二十一人目
「先ほどご注文いただいたコーヒーです」
スマホを操作しながら次の準備をしている私の目の前で、助手がそう言いながらコーヒーカップを机に置いていた。確かに注文はしたけど、思ったより出してくるのが早かったわね。
「……あー……甘いものが続いた後のコーヒーはやっぱ効くわー。しかもブラックできたか」
「ええ、わざわざああいう具体的な注文をしてきたということは、今回は甘味は必要ないのでしょうかと思いまして」
時々思うことなんだけど、なぜ彼はこうも察する能力に長けているのだろうか。いや、おそらくはそこに長けていたからこそ、戦国武将として名を残すくらいの功績を挙げることができたのか。
「さて、それじゃそろそろ次にいきましょうか。二十一番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼ぶとドアがゆっくりと開き、そこから少年と女の子の二人がゆっくりと入ってきた。
「二人……ですか?」
「ああ、そっか……」
同時に二人入ってきたことに関する助手の疑問の声を放っておいて、私はスマホの情報に目を通す。
「確か最終判決が出たのが昨日だったんだっけ。それで、顛末を見届けて納得したからここに来た……ということでいいのよね?」
「納得はしてないけど、理解はしたから」
私のその問いに、少年の方がそう答えた。なるほど……確かにこれは納得はできないでしょうね。
「なら、前に提出してもらった希望で転生させる方向でいいわね?」
「ひとつだけいいか? 転生とかいうのをするのって、二人だけ?」
私が話を進めているところで、少年が急に自分と少女をそれぞれ指しながら質問を挟んできた。
「……残念だけどそうなるわね、なにしろ君達の両親は転生するための条件を満たせていないのよ。だから今回は君達二人だけが転生希望者として転生させることが可能なの。これに関してはもう、私にもどうしようもないことなのよね」
実際、転生させるためにはいくつもの条件が設定されていて、それを全てとまでは言わないまでも大多数を満たしていなければいけない……はずなんだけど、それならなんでこんな私の仕事量がとんでもなく膨れ上がるほど、転生が可能な希望者が溢れるくらい増え続けているのか、という疑問が私の中で沸いてくる。
「それじゃ、提出されている要望自体に問題はないから……このまま、すぐにでも作業に入らせてもらうわね」
私はそう言うとコーヒーを一気に飲み干し、スマホに映った呪文を唱え始める。
今回は女の子の方が明らかに怖いものを見るような感じで少年の後ろに隠れてる。うん、ちょっと私のハートが傷つくけど、気持ちは分かるよ。
そんな感じで私の呪文に合わせて光り出した二人を囲む円が徐々に強くなっていき、一際眩しく瞬いたかと思ったら、光が消えた後には二人の姿が消えていた。
「はい、今回は早く終わったわ」
「あの、なにやらありえないほどもの凄くスムーズに話が進んでいましたが……」
まぁ、助手には仕事の進捗状況ってのは、ほとんど報告してないからね。報告する意味も無いし。
「あの二人はね、最近流行ってる煽り運転とかいうのが間接的な原因で、家族揃って今生からグッバイしちゃった二人よ」
「いや別に流行ってるというわけではないでしょうし……あと、そんな人が死んでるような状況を、なんでそんな軽快な口調で話せるのかという点で、あなたの思考を疑いたくなる状況なのですが」
「そこは私は神だってことで納得して。それで、本来ならば個々で転生させていく手筈なんだけど……今回は煽り運転して生き残った馬鹿が最終的にどういう判決を受けるのか、ということをどうしても見ておきたいってあの少年の方が言うので、前もって転生する希望の世界と能力を解答してもらっておいて、ある程度の準備を整えた状態で今日まで待っていたって感じね」
当然だけどこれは特例中の特例で、普通は認められないはずなんだけど……あの上司の鶴の一声で、簡単にルールが捻じ曲がるのよね。
「そういえば、今回は転生できるのは二人だけ、と仰っておりましたが……」
「あの子達の両親はなぜ転生できないのか? てことを聞きたいんでしょ?」
私は助手の言葉を先回りしつつ、その辺の事情を説明することにした。
「転生できるかどうかは、いくつもの条件を照らし合わせて決まることなのよ。それで、その中からある程度は条件が合致すれば転生させることが可能になるんだけど……ひとつだけ、これが合致したら絶対に転生できなくなる、そんな条件が存在するのよ。それが何かっていうと……子供がいるかどうか、なの」
「子供がいると転生できなくなる、ということですか?」
助手が不思議そうな顔で疑問を口にした。やっぱり、説明しなきゃダメか。面倒なんだよな、あの説明って。
「魂ってのは基本的に輪廻という輪に繋げられて存在しているんだけど、転生ってのはその輪廻の鎖を断ち切って他の世界に吹き飛ばす行為なのよ。ただ、どんな生物でもそうなんだけど……子供ができるとその魂の外側に別の魂が繋がるため、輪廻の末端がそっちに移ることになるの。魂を封入させる新しい器を構築するという行為を行った結果、今まで輪廻の末端にいた魂が外側に魂を繋ぎとめるための存在をさらに創り出したことで、輪廻の内側に入ることになるからね。そうなると転生するために輪廻の鎖を断ち切ることができなくなるの。なにしろ転生するための切り離しに成功する魂ってのが、輪廻の末端に存在するものだけだからね」
「それだと、輪廻の末端にいる子供を両親ごと切り離せばいい話なのではないかと思いますが……」
「それ、絶対に輪廻の末端を大木の枝葉のようなものとして思い浮かべているでしょ。輪廻の末端にある魂っていうのはね、大木の枝葉じゃなく根っこを含めた一本の大木そのものなのよ。そんな大木という子供の魂だけならばそれを引き抜くだけで済むけど、両親もろとも転生させるっていうのはもう木を取り除くために山をひとつまるまる掘り返すようなものよ。つまり親は大木ではなく大木を生やすための大地そのもの、という考え方になるわね。ひょっとしたら可能なのかもしれないけど、少なくともそれが可能になるだけの膨大な力は、私は有してないわ」
もっとも、この説明自体は私がこの仕事の役割を与えられて間もない頃に、あの幼女もとい上司が酒の席で何度か語ったことを自分なりに噛み砕いて構成させた説明だから、これが本当に正しいのかは私にも分からない。だが、これ以上に分かりやすい説明というものを、今の私は思いつかない。
「なるほど……よくは分かりませんが、なんとなくは分かりました。ところで、もうひとつ気になることがありまして……」
さすがに今回は完全な部外者だったせいか、助手からの質問が多いわね。
「あの男の子が言った、納得はしてないけど理解はした、というのは一体……」
ああ、そっちか。
「まぁ、過失致死とられての懲役程度じゃ、殺された方は納得なんてしないわよ」
というか普通に考えれば、殺された人が殺した人に生きていて欲しいなんて思うのは相当なレアケースなのよね。そういえば、私が荒御霊を辞めて神の末端に組み込まれてから、殺された人が自分を殺した人に生きていて欲しいなんて考えている魂に出会ったこと、一度もないわね。
「私が生きていた時代なら、打ち首も当然だと思うのですけどね」
「戦国の世で殺し殺され喧々囂々な時代と一緒にしないの。ま、所詮は人間の考えた法律よ。法を作る側は自分ないしは家族が過ちを犯した際の逃げ道を平気で仕込んでいても不思議じゃないし、使う側はそれを駆使してでも前例を作って逃げ道を維持しようとしたとしても不思議じゃないでしょ」
ま、所詮は人間、完全に中立公平な判断なんて絶対に誰一人出来やしないのよ。神ですら難しいくらいだし。
「最後にもうひとつ、どのような世界にどのような能力で転生させたのですか?」
「いや、二人とも事件や事故に巻き込まれない能力を望んで、いつも通り平穏を望む人を転生させるのによく利用している世界に転生させただけなんだけどね。なんの変哲もない、普通の作業だったわよ」