十七人目
「はぁ……午後に入ってから一人に対して異様に時間がかけられてるわ。これもう残業確定してるレベルなんじゃない?」
ここにきて二人連続で時間ギリギリまで手間かけられたのはちょっとキツい。
「まぁ、たまにはそういう日もありますよ」
助手は笑顔でそう言いながら、カップをひとつ机に置いた。完全に他人事のつもりで言ってるわね、これは。
「……ホットミルク……にしては、少し甘いわね」
「少量の蜂蜜を混ぜてみました」
ああ、その甘味か……ここにきて小細工を入れてくるあたり、どうやら飲み物のレパートリーに苦心してるみたいね。まぁ、さすがに一日で二十種類以上準備するのは大変でしょうし。
「さて、残業を回避するためにも、次は手早く終わらせるわよ。というわけで……十七番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼ぶと、ちょっとどう形容していいのか言葉にできないくらい特徴が見つからない男性が入ってきた。強いてあげるなら髪が短いくらい?
「……なんというか……交通事故って、死因までありきたりで特徴がないわね……さてまずは、どのような世界に転生したいですか?」
「俺が正義の味方として活躍できる世界を頼む」
正義の味方……ねぇ……
「それでは、転生するにあたって欲しい能力はありますか?」
「悪を確実に倒せるような能力を頼む」
なるほど……ここにきて三番目に多い希望である『正義の味方』が来たか。そういえば、午前中に一度もこの要望が出てこなかったってのも珍しいわね。
「条件があやふや過ぎて、検索にまともに引っかかってこないわね。もう少し具体的な希望ってないかな?」
「正義の味方のどこがあやふやなんだ?」
正義の味方を希望する人って、なんでこの一点に関して何の疑問も抱いてないのか。
「そうねぇ……例えば、人を殺すのは正義か悪か、と聞かれたら?」
「そりゃ、そんな奴は悪だろう」
「その殺された人がこれから大勢の人を殺そうとしていた人だった場合、さっきの人は正義か悪か、どうなる?」
「そういう後付けの条件って卑怯じゃないか?」
「その卑怯な部分が正義という概念をあやふやにしている要点よ。だいたい正義なんて言葉の定義はね、視点の位置次第では簡単にひっくり返るの。そんな立ち位置がくるっくる返りまくってるような条件でなんて、いくら検索したってまともな答えなんか出てこないわよ」
なにより魔王ですら正義と定義されるような世界まであるから、そんな条件で検索しても情報がまともに絞れない。
「それでもう一度聞くけど、どのような世界に転生したいか、具体的な要望でお願い」
……答えが返ってこない。そこまで考え込むことか?
「そこまで思いつかないのなら、こっちからいくつか世界を提案するけど……とりあえずなんか悪の組織的なのが幅利かせてる世界に行って、ヒーロー的な活躍をする方向はどうかな?」
「お、それはいいな」
「問題は……ヒーローがすでに量産されてる状態なので、仕事を奪い合ってるっていう面白い状況なんだけど」
「ダメじゃないか」
「なら、魔王が君臨してて人間全体が大変なことになってるから、それを正義の味方としてどうにかする世界なんてどうかな?」
「いいじゃないか」
「ただ、魔王が強すぎてこっちで与えられる能力ですらどうにもならなくなってるから、自分の力でこの無理難題をどうにかしてもらうしかないんだけど。ある意味、神より強い魔王なのよね」
「それもダメじゃないか」
「となると……人間の天敵になるような生物が現れてる世界があるから、その天敵を駆除して世界を救うっていうのは?」
「そう聞くといい気がするが……」
「察してきたわね。人間の天敵っていうよりは、人間に分類される存在の攻撃が何一つ通じないような加護だか呪いだかを受けた生物だから、能力を選び間違えると何も出来ずに死ぬわね」
「やっぱりダメじゃないか。というか、なんでそんな問題のあるような世界ばかり勧めてるんだ?」
ようやくそこに気付いたか。
「そもそもの話になるんだけど、正義の味方が必要な世界なんていうのはね、そういうなにかしらの裏があるのが当たり前なのよ。そもそも、平和な世界だったら正義の味方なんて存在自体が必要ないし。むしろわざわざ異世界に転生させてまで正義の味方が必要になる世界って、ほぼ人類が窮地に追い詰められて打つ手がなくなってる世界がほとんどよ」
もっとも、そういう世界の救済をするために異世界転生なんてものがあるんだけど。ただ、そういう世界ってどう頑張っても手遅れになってる感が否めないのよね。
「それで、正義の味方が必要な末期の世界と、正義の味方が必要ない平和な世界、どっちを選ぶ?」
「中間ってのは無いのか?」
中間か……
「なんか人知れず魔王が出てきたけど、人知れずだから魔王がいるっていうことがまだ誰も知らなくて、今転生すれば魔王が人々の話題に上るタイミングでいの一番に勇者を名乗れるかもしれないっていう世界なんてのがあるわね」
「なんつーか、都合のいい感じで出てきたな」
そう言われても、検索結果を上から順に追いかけていってるだけだから、タイミングもなにも……前から気になってたけど、この検索結果ってそういうタイミングを計算した上で並べてあるんじゃないでしょうね?
「それで、どうする? この絶妙なタイミングで現れたご都合主義感満載な魔王討伐をする世界に転生する?」
「これ以上考えても時間の無駄になりそうだしな、それで頼む」
良かった、これ以上時間をかけるのは私としても避けたい事態だし。ぶっちゃけ残業するのは嫌だ。
「それじゃ、そういう方向で転生先についての話は進めていくけど……能力はどうする?」
「この様子だと正義とか言い出すとロクなことにならなさそうだから、戦えるようなのなら適切なものをそっちに任せる」
よし、こっちに任せるというならその世界に見合った能力を見繕うだけ。そして大抵の場合は、世界に合う能力の例も同時に検索結果で出てくる。
……皆が皆、こっちに能力を任せてくれれば時間短縮になるんだけど、それだけでやっちゃうと転生した先で自分の思ってたのと違う能力とかいう訳の分からない理由で即退場しちゃうんだよね。困ったものよね。
「それじゃ、とりあえず魔王と戦うのに必要かもしれない勇者的な剣とか魔法とかでいろいろと凄い力になる能力を与えるから、それでなんとか頑張ってね」
私はそう適当な説明をしながら、必要な呪文がスマホに表示されていくのを確認した。そして蜂蜜入りのホットミルクを一気に飲み干すと、その呪文をゆっくりと唱え始める。
……あー、やっぱり怪訝な表情をしてるわね。後でどう呪文を唱えればこんな目を向けられずに済むか、検討してみるか。
そんなことを思いながら呪文を唱え続けていくと、彼を囲む円が徐々に光り始め、その光が呪文に合わせる様に眩しくなっていく。そしてそれが一際眩しく瞬いたかと思うと、円の中にはすでに彼の姿は無くなっていた。
「はい、終了。さっきに比べれば手間はかからなかったんだろうけど、それでも時間はかかったわね」
「ふと思ったのですが……私は定時で上がれますかね?」
とんでもないことを言うわね、この助手は。
「別に帰るのは構わないけど、飲み物は準備しておいてよね。缶コーヒーでもいいから」
とりあえず転生人数分の飲み物さえあれば、この仕事を最後まで維持することは出来はする。ただ、モチベーション的なものに影響するから、その分を転生希望者が割を食う結果になるけど。
「そう考えると、ここに自販機を置いておくのもいいかもしれないわね。今度、上に設置を申請してみようかな」
「それ、転生希望者には滑稽な光景としてその目に映りそうですね。呪文を唱える光景と相まって、いろいろと面白そうです」
自販機を置くという方向性ですら、そういう感じになるのか。とはいえ、すでに滑稽なものを見る目で見られてるんだから、利便性を考えると悪い話じゃない気がする。
「というか、当初は缶コーヒーなどの飲み物を前もって買い込んでおいて、それを飲みながら作業していたところ、それじゃなんか味気ないとかいう理由で助手を雇い出したのでは?」
「そんなことを言われてもねぇ……私はわりと近代の神だから、そんな昔のことは忘れたわ」
「むしろ近代の神ならここまで起きた出来事は全て、とてつもなく最近のことなのでは?」