十九人目
「……やっと静かになったわね……」
あれからここに居座るつもりでいた幼女は、この部屋に乗り込んできた他の神の「まだ仕事残ってるんだから戻ってください!」の一言と共に連行されていった。相変わらず自由すぎて、あんなのに荒御霊時代に禍払いされたのかと思うとなんか微妙な気分になるわね。
「たまにはああいったアクシデントがある方が、仕事に飽きなくていいですよ」
助手がそう言いながらコーヒーカップを机に置いた。完全に他人事のつもりで言ってるわね。
「……コーヒーカップにココアって……」
「軽く意表は突けますよね」
突いてどうする。まぁ、意表を突かれようが突かれまいが、それが飲み物ならなんでもエネルギーに変換できるから問題ないけど、物によっては精神衛生上よろしくない場合がある。
「さてと……ここまでくるともう嫌な予感しかしなくなってるけど、気にしないで次にいきますか。十九番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼ぶと、ドアが開いて一人の男性が入ってきた。うーん……七三分けって、まだ生き残ってるのね。
「ふむ……過労か……さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」
「内容は問いませんが、できれば歴史に名を残すような偉業を成し遂げる世界を頼みたいですね」
「では転生するにあたって、欲しい能力はありますか?」
「二十四時間休まなくてもどうにかなるような能力が欲しいです」
世界に対しては壮大な希望を述べた割には、能力は俗っぽいのを希望するわね、この量産型リーマンヘアーは。
「ふむ……世界も能力もちょっとこのままだと無理かな。特に世界の方は絶望的」
私は端的にそう真実を告げた。
「内容を問おうが問うまいが、歴史に名を残せるかは努力や功罪以上に運任せの部分が大きいからねぇ」
「いや、例えばファンタジーな世界に行って魔王を倒したなら……」
「高確率で権力者の手柄にされるわね。なにしろ異世界から転生してきた存在なんて、いくら魔王を倒したとはいえどこの馬の骨かも分からない無名な存在なんだから、適当な褒美を与えられて終わり。それどころか下手をすると亡き者にされる可能性も有り得るわね」
というか、実際にそうなると向こうの神からクレームが飛んでくるからねぇ。こっちには何の非も無いだろうってのに。
「そして能力の方だけど……それって丸一日全力で動ければ次の日は動けなくなるっていうパターンになるけど、それでいい?」
「いや、それは困る。休まなくても働き続けられるようなものが欲しいんだ」
そんな考えだから過労死するまで仕事を止められなかったんだろうな。やっぱりワーカーホリックにならないためにも、まともな娯楽を趣味として持つことは必要よね。
「とはいっても、どんなに高レベルな超回復する類の能力を乗っけても、どこかで休憩を挟まないと大抵は死ぬのよね。それは人間に限ったことじゃなくて、いわゆる有機生物は全般的にそういう構造になってるの。そもそも、送る先の世界によっては一日が二十四時間じゃ済まない場合もあるから、一日を二十四時間と断定すると失敗する可能性があるわよ。君の場合はそういう能力より、上手く身体を休めるスキルを身に付けた方が上手くいくんじゃない?」
というか、そういうスキルを持たない人はまず真っ先にぶっ倒れるだろうし。そして、そういう理由でここに来る人も一日に一人は大抵いる。
「それを踏まえてもう一度聞くわね。どのような世界に、どのような能力を得て行きたいですか?」
「こっちの希望をことごとく潰した上で、それを聞いてくるのですか?」
そりゃ、無理な注文は潰していかないと話が進まなくなるんだから仕方ない。というかね、なんでここに来る人は複数の選択肢を用意しておくということをしてこないのよ。
「まぁ、世界に関しては、ただ歴史に名を残したいだけ、ということであるなら名を残せる可能性を引き上げられる世界は無くはないけど……お勧めできないから別の選択肢が欲しいのよね」
「できるのなら、その世界でいいんじゃないですか?」
「いいの? 世界どこを見回しても戦争真っ只中な世界なんだけど……地球でも歴史に名を残す人が多いタイミングって基本は戦争だからね。日本だと戦国時代なんかが一番分かりやすいかな」
まぁ、名を残してるのは大体が権力者なんだけど。それでも僅かな確率ではあるが一般ピーポーでも名を残すパターンはあるから、やってみる価値はあるかもしれない。ぶっちゃけ、その手段が戦争じゃなかったら迷わずやってた。戦争のど真ん中ってのは、異世界送って五秒で昇天、がリアルであるからねぇ。そして私にクレームが飛んでくるんだから迷惑な話よ。
「考えてみると、魔王を倒すのも戦争で勝つのも似たような感じなので、それで手を打つことにしましょう」
本当に名を残せれば他はどうでもいいのか、こいつは。
「それじゃ、世界についてはそこで妥協するとして……能力の方はどうする?」
「とにかく、あまり休まなくても動き回れるようなもの、以外は妥協できないですね」
無いって言ってるんだから妥協はして欲しいが、『あまり』という言葉が加えられただけ妥協はしているんだとは思う。
「『休まなくても』という部分だけが、正直言って邪魔なんだけどね……鉄砲玉のつもりで転生させてクレームが来なければ、私はすぐにでもそっちでいくんだけど……もう面倒なんで超回復系の能力を乗っけるから、それで後は君が死なないよう自力で頑張る方向で話を進めていいかな?」
「自分でどうにかしろと?」
「そもそも転生させることだけが私の仕事であって、転生させたらもう君には干渉することはできないからね。そこからは自分で何とかしてもらうしかないというのが正しい認識よ」
ここで私は一息ついて、
「それで、能力はこっちで提示したもので構わないわね?」
最後にそうひとつだけ念を押した。ここを妥協してもらわないと、たぶんもう妥協点が無くなってタイムオーバーになるのが目に見えてる。
「まぁ……他に無いというのならそれで妥協する以外に方策はないでしょう」
よし、決まった。ようやく決まった。となれば、
「それじゃ、その方向で転生させるわね」
そう言って私はスマホに必要な呪文を表示させつつ、コーヒーカップのココアを一気に飲み干した。そしてそのまま呪文の詠唱に入る。
「……なんというか、公園で一人佇み鳩に語りかける人、みたいですね」
その感想は初めて貰ったわ。明らかに異様なものという喩えなんだろうけど。
そんなことを思いつつ呪文を唱え続けていくと、彼を囲んでいる円が徐々に光り始めていく。そして呪文に合わせる様にその光はゆっくりと強くなっていき、それが激しく瞬いたかと思うとそこから彼の姿は消えていた。
「はぁ~、終わった終わった」
「ご苦労様です。それで、なにやら物騒な世界に送っていたようですが、どのような世界なのですか?」
コーヒーカップを片付けつつ、助手はそう私に聞いてきた。
「そうねぇ、日本でいう戦国時代に近い文化……どちらかといえば中世ヨーロッパ寄りかな? そんな感じの時代背景の戦争ど真ん中に飛ばしてみたのよ。彼は一応はファンタジー的な知識を持ってはいたようだけど、乗っける能力がファンタジー寄りじゃなかったからね。下手に魔法が飛び交うような戦場に放り出したりしたものなら、転生直後に流れ弾によって一瞬で消し炭なんてこともありえたし」
確率的には銃弾より魔法による火球の方が着弾面積が大きい分だけ流れ弾に当たる確率が高いし、なにより転生させる初期地点にするべき戦場の空隙が見出し難いのよね、ああいう魔法が蔓延している世界ってのは。
「まぁ、かろうじて銃火器が発達する直前の世界だから、やりようによっては彼の望む結果にはなるんじゃないかな?」
「そうですかね。ああいう手合いは、大抵は功を焦って失敗するように思えますが」
「別にいいんじゃない? 歴史に名を残すなんていうのはね、死後にようやくその名が歴史に刻み込まれるものなんだから。そもそも歴史は過去の記録以外の何物でもないから、生きている内は歴史にはならないのよ。そういうわけで、彼の望む結果は彼が生きている間は知ることができないどころか発生すらしないのよ。つまり、望まぬ結果だったとしても、それを知ることは彼には永遠に来ないんだから」