三人目
「こちら、緑茶になります」
二人目を転生させた後に助手が机に置いたのは、紛れもなく緑茶だった。
「紅茶の後に緑茶……また随分と唐突なものを出してきたわね」
「元は同じ茶葉なのですから、順番的にも合うかと実験を兼ねてますので」
実験って言っちゃったよ、この助手は。まぁ、緑茶は好きだから別にいいけど。
「さーて、残業を避けるためにもさっさと次に行くわよ。三番札の部屋の人、入ってきて」
私は緑茶を一口だけ飲み、次の人を呼んだ。入ってきたのは眼鏡をかけた男性だった。見るからに堅そうな性格をしてそう。
「あー……いや、これはどうでもいいか。さて、まずは……」
「まず、ひとつだけよろしいですか?」
スマホで彼の情報を確認しつつ私が話し出そうとしたところで、転生希望者の彼がそう口を開いた。
「人と話す際に飲み物を飲みながらというのは、いささか礼儀に欠けると思うのですが」
……なるほど、そういう人間か……
「まぁ、一理あるわね。これ、下げといて」
「よろしいのですか?」
「当人がそれを望んでいるのだから、別に問題はないでしょ」
私の言葉に助手は従い、緑茶の入った椀を持っていった。
「さてと、まず……」
「あと、スマホを操作しながら人と話すのもマナー的にはどうかと思いますが」
私が再び話し出そうとしたところで、また彼は話を遮ってきた。マジかこいつ、ひとつだけって言ったじゃない……まぁ、いいか。この感じだとスマホがなくても大して問題にはならなさそうだし。という感じで、私はスマホをしまって代わりに紙を一枚取り出した。
「……さて、まず聞かなきゃいけないのは、どんな世界に転生したいのか、希望はある?」
「あなたは神なのでしょう、そういうのをいちいち聞かなければ分からないのですか?」
うわぁ、本当に桁違いに面倒くさい奴だな、こいつ。
「神にもピンキリいろいろといるんだけどね、私は転生だけが担当なので、人間の心理うんぬんを把握するっていうのはやってないのよ。だから、直で要望を聞かないといけないの」
そもそも、人間一人ひとりの考えをそれぞれ把握しているような神はいない。人間がそこらへんにいる犬や猫の考えを完全に理解してないのとほぼ同じ理屈だ。
「そういうことなら仕方ない。そうですね、私の持つ頭脳が役に立つ世界、というのが理想ですね」
面倒くさいだけでなく、自信過剰とまできたか。
「なるほど……では、転生するにあたり、どのような能力が欲しいですか?」
「別に、そんな特殊な何かなどなくとも、私は問題ありませんよ」
なるほど、特殊な力は必要としていない、とまできたか。こういうのは過信というものだと思うのよね、たとえそれに見合うだけの才能を有していたとしても。
「そちらに必要が無くても、こちらには必要なのよね。なにしろ、転生と能力は基本セットで括られているようなもので、これは私でもどうしようもないのよね」
というか、呪文自体が双方セットでようやくひとつの文法として完成する仕組みだし。
「そういうことなら、仕方ないですね」
納得してくれたならなにより。とはいえ、この人とやりとりするの、正直早く終わらせたい。こうしてる状況でも態度がデカくて、人間のくせにありえんプレッシャーかけてくる。
「ということだから、特に要望がなければ能力はこっちで適当に決めるわね。それを使うかどうかはそちらで判断して」
「適当、というのはどうもいただけませんね」
また物言いが入った。細かいなー。
「といっても、目的もなしに選ぶのに全力出そうにも出せないからね。その適当さ加減くらいは認めてくれると助かる」
というか、なんでこんな今までしたことのない説明が必要になってるのか。
「ふむ、確かに一理ありますね」
なんでこいつを納得させる必要があるのか。そもそもこいつ、自分の立場ってのをまるで理解してない。
「能力に要望がないなら、望みの世界で転生先を絞り込まないといけないから、もう少し具体的に……どのレベルで君の頭脳を駆使したいのか、聞かせてくれる?」
「どのレベルといわれましてもですね、おそらくどのような世界でも私は必要とされますよ」
自信過剰もここまでくると逆に清清しいわね。相手にしてる私としては腹立たしいレベルなんだけど。
「となると……一番活躍できそうなのは現段階での文明が地球で言う石器時代レベルかな」
「そんなレベルでは私の頭脳を十全で発揮できるほどの技術など存在していないでしょうが」
いや、お前さすがにもうふざけんなよ、と言ってやりたいわ。そもそも技術がまともに発達しているような世界じゃ、こいつレベルの奴はわりとそこら辺にゴロゴロしてるわよ。
「となると、中世か近代レベルにまで引き上げないといけないわね。現代レベルの世界なんか、そうそう見つかるものじゃないし」
そもそも、スマホ使えない時点で探す気はない。
「……さーてっと、それじゃ、早速転生させちゃいましょうか」
「ちょっと待て、さすがにそれは急ではないか?」
「そうでもないわよ。下手に考えたところで簡単に決まらなくなるだけだもの。なら、上と下から双方一斉に走査していって、ど真ん中を選ぶのがこういう時の基本なの」
基本もなにも、こんな状況なんて滅多にないから、まずやらないんだけど。
「そういうわけだから、転生作業に入らせてもらうわね」
私はそう言った後、呪文を唱える。そしてそれは数秒で終了した。
「……さて、後は転生するまで待つだけなんだけど……ちょっといろいろと言わなきゃいけないことがあるんだよね」
ゆっくりと光り始めた円の内側にいる彼に、私は笑みを浮かべつつそう話し始めた。
「実はね、狙った世界に狙った能力を付与して狙った姿で転生させるのって、尋常じゃないくらいエネルギーを消耗するのよ。それで、普段だったらそのエネルギーを私は飲み物で補っているのよね」
そう話したところで不思議そうな顔をしていた男の表情が、何かに気付いたかのように変化していく。
「そして、狙った世界に狙った能力を付与して狙った姿で転生させるために必要な呪文なんて、それこそ地球上に存在する全世界の文字数を累計させるよりも多いから、そんなのを暗記するのは神であろうが不可能なのよ。それを私はスマホという文明の利器によって補っていたわけなんだ」
おー、面白いくらい表情が歪んでいく歪んでいく。そして彼は円の外に足を踏み出そうとして、見えない壁によってそれが阻まれる。あの円には一度入ったら外には出られないようになっているわけで、唯一出入りが可能なのが神なのだ。
「どういうことかは理解したが、そんなこと何一つ説明していないじゃないか!」
「何を言ってるのよ。君が最初に礼儀だマナーだとか言って、君のルールをここに持ち込んだんじゃない。例えば……喫煙所の中に自ら足を踏み入れておきながら、タバコを吸ってる人に禁煙を押し付けた感じかな。当然だけど、そこにはそこなりのルールが存在しているのだから、それを自分のルールで上書きしたら当然どこかしら不具合が生じるものよ」
そう話している間にも、徐々に円の光は強くなっていく。
「まぁそんなわけだから、こんなこともあろうかとこの紙に書かれた最も少ないエネルギーで済む呪文を用いて君を転生させることになったから。どういうものなのか一言で言うと、全部ランダムってやつなんだけど……そうねぇ、運が良ければ君が望んだ世界に、人間の姿で転生することができるんじゃないかな?」
そう話しているところで、円の周りに文字が現れてきたので、
「最後にアドバイス的な感じで言うけどさ、君は自分の頭脳に絶対的な自信を持ってるみたいだけど、それをきちんと活かせる知能をどうにかした方がいいわよ。でないと、転生した先でも役立たずで終わるからね。なにしろ、君くらいのレベルの知能を持ってる人なんて、異世界にはゴロゴロ転がってるんだから……」
そんな言葉が全部彼に聞こえたかどうかは知らないけど、私の言葉が終わる前に光は眩く輝き、そして消えた時には彼の姿も消えていた。
「終わったようですね」
まるでそれを見計らったかのように、助手が部屋に入ってきた。
「あー、面倒なの相手にしたからか、どっと疲れたわ……」
私はそうため息をつきながら、椅子の背もたれにうな垂れるように体重を預けた。
「今回の様子だと、またランダムに転生させたようですね。そういえば、彼はなぜここに来てしまったのでしょうか?」
そういえば、死因については一切触れてなかったっけか。
「一人で部屋に篭ってなにやら実験をしてて、その実験によって硫化水素が発生しての中毒死よ。しかも換気すら怠っていたとかいう事故死もしくは自爆ね。まぁ、考えようによってはあまりにもバカバカしい死に方よね」
頭脳と知能はまったくの別物で、憶えることに特化した結果として使うことを考慮してないっていう奴、ここによく来るのよねぇ。
「……そういえば、さっき下げさせたお茶、どうしたの?」
今はとりあえずエネルギーの補給はしたい気分だったので、助手にそう尋ねてみた。
「あれですか……先ほど秀吉殿が来まして『間接キスじゃー!』とか言いながら飲んでおられましたよ」
そんな答えを聞き、私はゆっくりと立ち上がった。そして、
「……少し席を外すわね……あの猿親父、今度という今度は冥府の奥底に叩き込んでやるっ!」
「はっはっはっ、ご武運を」