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五人目

 四人目を転生させた後、私は椅子にもたれかかると軽く一息ついた。その直後に助手は持ってきたコーヒーカップを机に置く。

「……カフェオレなんて、また珍しいものを出してくるわね」

「ちょっと配合の割合を研究してまして」

 一口飲んだ後で呟いた私の言葉に、助手は笑顔でそう返してきた。だから、私を実験体にするのはどうかと思う。

「そういうのは神列から味の分かりそうなのを見つけて、そっちに頼んだ方がいいんじゃない? そもそも私はそこまで味を気にしない方だし」

 というか、仕事中は飲めれば味なんて何でもいいくらいだし。

「どうせ仕事のついでですし、あの人数の中からそういう方をいちいち探すのも面倒なので」

 まぁ、確かにあの人数から探すのは大変そうだけどね。なにしろ数千年単位で集まっていった集団のようなものだから。

「……さて、次にいきましょうか。五番札の部屋の人、入ってきて」

 私がそう言った後、部屋に入ってきたのは小さな女の子だった。

「こんな小さな子がここに来るとは……というか、五人目で三度目の交通事故とか、ハイペースにもほどがあるでしょ。もうちょっと交通安全というものを全人類が本気で考えていってもらいたいわね……」

 とはいえ、一日でここに来る内の半分近くは交通事故が死因になってるから、これはこれで仕方ないのかもしれないけど。

「まずは、どんな感じの世界に転生してみたい?」

「てんせいって何?」

 純粋な眼差しでそう聞き返してきたよ、この子……そして知らないならなぜここにいる? おいこら受付担当、この子に何の説明もしないでここに送りつけてきたのか? 後で文句言ってやる。

「転生っていうのはね、いつも暮らしてた場所とは違う所で生活を始めるってことなのよ」

 とりあえず簡単に説明してみた。おそらく詳しく説明しても、たぶんこの子は理解できない。というか、私も詳細まで理解してるわけじゃないし。

「うーん……パパとママとみーちゃんとはもう会えないくらい遠くに行っちゃうって聞いてたんだけど、そういうことなの?」

「うん、そういうことなの」

 正直言って、幼い子供を相手にするのは少し疲れるわ。子供が嫌いってわけじゃないんだけど、ここで私の目の前に現れる子供はすでに死んでいるからここにいる、という現実と共に存在するからねぇ。あと、この子に中途半端な情報しか与えてないようなので、仕事が終わったら受付担当のあいつのところに怒鳴り込んでやる。

「それで、どういう所に行ってみたい?」

「それじゃーね、ミッ○ーとかがいるみたいなところがいいのー」

 あらゆる意味でとんでもない世界を要望してきたわね。

「それはちょっと難しいわね。あれって本当に夢の中の世界みたいなものだから、私じゃどうすることもできないのよ」

 本当に比喩抜きでディ○ニーの世界は夢なのだ。人と同じ形をしている獣人系亜人種がいる世界って、どこもかしこも文化の違いや縄張り争いなどで血生臭くなっているという問題点があるわけで、さすがに幼い子供をそんな所に送るわけにはいかない。

「んー……それじゃーね、ワンちゃんとかネコちゃんとかをもふもふできるところがいいー」

 なるほど、動物をもふもふか……そういえばこの子、猫を飼ってたってスマホの情報で出てきてたっけ。つまりは動物が好きな子ということね。

「そうなると……そうねぇ、転生させる世界はともかく、能力はどんな動物とも仲良くなれる能力なんかいいかもしれないかな。それなら犬や猫だけじゃなく、好きな動物をもふもふできるわよ」

 私の話を聞いて、とりあえずその子は喜んでいる感じだ。たぶん詳しく理解してるわけじゃないんだろうけど。

「問題は、その能力を最大限生かせる世界か……」

 この子がマッハで死ぬような可能性のある世界を徹底的に避けなければいけないため、こっちとしては慎重にいかなければならない。なにしろこの能力、本当に動物をただ手懐けるだけの能力だから、下手な事に巻き込まれたら間違いなく死ぬと思う。たぶんこんな小さな子を転生させて本当にマッハで死なれたら、転生させた先の世界の神から苦情が来かねない。

「……お、ここは結構良さそう。ここなら、小さな女の子がいきなり放り出されたとしても命の危険に晒されるような状況には、そう簡単に陥ることはないでしょう」

「それは随分と平和な世界ですね、そこは」

 スマホを操作しながらの私の呟きを聞いてか、助手がそう言ってきた。彼がこういう状況で口を挟んでくるというのは単純に私の説明不足が原因ではあるが、おそらくはこの女の子がいろいろな疑問をこっちに飛ばしてくるということがなさそうなので、あえて口を挟んできたのだろう。

 しかし、問題点を直で指摘してこない辺りは性格が悪い男である。

「平和といえば平和な世界なんだけどね……いわゆるブリーダーと呼ばれる存在、要は動物を手懐けることで使役する能力に優れた人が優遇され権限を与えられるような世界なのよ。簡単に説明するなら、たくさんの動物と仲良しになれる人が偉い世界って言えば分かりやすいかな」

 細かいところを省けば、最も分かりやすく説明できる世界ではある。

「えっと……それって、ワンちゃんとかネコちゃんとかといっぱい仲良くなれるってことだよね?」

「まぁ……分かりやすく言えばそうなるかな」

 優遇とか権限とか、たぶんそういう部分は理解してなさそうね。ここにはこういう小さな子は滅多に来ないから、私にあまり経験がないからか説明するのはなんか難しいわ。

「とりあえず、これで必要なことは決まったわね……さて、そういうことだから早速始めるわよ!」

 そして私はカフェオレを一気に飲み干すと、スマホに映った呪文を口にし出した。

 普段ならまぁ……いわゆる不審者を見るような感じの色々な表情が出てくるものだが、今回の女の子は明らかに期待に満ちた目でこっちを見てる。これはこれでなんかやりにくいわ。

 そんなことを思っている内に、女の子を囲んでいる円が発光し始め、その光が徐々に強まっていく。そして円を囲むように文字が浮かびあがっていき、ひときわ眩しい光が瞬いた後には女の子の姿は消えていた。

「なんというか、いろいろな意味で疲れたわ。小さな子供を相手にこれをやるのって、こんなに難しかったっけか?」

 私はため息をつきつつ椅子の背もたれに体重を預けつつ、なんとなく感じている気だるさを吐き出すようにそう呟いていた。

「ご苦労様です」

「なんというかね、とんでもなく純粋な子だったってのもあってか、送った世界が本当に正解だったのかっていう後ろめたさがあるのよね」

「今まで聞いた事ないくらい後ろ向きな発言してますね」

 そりゃ、ここに来る人のほとんどが相応の思惑を持った普通の人か、こんな思いをする気にならないくらいかトンデモな奴ってのが多かったからね。そのせいか、ああいう純粋な子を相手にすることに対してここまで耐性が無かったのかと自分で驚いてるわ。

「そういえばブリーダーが権限を持つ世界だとは聞きましたが、具体的にどのような権限を持てるのでしょうか?」

「私もさっき調べて知った世界だから、詳しくは知らないのよ。なにしろ、そんな世界を望む人なんて滅多にいないし。それで話を本題に戻すけど、ブリーダーとして多くの動物を懐かせられるなら、それだけでその気になれば一国の王にだってなれるほどの権限を手にすることも可能な世界よ。まぁ、この世界から見たら異様な世界に見えるかもしれないけど、あの世界では頭おかしいんじゃないかっていうような動物……例えばドラゴンみたいな生物とか、そういうのがいたりするからね。だから、そういう動物を従えられる人が相応の権限を得られるのが、あの世界では普通なことらしいのよ」

 それが全て、私のスマホに表示されているその世界の情報である。

「そんな危険な生物が生息する世界に転生させたということですか」

「そうかもしれないけどね。でも、あの動物を懐かせる能力というのはその気になれば肉食獣どころか怪獣すら懐かせることができるから、私が転生させる先を森の中に設定しておけば、最初に出会うのが人間でない限り死亡率自体は低いと判断したのよ。何かしらの動物を手懐けた状態で誰かに見つかるのがベストだと思うわよ」

 そもそも私にできることは転生させるところまでで、そこから先はもうあの子自身の持つ運に賭けるしかないんだけど。

「あーあ……今日はもうこれで仕事終わりにして飲みに行きたいわ」

「まだ午前なんですし、仕事は大量に残ってますよ」

「それを満面の笑顔を浮かべて言うんじゃないわよ」


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