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二十二人目

「さーて、この勢いのままで次も早く終わらせられるといいわね」

「若干の他人事感が正気でないことを物語ってますね」

 とりあえず自分のやる気をもう少し引き上げようとした私の呟きに、助手がコップを机に置きながらそう言い返してきた。正気かどうかという点だけは、自分でもちょっと自信ない。

「……ここで水……いや、これ炭酸入ってない?」

「トニックウォーターというものだそうです」

 思うんだけど、転生させるための呪文を唱える直前に私が一気飲みするのを知っていながら、ちょくちょく炭酸飲料を出してくるのはなんなんだろうか。

「これはちょっと……炭酸ということを差し引いても苦手かな。特に味が」

「ブラックのコーヒーが飲めるのに、ですか?」

「いや、苦味が苦手なんじゃなく、単純に味そのものが苦手なのよ」

 とはいえ、出された以上は転生用のエネルギーに変換するために飲むけどね。

「……それじゃ……二十二番札の部屋の人、入ってきて」

 私がそう呼ぶと、ドアが開いてそこからわりと恰幅のいい男性が入ってきた。

「……ふーむ……さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」

「とりあえず、そこそこの食文化が形成されているところに行きたい」

「……では、転生するにあたって欲しい能力はありますか?」

「毒のある物を食べても平気でいられるようなのが欲しい」

 ……なるほど……食い意地が張っているというのは置いとくとして……

「……さてと、とりあえず最初に言っておくけど……君が希望する世界も能力も、個々で選択するならば特に問題はないけど、残念ながら双方を共存させて転生させることはできないから、どちらか片方を変えないと転生はできないわね」

 とりあえず最初に必要な事は告げておくことにした。

「なんで? という顔をしてるから、理由をちゃんと話しておくけど……君、食文化が発達した世界って希望を出したけど、出来合いのものを食べるだけでなく自分で食材を採取して食べるとかするつもりだよね」

 私の質問に、彼は首を縦に振る。

「だけど、そういう生活をしようとした場合、毒耐性という能力っていうのは非常に危険な能力に変貌するのよ」

「いや、なんでそれが危険なんだ?」

「君はさ、そもそも死因が自分で採取した毒キノコを調理して食べて逝ったってやつでしょ。そして君の場合、グルメ関係の情報を結構な頻度でブログで公開してたから、自分で採取して調理して食べた料理は間違いなく第三者に情報公開を行うでしょうね。さて問題、転生した先で初めて見たものを毒に耐性を持つ人が食べて、それで平気だったということで他の人に勧めて食べさせた場合、どうなるでしょうか?」

「そんなの、食べて死ぬような軟弱な奴が悪いだろ」

 いやちょっと待てお前どの口でそんな暴言ぬかしてるんだよ。

「毒キノコ食べて死んだってさっき私が説明したでしょうが。自分の立場ってのを理解してから言いなさいよ」

 こういう身の程を理解できていない死者って結構多いのよね。まぁ、人間ってのは死ぬ瞬間の記憶ってあまり魂に残らない存在だから仕方ないけど。

「というかね、致死性の高いキノコを見事に引く程に君の運は悪い、ということはちゃんと念頭に置いておいて欲しいのよ……ちょっと待って、君はキノコの何をもって食毒の判別をしてたの?」

 ふと、私はそこが気になったので試しに聞いてみた。

「そりゃ、食べられるキノコの特徴を照らし合わせて……」

「毒キノコの特徴は?」

「いや、食べられるものを見つけるのなら、そんなものはわざわざ調べる必要はないだろ?」

 ああ、なるほど……

「君は運が悪いわけじゃなく、単に頭が悪いだけか。なら、なおさら毒耐性はダメよね」

「唐突に悪口に!」

「だってさ、見た目が似ている場合、食べられるキノコと毒キノコってのは類似点が多いから、片方だけ覚えると確実に間違うんだよね。今でこそ減ったけど、昔はそれで死んで輪廻に加わる魂が相当数いたらしいし」

 まぁ、その時代には私はまだ発生していなかったから、この聞いた話が本当かどうかは知らないけど。

「それゆえに、ある程度の知識がある人はあえて野生のキノコは極力手を出さない方向で食を求めるものなのよ。君はそこを見事に脱線してるわけ。そもそもの話、そこら辺のキノコを食べるのってグルメじゃなくて単なるサバイバーでしょうが」

 ……いや待て、なんで私は転生したらどうせ憶えてすらいないような奴に、こんなよく分からない説教をしているんだ?

「はぁ……これたぶん話を戻さないと、このままタイムオーバーくらうやつだ。というわけで、世界か能力のどちらか、ないしは両方の希望を変更して」

「徐々に投げやりになってきてないか?」

 そんなことを言われても、ふと我に返ればそりゃこうなるわ。

「とは言っても、他にこれといって思いつかないな」

「そうねぇ……この場合、世界はこのままで能力を変えるのが一番納得のいきそうな結果に繋がる選択になりそうね。毒に耐性を付けられないなら、毒を見分ける能力ってのはどうかな?」

「いや、でも毒を持つ食材は美味いとも言うし……」

「食うなって。毒があるって言ってるんだから、それが分かってたら普通は食べようなんて思わないわよ。君は懲りるということを知らないの?」

 こいつを転生させていいのか、ちょっと心配になってきた。まぁ、転生した先で彼が毒死するだけなら問題はないか。向こうの神からのクレームが怖いけど。

「まぁ、いいか。特に異存がなければ、私が提示した条件で転生させるけど……君はそれで構わないわよね?」

 私はほぼ脅迫に近い形でそう告げ、それに対して彼は無言で首を縦に振る。

 こういう場合、こうするのが一番早く話が終わるパターンだし、なによりこういうタイプは高確率で無理な注文を続けてくるため、このままさらに時間がかかるようになる。今までの私の経験がそう判断させているんだから、たぶん間違いない。

 そして私はスマホを操作しながら、トニックウォーターを飲み出し、

「……けほっ……さて、それじゃ早速始めるわね」

 さすがに炭酸の入った飲み物は飲み干すのが大変だわ。軽くむせそうになったし。

 ともかく、準備の整った私はそのままスマホに表示された呪文をゆっくりと唱え始めた。

 ……うん、さすがに毒キノコ食って逝った奴に、今の私を奇異なものを見る目で見られる筋合いはないと思うぞ。だからといって、ここで呪文を中断するのは危険極まりないので止めて文句を言うわけにもいかないけど。

 そんなことを考えながら呪文を唱え続けていくと、それに合わせて彼を囲んでいる円が徐々に光り始め、それが一際強く瞬いたかと思った後には彼の姿が消えていた。

「よし、これも終わった!」

 それを確認した私は軽く伸びをしながらそう呟いた。なんというか、ここにきて正直疲れてきたわね。

「ご苦労様です。それで、今回はどのような世界に送ったのですか? 食文化がどうこうとは言ってましたが……」

「ああ、別に。一昔前の地球の文化形態に近い世界に送っただけよ。彼は食文化そのものを純粋に楽しみたいんじゃなくて、新しい食に関する事を見つけて発表することの方が好きそうだったから、そこがまだ発展途上な世界の方がいいんじゃないかと思ってね」

 コップを片付けながらの助手の質問に私はそう答えたが、なにやら彼はまだ不思議そうな表情を浮かべている。

「あの会話のどこからそういう答えに辿り着いたのか、少々疑問が残っているのですが」

「いや、結構簡単な話よ。そもそも普通に食事を楽しみたいのなら、自分でキノコを採取して調理なんてしないで、プロのシェフが作ったものを食べればそれで十分。それをわざわざやったってことは、そこだけじゃ満足できない、つまり自分で新しい食を見出そうとしていたってことでしょ。その時点でもう完成された食文化の世界じゃ満たされないと判断したわけ。そして食に関するブログなんて書いてる時点で、その新しい食を他の人にも伝えたくなる性格なんだろうし」

「なるほど、それである程度は開拓できる余地を残した世界に送った、と」

 理解してもらえたようでなによりだわ。

「それにしても、人が毒に強くなるって思った以上にとんでもない能力だったんですね」

 ……ああ、おそらく彼が最初に希望した能力の話のことか。

「あれね、嘘だから」

「……はい?」

 まぁ、そういう反応になるわよね。

「別にあの世界で毒に耐性を付ける能力を与えること自体は可能だったのよ。でも、それをやると私が彼に説明したような事態が起こりうる可能性があったから、できないっていう嘘を仕掛けたってだけ」

  実際、過去に毒に耐性を持って転生して奴がそういう事態が起こったことがあって、向こうの神からもの凄い勢いでクレームが飛んできたのよね。まぁ、それで国ひとつが壊滅する事態になったら、誰だってクレームのひとつやふたつは入れるでしょ。

「ま、彼にとっては嘘だろうが本当だろうが、転生したらもう真実を知ることもなければ関係も無くなるようなことなんだし。なら、こっちが余計な手間を排除するためにつく嘘のひとつやふたつ、さしたる問題じゃないでしょ」


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