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二十人目

「あー……ここからはもう適当にどんどん行きましょう」

「もの凄いやる気が無くなってきてませんか?」

 机にカップを置きながら、助手が私の呟きに対してそう言ってきた。

「そりゃ、仕事が進むにつれてモチベーションが下がるのは仕方ないでしょ。なにしろ、転生させるための交渉事が作業の大半を占めるから、精神的な疲労が尋常じゃないのよ」

 というか、いったいどうしてここまで転生希望者が増えることになったのか……世の中、たぶん間違ってる。

「ところでこれ……バナナ?」

「ええ、バナナオレです」

 ココアの次にバナナオレ……前にも何回かあったけど、甘いものが続くのはやっぱり思ったよりキツいかもしれない。合間にちょっと別の味が欲しくなるわね。

「さてと……二十番札の部屋の人、入ってきて」

 私がそう呼びかけるとドアが開き、そこから眼鏡をかけた女性が入ってきた。

「ふーむ……睡眠不足からの……さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」

「とにかく締め切りがない世界に行きたいんです」

 なんと言っていいのか……

「それでは、転生するにあたって欲しい能力はありますか?」

「うーん……修羅場ってる時に寝なくても頑張れるような能力かな?」

 さっきのリーマンヘアーみたいな能力を希望してきたわね。

「それじゃ話を進めるけど……まず最初に、締め切りってのはどの世界でも等しくやってくるから無理ね」

「おおう! 分かってはいたことだけど、真実は残酷すぎるわねこんちくしょう!」

 そこが分かっているなら話は早いわ。

「そして能力なんだけど……二十四時間全力で動き続けた後は丸一日動けなくなる能力になるだけで、それを数日保たせることはできないわね」

「そっちでも絶望が!」

 なんというか、リアクションが面白いわね、この人は。

「というか、なんで全力が一日限定なんですか? 私が生きてた時は数日は普通に過ごせたのに」

「いや、普通に過ごしてたんじゃなくて誤魔化して過ごしていたってのが正しい認識でしょ。身体は確実に限界を迎えてて、その結果が浴槽で眠りこけてここに来たってことなんだから」

 というか、なんで風呂で溺死する人が月に一人は必ずここに来るのか……心臓発作を起こして、ていうのなら分からなくもないけど。

「そういうわけで、最初のとは違う希望の世界と能力をもう一度お願い」

「あー……ここでもネームが徹底的にボツられる……」

 ネームとか言うな。これ企画段階じゃなくて、すでに本番真っ只中なんだから。

「それで、次の希望は?」

「とりあえず下手に締め切りが追いかけてこない世界なら……」

「どんだけおかしなスケジュール構成で動いてたのよ。普通は計画通りにやってれば、そこまで締め切りとか追いかけられるなんてことは……いや、そうなると今の私は計画通りにいってないから残業に追われているという理屈が……」

 う~む……世の中ってままならないものね。

「よし、それなら締め切りに追われないようにマンガという文化の無い世界をオススメするけど……」

「そんな私の存在意義自体を消失させるような世界を勧めるのはやめて」

 別にマンガ関連の条件は提示されてないから、それで構わないと思ったんだけど……というか、存在意義がそれでいいのか?

「となると、マンガ文化が根付いているという前提条件になるから、それは同時に今の地球に近い文化形態を保っている現代風な世界に絞れるわね。そうなると……やっぱり希望する能力と照らし合わせて決めるのが一番手っ取り早いかな」

 私はそう考えつつスマホを操作し続ける。

「それで能力の提案なんだけど……やっぱり自己回復系の能力が最初の希望に一番近いと思うから、寝る時間が少なくても疲労の回復が超高速で促進されるって能力はどうかな?」

「寝ないとダメなんですか?」

「残念だけど、人間……というか生物という代物自体が気力や体力などの疲労を回復させるためには、寝るっていう以外の方法が存在しないのよ。疲労を誤魔化す方法はいくらでも存在するけどね。で、こっちが与えられる能力ってのは生物の持つ部分を逸脱することが出来ない代物だから、どうしてもそこは寝る以外の方法が出せないのよ」

 まぁ、逸脱するような能力を許容できる世界なんて転生してもロクなことにならないだけで、そこを無視するならいくらでも逸脱することは可能なんだけどね。ただそんなことを口に出したら、また面倒な交渉が延々と続くことになるのは目に見えてるから、あえて言わないだけなんだけど。

「そもそもの話なんだけど……マンガで寝る時間すら削るような地獄を見る世界なんて、地球を含めても検索結果が一桁しか出てこないくらい希少な世界なのよ。そもそも、マンガという文化が仕事にまで昇華されること自体が稀だし」

 というか、今の日本の文化自体がそもそも他に類を見ないレベルでおかしな進化していってるらしいからねぇ。こっちの世界の話を聞いた他の世界の神からは「頭おかしい」という評価が飛んでくるレベルで。

「なら、寝れる時間が確保できるくらい仕事が早く終わらせられる能力があればいいんじゃないですか?」

「ああ、そういう手もある……いや、君はそういう能力を与えても絶対に睡眠時間を削ってマンガを描き始めるタイプの人でしょ。絶対に寝る時間が増えることなく描くマンガのページ数だけが増えるわね」

「それはまったく否定できないわ~」

 そりゃ、そうじゃなきゃここに来る様な状況にはならないんだし。

「だから、とにかく寝ることで回復するって能力で妥協しなさい。でないと、間違いなく話が拗れて時間との戦いになるから」

「それ、そっちの都合ですよね?」

「君の都合にも直結することになるから。言っておくけど、この交渉は制限時間があるからね。それ超えると転生できずに地獄へゴーだからね。だからこれでもう手を打って、これ以上時間を消費して私を残業に突入させないで」

「もう隠す気もないレベルでそっちの都合じゃないですか!」

 ここまで来たらもう隠す気なんかない、ぶっちゃけでとっとと転生を促す方向でいくことに今決めた。

「それじゃ、検索結果の一番上の世界に寝れば短時間でも超回復する能力で転生させるけど、それでいいわね?」

「それ、ここでノーと言ったらたぶんバッドエンドに直行するタイプの選択肢ですよね?」

 分かっているなら話が早い。

「あ、ひとつだけ質問なんだけど……ここで起こってる事って、転生した後も憶えてる?」

「マンガのネタにするつもりでいるなら残念だけど、ここでの一件はほぼ記憶から消えてるから。転生した理由と能力だけ記憶に残ってるような感じになるはず」

 まぁ、そういう風になるってあの幼女の上司から伝えられただけだから、実際どうなのかはよく知らない。

「それじゃ…………早速いくわね」

 私はそう言いながらスマホに呪文を表示させ、バナナオレを一気に飲み干した後にその呪文を唱え始める。

「あー……修羅場ってる時の私みたいにブツブツ言ってる」

 どんな状況だそれは。まぁ、他の人のように異質なものを見るような感じじゃないだけましか。

 そんなこんなで、いつものように私の呪文に合わせて彼女を囲む円が徐々に光りだし、その光が一際眩しく輝き、すぐに消えた。その後には彼女の姿も消えていた。

「はい終了。あ、次はコーヒーでお願い」

「もの凄い雑に次にいこうとしてますね」

 私の発言にカップを片付けながら助手はそう答えた。

「そりゃ雑にもなるわよ。というか、もう丁寧に仕事をする余裕はないわ。時間的にも、精神的にもね」

 さすがに二十人もこんな同じような作業を繰り返してたら、そりゃ先に進むにしたがってダレてくるわよ。

「ところで、先ほどの転生先は文化形態が近いとは聞いてますが……言語も同じなんですか?」

「ああ、確かに言語面はマンガを描く場合は避けて通れない問題よね。まぁ、簡単に言えば言語はまったく違うものなんだけど、それでも言葉を理解し通じ書けるように転生時に身体構造を構成されるように組んでるから、その辺は特に問題はないわね」

 そもそもそれをデフォルトで身体に組み込まないと、転生した時点で詰む場合が多いらしいのよね。どうもそれで昔は他の世界の神からクレームが飛んできまくっていたらしいし。

「なるほど……今まで特に気にしていなかったので、特に聞くこともなかったですが……思っていたよりは興味深いものですね」

「興味を持つのはいいけど、深入りはしない方がいいわよ。神列に居られるかどうかにも関わってくるから」

 もっとも、神列に関しては私もいまいち理解してないんだけど。相応の功績を上げた人間が輪廻の輪から外れて神の一員になる、程度の理解しかしてないし、する気もない。

「ただ、今回の転生で言語面以外の問題があるとすれば、確かに文化形態は今の日本に近い世界だけど、だからといって社会的かつ精神的な構成が日本に近いかと聞かれたら、答えはノーになるわ。つまり、もし彼女の感性が今のこの世界に受け入れられるレベルのものだったとしても、それが向こうの世界でも受け入れられるかどうかというのは別次元の話。これはいわば、彼女の努力と時の運に任せることになるけど……まぁ、それはこっちの世界でも同じっちゃ同じなんで、そこまでは私の知ったことじゃないけどね」


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