る。悩みの種だった。また機体側のスペースの不足により、百発弾倉が装備出来なかった。
キ-45改 屠龍一型
最高速度 560km/h
上昇力 5000mまで六分三〇秒
全幅 15m
全長 11m
自重 4.4t
全備重量 6t
航続距離 1800km
発動機
金星 1300馬力2基
武装
機首 ホ103×2 九九式一号一型一丁
胴体下 九九式一号一型三丁
主翼内翼下に片側最大250kg一発または重量以内の爆弾二発懸架可能
対地攻撃には九九双軽や九九式襲撃機も用いられたが、ソビエト側の迎撃機の多さによって損害が多く、すぐに使われなくなった。
九七式重爆や一〇〇式重爆も敵航空基地に対する航空撃滅戦に使われたが、最初の出撃で部隊が壊滅。以降戦場には出ていない。
陸軍は対地攻撃機を海軍に求めた。今から開発したのでは間に合わないからだ。
候補は以下の三機種だった。
一式陸上攻撃機
火星エンジンを双発とし、高速攻撃機として開発された。
速力 二百六十ノット
爆弾搭載量 最大 八〇番二発または航空魚雷二本 二五番六発可能
航続距離 巡航一千二百海里 三五〇海里進出+戦闘二〇分+巡航三五〇海里
20mm機銃×2 7.7mm機銃×2
上面に20mm×1の動力銃塔 尾部20mmは人力操作 7.7mm×2は機首
乗員五名 操縦二 偵察・爆撃一 航法一 通信一
高翼面荷重機であり、様々な高揚力装置で離着陸が安全になるようにしている。導入当初は九十六陸攻から乗り換えた搭乗員がその離着陸速度の速さに慣れないため、事故が多発した。
エンジンの馬力不足で、実際にフル装備だと離陸もままならない。火星エンジン18気筒版の制式化が待たれたが、十八年三月に十八気筒版の制式化がなされ、空力特性の改善も併せてなされた三十三型が試験中である。
三十三型が制式化されれば、水平全速三〇〇ノット超の高速爆撃機になり期待されている。
一式陸上爆撃機
金星エンジン双発で、敵艦に肉薄、小型爆弾多数を浴びせ対空砲火を制圧する目的で開発された。高度一千メートル以下での飛行性能が重視された。
速力二百七十ノット
爆弾搭載量 八〇番一発、六番十二発、三番二十発 航空魚雷1本 のいずれか
航続距離 三百海里進出+戦闘二〇分+巡航三百海里
7.7mm機銃4機首 7.7mm機銃1
乗員二名 操縦1 航法・通信兼任1
緩降下三百ノットで爆撃をするのであるが、速度が速く投下タイミングが難しかった。
元は海軍もやはり開発した双発遠距離戦闘機、十二試遠戦。何故こうなったのかは海軍担当者と中島の秘密である。
二式艦上爆撃機 彗星一一型
高速性を追求するため液冷エンジンを搭載した。
ロールスロイス・マーリンエンジンである。
速力 三三〇ノット
爆弾五〇番一発 主翼六番四発
航続距離 三百海里進出+戦闘二十分+巡航三百海里
一三ミリ機銃二丁主翼装備 後方7.7ミリ一丁
乗員二名
ロールスロイス・マーリンエンジンはさすがで、本機の高速性に寄与した。
機体が小さく翼幅も狭いため、主翼全体が燃料タンク状態である。全開運転時のマーリンの燃費は想像以上に悪かった。
欧州での戦争勃発により、イギリス国内需要が優先され日本に入ってこなくなった。現在ヨーロッパはファニーウォー状態で、少量ながら日本に輸出してくれる様になった。
入手が不安定な海外航空機エンジンよりも国産エンジンを搭載出来ないか確認中である。搭載するとしたら金星または中島が試作中の試製「誉」になると思われる。
こうなったらいいな的な?
次回 航空戦の主役達後半ですが、投稿日時は未定です




