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九人目

「さーて、このままの勢いでちゃっちゃと仕事を終わらせようか」

「ですから、猫の写真を眺めながら言われても、まったく説得力がないんですけど」

 私がスマホに視線を向けたままで発した呟きに、助手が机に何かを置いた。

「……これ……緑茶?」

「ええ、先ほどは飲み損なっておりましたので、もう一度淹れておきました」

 なるほど、それはそれでありがたいが……

「困ったことに、あの猿親父を思い出して軽くイラッとしたわ」

 その内、隙をみてあの猿親父はぶん殴ってやる。

「まぁ、今はそれは置いておくとして……よし、写真の整理が終わったし、今日の酒の肴は決まったわ」

「それは仕事中にすることではない気がするのですが……」

「そういうことはわざわざ気にしない方が、人生気楽でいい感じになるわよ。それよりも……九番札の部屋の人、入ってきて」

 ……呼んだんだけど、誰も入ってこない。

「……おーい、九番札の部屋の人ー、どーしたー?」

 ……まだ入ってこな……あ、ドアが開いた。そして凄いゆっくりした動きで男性が入ってきた。そしてゆっくりした動きで円の中に入り、その場でしゃがみこんだ。

「……なんというか、もう少しキビキビと動けないかな?」

「いや……ちょっとダルいんで……」

 ダルいて……

「死んで魂だけの存在になったんだから、貧血とか低血圧とかいう物理的な身体現象は発生しないはずなんだけど……」

 私はそう呟きながらスマホに情報を表示して、

「……おま……なにそれ精神的なやつ? 精神的にダルいって思い込んだ結果、本当にダルくなってるってやつなの?」

 出てきた情報を見て、そう思ったことを口に出してしまっていた。なんというか、信じられないような情報が出てきたからつい……

「まぁ、いいか。さて、早速本題に入るけど……どのような世界に転生したいですか?」

「あー……何もしないでも生きていける世界がいいなー……」

 ……

「それじゃ、転生するにあたって何か欲しい能力はありますか?」

「……何もしなくても生きていける能力がいいなー……」

 ……ダメだこいつ、何とかしないと。

「あのね、何もしなくても生きていけるような人間なんか、普通いないわよ。それに、それで人間として生きていける能力って、相当ランクが高いからまともな世界に転生できなさそうだし」

 スマホで調べてみた結果がそれなので、彼の望みの能力を与えると地獄の一丁目ど真ん中のような世界になる可能性が高い。

「あー、じゃあ、人間じゃなくてもいいや」

「だったら、輪廻に入って生まれ変わる方がいいんじゃないかな? うまくすればダルいとかいう感情から離別できる可能性があるし」

「僕が僕じゃなくなるのは嫌なんだよね。説明を聞く感じじゃ、記憶がなくなって僕じゃなくなるみたいだし」

 我侭だなこいつは。

「なるほどねー……そのやる気のなさが行きつくところまでいった結果として衰弱死したっていう、本気で何もしたくないっていう感情に自身が振り回されてるって状況なのに、それでも自分が自分でなくなるのが嫌なんだ……なんで生物やってんのよ、こんなのが」

 あ、もう生物じゃないっけ、死んでるんだし。

「とはいえ、困ったわね。こんなのが気に入る世界があるのかどうかってのもあるけど、こんなのを受け入れてくれる世界なんてあるのかな?」

 そもそも異世界への転生は無駄にやる気のある人を別の世界に送って、そのやる気を利用して世界を調整させるのが本来の役割だから、こういうやる気のない人を送っても仕方ないし、送った先の神からクレームを入れられるということも最悪ありうる。

「なんというか……選択の幅が広いはずなのに、もの凄い選択肢の数が少なくて困るわ」

 いわゆる「なんでもいい」って言われることで苦労する人たちの苦労が今なら分かる。

「やる気のないのでも受け入れてくれる世界ねぇ……お?」

 ふと、ある世界の情報が出てきてなんとなく気になった。

「ここならいいかもしれない。確かに人間じゃなくなるけど、何もしなくても問題ない世界があったわ。というわけで、何かしなくてもただ生きてるだけでいい世界と存在があるけど、それでどう?」

 まぁ、何もしなくてもいいってことと人間をやめることになるということ自体は間違いじゃないから、この程度の説明でも問題はないか。

「別にいいよ、それで」

 こいつ、もう返事をするのもダルいって感じでいるな。まぁ、それならそれでこっちは楽で助かるけど。

「それじゃ、そういう方向で始めるわね」

 私はスマホに必要な呪文を表示させると、そこそこぬるくなった緑茶を一気に飲み干した。そして表示された呪文を唱え始める。

 そして転生する本人はというと、私が呪文を唱えている姿にも特にこれといった反応をすることもなく……というか、視線が明らかに床に向いてる。まぁ、それならそれでいいんだけど……なんか私が余計な気を使ってるような気がしてきてなんとも言えない。呪文唱えてるから余計なことは言えないんだけどね。

 そんな感じのまま私の呪文は続いて行き、それに合わせて彼を囲んでいる円が徐々に発光し始め、その光が強くなっていってより強く閃いたかと思うと、そこから彼の姿は消えていた。

「なんとか終わったわね。いやー、あれを受け入れてくれそうな世界があって助かったわ」

「いったいどういう世界に何に転生させたのかが、私には一切推測できないのですが……」

 そりゃまぁ、詳細には意図的に触れてはなかったからね。

「そうねぇ……まず、世界樹って知ってる?」

「そういう単語は聞いたことはありますが、詳しくは知りませんね」

 そういうレベルか。まぁ、意外と知らない人は知らない言葉だから仕方ないのかもしれない。

「世界樹っていうのは、世界が形成された時に必ずどこかのタイミングで生える樹木のことよ。樹齢という概念から切り離されていて、放っとけば永遠に存在し続けるという、わりかしとんでもない植物……いや、ここまでくると植物というか神物に近いかも。で、その樹木が消えずに存在し続けていられるかで、その世界の文明がほぼ決定されるといっても過言ではないわね。世界樹が存在し続ける世界には魔法文明が、逆に世界樹が消失した世界には科学文明が発達していくという感じなの」

「なるほど、つまり地球には世界樹は無いからこうなっていると。それで、その話が先ほどの転生とどういう関係が?」

「まだ誕生してあまり時間が経ってない……といっても、誕生してもう数億年は経過してるけど……そういう世界に転生させたのよ。当人は人間じゃなくていいって言うから、それならその世界に必要な存在に……つまりはその世界に生えるはずの世界樹の種子になってもらったってわけ。もう数億年位したら自然に世界樹は誕生するけど、世界の発達を推し進めるためのショートカットとして利用させてもらったのよ。植物なら呼吸と光合成以外は特に何もしなくても良さそうだったし」

 こういう転生パターン、たぶんもう私がこれをやってる間に起こることはない気がする。でも、参考程度には知識として憶えておきたいかも。

「なるほど……植物なら確かに何もしなくても生きてはいけそうですね。ところで、その話からすると地球にも世界樹とやらがあったと思われるのですが……」

 お、やっぱりそこは気になるのか。

「私はわりと最近発生した神だから、世界樹の話は他の神から聞いた程度のものだけど。地球にも確かに世界樹はあったわよ、いわゆる恐竜の時代にね。で、そこから恐竜が絶滅する氷河期に突入するわけだけど、その原因が地球に小惑星が突っ込んできたからなのよね。問題は小惑星がよりにもよって世界樹の生えていた場所にダイレクトにぶつかったらしくて、それが原因で地球の世界樹は消失したってわけ。実は恐竜なんてものに進化していった要因が世界樹に影響されたからであって、それが魔法文明に至る為の一端だったって言ったら、信じる?」

「見たことのない過去ともう存在しない物に対して、信じるも信じないもないかと思います」

「そう言うと思ったわ。さて、転生していった彼は世界樹として、何もしなくてもいい代わりに身動きすらできない存在としてほぼ永劫の時間を過ごすことになるわけだけど、果たしてそれが幸せなのか不幸なのか……まぁ、もう転生させた後なんだから私にとってはどうでもいいんだけどね」


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