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六人目?

 あれから少しの間、なんとなく疲れを感じていた私は目を閉じて椅子の背もたれに体重を預けた状態が続いていた。そこに、小さな音をたてて何かが机に置かれた。

「少々疲労されているようですので、このような飲み物でもいかがですか?」

 そう言って助手が机の上に置いたのは、黄色みがかった炭酸飲料と思われる飲み物だった。

「……なにこれ?」

「いわゆるエナジードリンクというものらしいです」

 ああ、そういや人間社会にはいざという時にはそれを飲んで無茶をするとかいうわけの分からない飲み物があるって言われてたっけ。

「……でもまぁ、気休めにはなるかもしれないわね。もっとも、これは人間には多少の効果はあるかもしれないけど、神には栄養面でのエナジーとか効果あるのかどうか……」

 そもそも転生させるエネルギーを確保するだけならただの水でも問題ないのだから、こういう凝った代物をわざわざ飲む必要は本来はない。ただ、水だけだといろいろと寂しい気分になるので、わざわざ助手を募ってまでしていろいろな飲み物を準備してもらっているのである。そして一口飲んでみたものの、この味はなんとなく好きじゃない。

「それじゃ、気分を変えるためにも次にいきますか。六番札の人、入ってきて」

 私がそう声をかけ、部屋に入ってきたのは、

「にゃーん」

 ……おそらく雑種だと思われる茶色い猫だった。

「おー、よしよし」

 それを見た瞬間、私は円の中に入った猫の前まで秒で駆け抜けていき、猫の喉のあたりを撫でながらスマホのカメラ機能をフル稼働させて写真を撮りまくっていた。

「まったく動きが見えなかった……いつの間にどうやってそこまで移動を?」

 助手のそんな呟きが聞こえてきた。私に限らず神が本気でハイスピードに動いたなら、その動きを把握するのは神列に加わっているとはいえ元人間にはほぼ不可能である。

「というか……堂々と公私混同するのもどうかとは思いますが……」

「何言ってるのよ、猫というのはその可愛さを駆使することであらゆる意味で神をも殺す最強の存在なのよ! それに抗うことはたとえ神でも不可能! だから今の私のこの行動は全て不可抗力なの!」

「猫が可愛い以外、理解の範疇を容赦なく超えたことを言ってますね……」

 そんな呆れたような声で言ってくる助手のことは一旦置いておくとして、ここに人間以外の生物がやってくるのは非常に珍しい。

「それで、なんでここに来たの?」

「にゃー」

「んー、なになに……死んじゃったから生まれ変わってまた同じ飼い主と一緒に暮らしたい? 困ったなー、私ができるのは異世界への転生だけで、この世界への黄泉返りはやってないんだよねー」

「そして猫と会話を……しかもあの一鳴きだけで、そんな情報量が……」

 猫の頭を撫でながら猫と話しているところで、また助手が何か言ってる。

「そりゃ私は神だからね、どんな動物とでもこれくらいの意思疎通はできるわよ。まぁ、鳴き声ってのはあくまでも感情表現でしかないから、相手の思考を私が意図的に読んでいるってだけなんだけどね」

 説明してはみたけど、そういえば彼が助手になってから人間以外の存在がここに来るのは初めてか。そりゃ猫と普通に話してたら普通は驚くわよね。

「にゃ」

「……そう、私にはどうしても君を生き返らせるってことはできないのよ。というか、そもそも生き返らせるっていう行為は神でもやってはいけないことなの」

「にゃあ」

「……え? 飼い主の人もこっちに来てたって言ってたって? いったい誰が……入口の所にいた人?」

 入口ってことは、その人ってのはあの受付担当のことか。たまに思うんだけど、あいつはいったい何をどこまで知っていて、どういう意図で私のところに人を通してるのかよく分からないのよね。でもあいつ、ここに来る人にしていなければいけないはずの説明をしてないっての、どうにかならないものか。

「飼い主もここに来てたってことは……まさか」

 私はそれが気になって、写真を撮っていたスマホを仕方なしに情報収集のために使うことにした。ここに来ていたということは飼い主の方も死んでいて、それを私がどうこうしていた可能性が非常に高い。

「……あー、そういうことか……」

 スマホに表示されたこの猫の情報を確認して、だいたいの事情を理解した。そして私は机に向かい、置かれているエナジードリンクを一気に……と言いたかったが、流石に炭酸を一気にいくのは無理だった。

「……ふぅ……それじゃ、早速いくわよ」

 そこそこの時間がかかったもののそれを全部飲み終えたところで、ちょうどスマホに必要な呪文が全て表示された。それを見て私は呪文を唱え始める。

「にゃん」

 ……いやいや、いくら猫が可愛い声で鳴いたからといって、ここで呪文を止めて写真を撮り始めるのは危険極まりない。

 そんな感じで煩悩的なあれこれと心の中で戦い続けながら、私は呪文を唱え続ける。その呪文に合わせるかのように猫を囲んでいる円が光り始め、その光が強くなっていくところで円の周囲に文字が浮かび上がり、一際眩しい光が閃いたかと思ったらそこから猫の姿が消えていた。

「……ああー、可愛い可愛い猫ちゃんが去っていっちゃったかー……」

「本当に残念そうに言いますね」

 机に突っ伏しながら呟いた私の言葉に、助手がそう言い返してきた。そりゃ、猫なんてこっちには滅多に来ないからね。愛でられるチャンスがあればいくらでも愛でたいものよ。

「ところで、世界も能力も勝手に決めて送ってましたけど、よろしかったのですか?」

 助手がもっともといえばもっともな質問を投げかけてきた。

「あの猫の望みは飼い主とまた一緒に過ごしたいってことだからね。なら、それ前提で考えていけば自然とどうすればいいかなんて決まってくるのよ」

「いえ、だからそれでなぜ決まるのかと……」

「あの猫の飼い主ね、さっきここに来た子よ」

 私がそう言ったところで、助手はだいたい理解したというような感じの表情をしていた。

「つまり、あの女の子を転生させたのと同じ世界に転生させれば、あの猫の望みはほぼ全て叶えられるというわけ。面白い……と言っては不謹慎だけど、あの猫はさっきの女の子と一緒に車に轢かれててね。あの女の子が息を引き取ってからすぐに、動物の勘か何かなのかあの猫もまた後を追うように息を引き取ったらしいわよ」

 猫のような動物ってもともと霊質を帯びやすい性質を持っているせいか、思いのほかそういう感覚に優れてる場合が多いのよね。人間はその部分が完全に退化していて、ほとんどの人がそういう力は失ってるけど。

「なるほど……となると、あとはあの猫が飼い主の女の子と再会できれば、めでたしめでたしということですね」

「めでたしもなにも、再会できるに決まってるでしょうが」

 助手の言葉に私はそう言い返していた。

「あの猫は飼い主ともう一度一緒に過ごしたいって願ったのよ。なら飼い主と再会させることが大前提になるから、あの猫にはそういう能力を与えて転生させたのよ。私がそれをやったのだから、たとえ嫌だったとしても絶対に再会できるようになっているに決まっているの。まぁ、再会したらもう無用な能力になってしまうから、普通の猫に戻っちゃうようなものなんだけどね。それでもそれがあの猫にとっての一番の幸せなんだと思うわよ」

 私はそう助手にした説明を終えた後、軽く一息ついた。そして、ふと思い出したことを助手に伝える。

「あと、もうエナジードリンクは勘弁して。あれ、思った以上に飲むのキツいわ」


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