八人目
「……あの、ひとつだけ言いたいことがあるのですが……」
私がスマホを眺めているところに、助手がカップをひとつ机に置きながらそう言ってきた。
「猫の写真を眺めるのは、仕事が終わってからにしてもらえませんか?」
「いいじゃない、仕事中でも目の保養は必要なのよ。特にさっきのはいろいろとアレだったし」
私はそう答えながら、置かれたカップに口をつける。
「……ホットミルクか……」
「そういうシンプルな飲み物を合間に混ぜるのも良いかと思いまして」
まぁ、確かにシンプルだから当人の好き嫌いがない限りは美味しいわよね。
「仕方ない、それじゃ仕事に戻りますか。八番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう次の人を呼ぶと、入ってきたのは女性だった。
「……なるほど、肺炎か……さて、まずはどのような世界に転生したいか、要望はある?」
「わ……」
私の質問に彼女は何かを言おうとして一瞬だけ躊躇い、
「私がモテモテになる、そんな世界に!」
……さすが要求数第二位を誇る理由、今日こういう世界を希望するのはこれで二人目だ。それにしても、なぜに一瞬だけ躊躇って間が空いたのか。
「モテモテになるって言っても、どうモテモテになりたいのか、もうちょっと具体的にお願いできないかな?」
「そりゃ、イケメン達にチヤホヤされたいのよ!」
可愛そうに……生前、まったくといっていいほどモテなかった人は、こういう願望で転生したがるのよね。
「じゃあ、モテるようになるという能力を与えるから、適当な世界に落とすので適当に頑張って」
「なにそのあからさまに責任を放棄したやる気のない対応は!」
「だってさー、モテるかどうかなんて本人の努力次第でどうにでもなる現象なんだよ。それを私がどうにかするって、どうにもお門違いなんじゃないかってずっと思ってたのよね」
私はとりあえず本心をそのまま口にした。なんかこういうモテたい人ってのは、いつも願望のレベルが高い要求が多くて、面倒なことばかり起こるのよ。
「とはいえ、そんなことを言ってたら話は進まないからね。少しどういう世界に転生させるか詰めていきましょうか」
私はそう言いながらスマホを操作し、
「イケメンというカテゴリーに入るなら、なんでもいいわよね?」
「それ明らかに人外を含んで選ぼうとしてるわよね?」
ちっ、気付いたか。
「だってさ、モテモテになる世界を検索するとね、真っ先に出てくるのが犬や猫にモテる世界なのよ。だったらそれで手っ取り早く終わらせたくなるのが人の性なの」
「神なんですけどね」
後ろからいきなり助手によるツッコミが入った。
「細かいことは気にしないの。どうせ姿形は同じなんだから、似たようなものでしょ」
私は助手にそう言い返しながら、スマホでいろいろと情報を走査していた。
「お、ここなんかいいかも。男性が全人口の九割っていう世界。ここならモテモテ間違いないわ」
「その世界、確か逆のパターンが前にもありましたね。ひょっとして、そういう類の世界なんじゃないですか?」
「大丈夫、インキュバス的なものはいない世界だから。ただ……」
そう言った後に、私はちょっと言葉を濁らせた。
「その反応で、たぶんロクなものじゃないって分かりました」
転生を希望してる女性の方が何か感付いたらしい。
「いやいや、そこまで酷くはないからね。まぁ、男達が少ない女性を賭けて戦いを繰り広げてるから、イケメンはいるけどガチムチ系が大半を占めるっていうところくらいかな」
「いや、私がモテたいのはそういうマッスルなのじゃなくジャ○ーズ系な男の子なんだけど」
そうだとは思ってた。もっとも、そういう意見をひとつでも多く出させるために、この段階ではあえてイロモノを勧めることはよくあるんだけど。
「仕方ない、面倒だけどその方向で調べていくか」
とはいえ、こういうモテたいとかいう希望が一番調べるのが大変なんだよね。
「……やっぱりさ、モテモテになる魅了系の能力を与えるから、普通の世界で納得してくれないかな?」
「イケメン以外がいる世界はちょっと……」
「いやちょっと待って、イケメン以外がいないと生態系成り立たないから。女一人もいない世界なんて普通はないから」
たまにいる、こういう生態系とか考えてないような世界を望む人が。
「妥協点としては、イケメンが密集している場所に関係者として転生することです」
「わりと具体的な妥協点ね」
漫画かアニメだかの影響か、唐突にこういう具体例を言う人は結構いる。とはいえ、曖昧な要望しか出さないよりはマシである。
「なるほどねぇ……現実は小説よりもなんとか、とはよく言ったものだわ。こういう世界があるんだ……」
私はスマホに出てくる情報を見ながら、そんなことを呟いていた。
「さて、ここから本題に入るけど……イケメンが密集してる、という感じのシチュエーションだとひとつだけ該当したところがあるのよ。そこ、どうかな?」
「まず具体的な説明がない時点で、ロクでもない世界な気がします」
彼女、わりと勘が鋭いわね。
「世界そのものは普通よ。ただ、転生させる先は王子様とか貴族とかがひしめくような場所だけど」
「つまり、イケメンだけでなく玉の輿と?」
「……まぁ、その通りと言うべきか、間違ってないと言うべきか。確かに玉の輿に乗れる可能性大だし……」
ちょっと返す言葉に迷った。こういう詳細を提示してないところで間違ってない返しをされると、本当に返答に困るのよね。
「……他の世界を希望しても、もうこれ以上まともな世界が出てきそうにないので、そこでいいです」
すっごい後ろ向きな理由でオッケーもらった気がする。とはいえ、話がスムーズに進むのは悪くはない。
「それじゃ、ここで決定していいわね」
私はそう確認すると、カップのホットミルクを一気に飲み干す。そしてスマホに表示された呪文を唱え始めた。
「なんというか、厨二病感満載ですね」
よく言われる。自分でもそんな気はしてたから、もう今更な気分でしかないわ。
そしてそのまま私は呪文を唱え続けていくと徐々に彼女を囲む円が発光していき、それが一際強く瞬いたかと思ったら彼女の姿はそこから消えていた。
「よし、これで完了」
「そう言ってすぐに猫の写真を見始めるの、どうなんですかね」
私がスマホで写真を出した瞬間に、助手がそう言ってきた。
「それで、どのような場所に転生させたのですか?」
「ああ、やっぱり聞くんだ」
そのまま続いた彼の疑問を聞いて、私はため息混じりにそう呟いた。
「王子様とか貴族とかひしめく場所ってのは、要は王位継承争い真っ只中な場所よ。おそらく与えた能力と相まって、まさにモテモテで血みどろな第二の人生を送れるでしょうね」
そんな中でモテモテになることが幸せかどうかなんて、私の知ったことではない。
「前から何度か思ったことがあるのですが、転生させる作業に関わる時は性格悪くないですか?」
「失礼ね、単にストレス溜まるから発散させてるだけよ」
「それはそれでどうかと」
私の答えを聞いて、彼は呆れたような表情でそう呟いていた。
「そもそもの話だけど、異世界への転生を望むようなのがまともな人間のわけないでしょ。そんなんだから、まるで当たり前のようにありえないレベルの要望や分不相応なレベルの要求を提示してくるの。そんなのを毎日のようにそこそこの人数を相手にしてるんだから、こっちはシャレにならないくらいストレスを抱えるのよ」
「それ、半分は八つ当たりですよね?」
「それでいいんじゃない? どうせ異世界に転生させた人なんて異世界から再度こっちの世界に転生することは絶対的にありえないんだし。そういう理由で二度と私の前に現れることはないんだから、たとえそれが当人の希望に沿わなかったとしても、転生させてしまえば私は当人からは文句なんて言われることはない。ある意味、死人に口なしの延長線上にある現象のようなものよ」