二十四人目
「ざんぎょーとつにゅーけってーい!」
「テンションが高いのは別に構わないのですが、本当に理性を失いかけてませんか?」
定時退社できるならもうとっくに終わってるはずの時間にもなれば、これくらいのアッパーテンションにもなるってものだけど……冷静に返されると普通に我に返るわね。
「というわけで、現実に引き戻す飲み物です」
そして助手はそう言いながら、それを机の上に置いた。
「……これ、あからさま過ぎて聞くのもなんだけど……缶コーヒー?」
「ええ、それなら飲み終わった後は缶を捨てればいいだけなので、洗い物は出なくていいですから。なにしろ、私はこのまま定時で帰りますので、余計なものは出さないに限ります」
おのれ、私は仕事が完全に終わらないと仕事を終われない立場だというのに……
「とりあえず少し前に頼んでおいた私の代わりが来るので、一人にはならないとは思いますよ。それでは、お疲れ様でした」
そう言って助手はこの部屋から出ていった。自分が定時退社するために、他を生贄にしたのか。
とはいえ……さすがに一人になると無言になった時の静寂は凄いわよね……そう思っていたところで、急に後ろのドアが勢いよく開き、
「わん!」
「よっ!」
犬と幼女が入ってきた。確かこの犬、主人を待ち続けた忠義心と忍耐力を買われたという体で、この幼女が思いつきで神列入りさせた犬だったっけ。
「まだ仕事中なんですけど……」
「いや、お主の監視を任されてな」
監視て。おそらく彼女が助手の代わりとして来たんだろうけど……あの助手、なんでこんな人選をしたのか……というかこの幼女、一応はこの国の神の頂点にいる存在なんだけど、どういう頼み方したんだろうか?
「それにな、お主の仕事が終わらんと我がガチャを回せぬではないか」
主目的がそれって……というか、あれからそこそこ時間は経ってるはずなのに、まだスマホをそんなレベルで扱えてないのか、この幼女は。
「あー……それじゃ、あまり邪魔はしないでくださいね」
「わんっ!」
幼女じゃなく犬の方が返事をするのか。
「まぁ、いいか……それじゃそろそろ始めますか……二十四番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼ぶと、ドアが開いて見た目がもう普通としか言いようのない少年が入ってきた。
「……なるほど……さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」
「なんというか、俺がこう世界を救う的な感じで活躍できるような世界で」
「それでは、転生する際に欲しい能力はありますか?」
「やっぱ活躍できそうな感じの凄い力が……どうした?」
彼がそう声をかけてきたのも私には分かる。たぶん机に突っ伏している今の私は、周りから見たら心配になるような感じなのだろう。
「いや……ここまでいろいろと大変だったから、最後にして最も多いよくある普通な要望を聞いて、もの凄い力が抜けたというかなんというか……」
「それで過剰な安心感を感じるとか、今日のお主に何が起きておったんじゃ?」
いや、修羅場を越えた後の平穏って、安心したことでこういう力が抜ける感じがあるんだと思う。というか今それを体感してる。
「と、とりあえず……その要望だと、なんか魔王的な存在によって窮地に陥ってるような世界で、自分が魔王相手に有利に戦えるような能力で転生させればいい、という感じになるかな?」
「そこまで簡略化されすぎると一瞬どうかとは思うけど、そういう感じでオッケー」
やばい、もの凄い早い展開で話が進んでいってる。今日の今までは一体なんだったのか。
「それじゃ、そういう感じの世界で有利になれる能力を……あー、ダメだ、選択肢が多すぎる。仕方ない、面倒だから内容はともかく双方共に一番上のやつで妥協しておこう」
「なんかちょっと物騒な独り言を呟いてませんか?」
物騒ではない、適当なだけ。なにしろ、もう仕事は早く終わらせたい気分だから。
「我がこの仕事をしていた時は、要望など聞かずにランダムでかっ飛ばしていたものなんじゃがのぅ」
唐突に幼女がそう横槍を入れるかのように話しに割り込んできた。
「そんな適当な仕事をしていながら、忙しいっていう理由で私にこの仕事を押し付けたんですか」
「一日に何人も適当に転生させていったせいで、あっちこっちからクレームが大量に飛んできてな。それの処理を含めたら仕事の量が膨大になってしまったのじゃ。そもそも、我は転生以外の仕事量の方が圧倒的に多かったぞ」
「仕事量の半分は自業自得ですよね?」
というか、確かにランダム転生は呪文が簡単かつ短いから暗記するのも楽だったからスマホを使わなくても唱えられるから楽なんだろうけど、転生希望者全員を相手にそんなことしてたのか。
「というか、私がこうやって希望者から要望を聞いて世界を選定してるのって、実は無駄な作業なんじゃないかって思えてきました」
「無駄かどうかといえば無駄とは言えないが、必要でもないよな」
「そういうことはこれから転生する当事者の前で話し合わないでくれないかな」
「所詮、当事者は背景みたいなものなんだから仕方ない」
「お主はお主で色々と酷くないか?」
話が早く進んでたから作業も早く終わるかと思ったら、よく分からない話で時間が経過していく。でも所詮は死んでここに来た人間って、私たち神からしたら背景と大差なく感じると思うんだけど。
「まぁ、幼女の仕事とかその辺の話はわりとどうでもいいか。それじゃ、さっき言った検索で一番上に出てきた世界に、検索で一番上に出てきた能力で転生させるけど、それでいいわね?」
「良くない、て答えたらどうなります?」
「レッツランダム」
「一番上のやつでお願いします」
ここで無駄に反意を出そうというのなら、私は容赦なく楽な方を選ぶ。残業のタイミングでここに来た以上はそれくらいの覚悟はしてもらわないと。
「それじゃ……早速いくわね」
私はスマホに呪文を表示させると缶コーヒーを一気に飲み干した。そしてそのままの勢いで呪文を唱え始める。
「……くぅ~ん……」
「うむ、気持ちは分かるが怖くないから安心していいぞ」
前にいる少年が怪訝な表情をしているのはまぁ分かるが、なんで後ろにいる犬が怯えてるのか。そして、なぜその犬が怯える気持ちが分かるんだ幼女。
そんな感じで私が呪文を唱えていくと、それに合わせるように少年を囲む円が徐々に光り始める。そしてその光が徐々に強くなって行き、それが一際強く瞬いたかと思ったら光が消えた後には彼の姿は消えていた。
「……よし、これで今日の業務は全部終了!」
私はそれを確認すると、軽く伸びをしながらそう言っていた。
「よし、飲みに行くぞ!」
「いや、ある程度は情報整理を行わないと、上から文句を言われるんですが……そもそも、その上ってあんたじゃなかったですか?」
私の独り言に返すような幼女の言葉に、私はそう言い返しながらスマホを操作して今日の分の情報をまとめていく。
「情報整理といったって、どうせスマホでピピッとすれば終わるようなものじゃろ。そんなの後に回しても問題なかろう」
「だから、一応は私の上司なんですから、きちんとした仕事を否定するのだけはやめてくれませんかね」
というかこの幼女、いつも適当に仕事してそうで怖いわね。なんか普段から適当に存在してるんじゃないだろうか。
「……よし、報告文はこんなもんでいいか。詳細に語ろうとしたら小説一冊書けそうなレベルの文章量になりそうだし……」
「本当に今日のお主には何が起きておったのじゃ?」
「……今までに経験したことのない様な、トンデモ死者たちによる大行進状態だったんですよ……」
「遠い目をしながら言っている割には、内容が冗談に捉えられてもおかしくないような言葉選びをしておるな」
「くぅーん」
なぜか幼女の言葉の後に犬が鳴き声をあげる。いい加減、軽く怯えた気配を発するのはやめてくれないかな。ただでさえ呪文詠唱中のいろんな視線にさらされて傷だらけのハートには堪えるわ。
「それじゃ、これで仕事は終了ということで……」
「よーし、本当に飲みに行くぞ! あとスマホの使い方も教えてくれ」
「それは飲みながらでも教えますよ。それよりも……大型犬じゃないんですから、乗ったら潰れるに決まってるじゃないですか」
「くぅ~ん……」
明らかに犬に乗ろうとして潰れた感を発する犬が、小さな鳴き声をあげつつ幼女の下からすり抜け、私が開けようとしていたドアをすり抜けていった。
「うーぬ……今度は乗っても大丈夫な犬でも神列に加えねばならないな」
そう言いながら幼女もまた犬を追いかけてドアから出て行く。それを聞いた私は軽くため息をついた後、部屋から出ながら自然と呟いていた。
「そういう理由で神を増やそうとはしないでくれないですかね?」