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十八人目

「さぁ、どんどんやっちゃっていくわよ!」

「テンションが上がってきましたね。良い様に正気を失ってきているようでなによりです」

 とりあえず私がやる気を上げる為に挙げた掛け声に、助手がそう言いながら机にティーカップを置く。ほぼ毎日、仕事も後半に突入するとこういう感じになる。

「……ん? 紅茶なんだけどレモンティーとは違う、ちょっとフルーティーな味が……これ、リンゴ?」

「ええ、アップルティーというものがあるようでしたので、少し真似てみました」

「いや、アップルティーだとしても、ここまで露骨にリンゴの味はしない気が……まぁ、これはこれで美味しいけど……と、それじゃ始めるか。十八番札の部屋の人、入ってきて」

 私がそう呼びかけると部屋のドアがゆっくりと開き、そこから眼鏡をかけた女性が入ってきた。

「ふぅむ……心不全か……睡眠不足の延長線上で逝っちゃったみたいな感じのようね。さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」

「とりあえず、どこでもいいから一人になりたい」

 あー……こういう人、たまに来るのよね。

「では、転生するにあたって欲しい能力はありますか?」

「孤独を堪能した後に、気が向いたらこっちの世界に戻れる能力が……」

「前もって言っておきます、無理です」

 たまにこういう今いる世界に戻りたいっていう話は聞くけど、はっきり言って無理なのよね。

「神様なのに出来ないんですか?」

「転生希望者を別の世界にぶっ飛ばす……もとい転生させるために送ることは出来るけど、転生した人をこっちの世界に引き戻すことは出来ないのよね。そもそも世界間の行き来なんて神だって無理なのに、人間にそんな能力を乗っけることなんて出来るわけないでしょ」

 そもそも死んだ人間が黄泉返ってくるだけで世界そのものが正しい姿を象ろうとして排除し始めるから、死んだはずの人間が元居た世界に戻ることが出来る出来ないという考え方自体が無意味な気はするけど。

「あと、望むタイミングで自由に一人になれる世界ってのは逆に言えば人……というか生命体そのものがいないレベルの世界しかないわね。植物以外の生物が誕生する以前の状態の世界か、生物そのものが終焉を迎えた世界か……どっちに行きたい?」

「その選択肢はいろいろと酷くないですか?」

「といっても、基本として生物は孤独とは程遠い存在だからねぇ。一人でいるように見えても、その周りには幾億という数の微生物が常に一緒にいるのよ」

「あの、そういう意思疎通以前の存在すら気付けないものにまで対象にした孤独ってのは、望むかどうかより想定してる人自体いないと思いますけど……」

 でしょうね。人間ってのは他の動物と違って、自身の五感で知覚できない存在を把握することができない生物だし。まぁ、微生物のような魂が純白な存在は気配すら発しないほどの小さな存在だから、同質に近い小生物以外の生物だと気付けるか怪しいというのはあるけど。

「となると、地球でいう超古代レベルの世界まで引き上げられるわね」

「それたぶん微生物が誕生したばかりの世界とかですよね。そんな所に行ったら生き残れる自信がないのでやめてください」

「だから、そういう世界なら飲食無しでも生き残れる能力を積み込むのが可能なのよ」

「そういう問題じゃないんですけど? 間違いなく退屈で死にます」

 精神的な面で死ぬとか、生物って存在するだけで難儀してるのねぇ。

「ふーむ……とはいえ、世界と孤独はある意味で相反してるような存在だし……どんな世界がいいのか……」

 私がスマホで検索しながらいろいろと試行錯誤していたところで、不意に私の後ろのドアが勢いよく開いた音がした。

「おーい、新しいスマホ買ったから使い方教えてくれー」

 そしてその声を聞いた直後、私は軽い脱力感を感じつつ椅子からずり落ちそうになっていた。

「あの、今はまだ仕事中なんですけど……」

 振り向くと、ドアの前には幼く見える女の子が立っていた。あの声は間違いなく彼女のものである。

「そんなの後でいいじゃろ。神の中でスマホをまともに扱えるの、お主しかおらんのじゃぞ」

「それ、たぶん他の神はここまでスマホに依存しないと効率が出せない仕事をしてないからじゃないかと思うんですけど」

 神でも仕えるスマホ自体がここ数年で出てきた代物というのもあってか、わりと使いこなしている神が少ないってのはよく聞く話だけど……古参の神ほどスマホを使いこなせないって、なんでそういう部分だけ人間に近くなってるんだか。

「ともかく、そういうのは仕事終わるまで待っていてください」

「えー、我も早くガチャ引きたいんじゃが……」

「いやそれ、スマホの正しい使い方から外れてますけど……というか、神は人間達が使っているような通貨を使ってないせいで課金できないんですから、無課金ユーザーだとガチャ引くにも限界はきますよ。というか、ソシャゲやる暇あるならこの仕事を私に押し付けなくてもやっていけたのでは?」

「我がその仕事をやってたら、遊びに行く暇すら無くなるわ!」

「はいはい……どちらにしろ、こっちの仕事が終わるまで待っていてください。後でちゃんと教えますから」

「絶対じゃからな! 仕事が終わった後なら飲みにいけるじゃろうから、酒飲みながらしっかりと教えてもらうからな!」

 そんな会話をひと通り終わらせたところで、幼い女の子は部屋から出ていった。そして、

「……今なら一人になりたいっていう君の気持ち、少し分かるわ……」

 私は机に突っ伏しながら、そんなことを呟いていた。

「あの……今のは……」

「ああ、気にしないで。単に上司が乱入してきただけだから」

「え……あれが上司……?」

 というか、仕事が始まったら私が許可を出さない限り開ける事も入る事も出来ないはずのドアを、平然とこじ開けて入ってくるのは止めてほしいわ、あの幼女……もといあの上司。

「さて、話を戻すけど……望みの世界と望みの能力をあえて反転させてみるってのを提案してみるけど……どう?」

「それってどういう……」

「一人になる世界は無理だけど、一人になれる能力はあるから……いかに人が密集している中でも周りに気付かれることなく自分も周りを認識できなくなって一人でいられるという……」

「それ、もうイジメか病気の範囲の出来事になりませんか?」

 ふーむ……言わなければ気付かなかったのに……仕方ない、スマホに表示された妥協案で手を打つか。

「となると、世界間の移動は無理だけど世界内の移動は可能ということを加味して、一人になれる場所にワープできる能力、というのが現実的かな。孤独を堪能したら元居た場所にワープで戻れるみたいだし」

 ワープする能力っていうのは結構危険な代物なんだけど、飛ぶ先の条件が明確になっているならそうそう問題は起こらないでしょう。

「というか、これ以上議論してもこれ以上まともな条件は無いと思うけど……」

「なにか脅迫に近いような感じを受けるのですが……他に何か思いつくわけではないので、それで構いません」

 よし、上司の乱入によってタイムリミットとの勝負が始まるかと思ったけど、こっちが条件のラッシュをかけることで華麗に回避できたわ。まぁ、それを脅迫だと言われると私は否定できないけど。

「それじゃ、そういう方向で始めるわね」

 そう言って私はスマホに呪文を表示させ始め、

「おーい! とりあえず酒呑のところ予約したから、終わったらそこで飲むぞー!」

「仕事中に何やってるんですかあんたは!」

 伝えたいことを伝えるだけ伝えて、私が文句を言い出した頃にはドアが閉められていた。というかこの上司、ノー許可でドアこじ開けてくるの本当に止めてほしい。

「さて、気を取り直して……」

 私は気分を変えるためにそう呟き、アップルティーらしきものを一気に飲み干す。そしてスマホに表示された呪文をゆっくりと唱えていく。

 今回もいいように怪訝な表情を浮かべてるわね……慣れを通り越して変な性癖が付与されそうな気がするわ。

 呪文を唱えながらもそんなことを頭の中で呟いている内に、彼女を囲む円が光り始める。そして私の唱える呪文に合わせるように徐々にその光が強くなっていく。そしてその光が一際激しく瞬き、その光が消えた後には彼女の姿は消えていた。

「……とりあえず終わったわ。なんか仕事とは関係ないところで疲れた気がする」

「あの神様は、なんというか……唐突過ぎる方ですよね」

 唐突にも程というものがあると思うんだけど。というか、いくらなんでも自由すぎないかな、この国の最高神は。

「そういえば、能力はきちんと説明はされてましたけど、世界についてはあまり説明していなかったのでは?」

「……そういえば、説明はしてなかったわね。でも、彼女は最初にこう言っていたからね、『どこでもいいから』って。なら、そこの説明が無くても問題はないでしょ。どっちにしろ、そんなに物騒な世界には転生させてないから、そこまで大きな問題は発生しないでしょ」

 ただ、転生させた直後に魔王が現れて大変なことになる事例もあるから、確実に安全とはいかないけど。まぁ、そんなことが起こるなんてよっぽど運が悪くなければ起こりえないでしょうから、あまり気にはしない案件なんだけど……

「……大きな問題……起こらないわよね? なんか幸薄そうな顔をしてたから、ちょっと心配になってきたわ」

「起こったら起こったで、それもまた一興ではないか」

 返ってきた答えは助手の声ではなく、あの上司の声だった。

「……さっきドアを開けた時から今まで、ずっとここに居たんですか……?」


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