十五人目
「……いやー、午後も濃そうな気配を発してきたわね」
ちょっと間違った任侠的な人の転生作業が終わったところで、私は深呼吸しながら軽く伸びをし、そう呟いた。
「今日は当たり日ですね」
そして一息ついた後の私の一言に対し、助手がティーカップを机に置きながらそう言った。
「正直、こういう方向で当たって欲しくないんだけど……ふむ、レモンティーか」
それを一口飲んだ後に私はスマホを操作し始め、
「それじゃ始めますか。十五番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼ぶとすぐにドアが開き、なんかチャラそうな茶髪の男が入ってきた。なんだろう、ちょっとした既視感を感じる。
「……あー、またこういうやつか……さて、早速本題に入るんだけど……どのような世界に転生したいですか?」
「そうだねー、それについてじっくりと話したいから、ちょっとどこかでお茶でもしながら話さない?」
おっと、こういうパターンか……面倒なのが来たものね。
「ここはナンパお断りゾーンなので、不用意にそういう誘い方をする人は地獄のど真ん中へ直球ストレートのようにピンポイントにご案内するのが通例になってるのよ。なので、自分が地獄へ向かってこの場から消えるのが嫌なら早くどういう世界に転生したいのか提示して」
この手の輩は何度か相手をしてきている。なので、一応は対応策は準備されているものの、
「つれないねぇ……でも、そういうところも可愛いと、俺は思うよ。だから、そういう話をしながらどこかで親睦を深めようってことなんだけど」
そう、こういう手合いはそもそも話が通じない場合が多い。困ったものである。
「オッケー、それじゃ完全ランダムでのドキドキ単発ガチャツアーにご案内ということで」
「いやいやいや、なんでそうなるんだよ」
「要望を聞いても無駄だと判断したら、即座にこういう方法でぶっ飛ばす方が手っ取り早いからよ。実際、君は最初の私の質問に答えてない」
こっちの質問を放置して自分の話に持っていこうとしてる時点で、そもそも話をするに足る相手ではないんだけど……それでも相手にしないといけないのが仕事なんだよね。
「あと前もって言っておくけど、その円の中に入ったら出られないから、君はもう話をするならそこしか選べないからね」
「……うわっ、マジで出られねぇ……なぁ、どうすればここから出られるんだ?」
「人間にはそこから出入りすることは不可能ね。まぁ、転生すること自体がそこから出ることになるのかもしれないけど。で、どんな世界に転生したいか、決まった?」
「やだなぁ、君みたいな可愛い子を前にして、余計なことなんて考えられるわけないじゃないか」
「ふざけてると本当に取り返しつかなくなるけど……まぁ、その方が時間はかかるけど楽かもしれないわね……」
なんというか、今日はもうちょっとホントどうにかならないかなホント。
「というかね、死んでまでナンパしてどうするのよ。二股どころのレベルじゃないことやってて痴情の縺れで殺されてここに来て、まだ懲りてないの?」
「いやいや、殺されてしまったからこそ、新たな出会いにだね……」
「そういうのは転生した先でやって。というか、このままだと本当に取り返しつかなくなるわよ。別にランダムで吹っ飛ばして、うっかりナンパすらできない単細胞生物に転生したとしても、こっちとしてはなんら問題はないんだけど」
ここいらで軽く脅しを入れておく。でないと、こういうのは懲りるということを知らない。
「そういや気になってたんだが、後ろにいる男は何?」
彼の存在が気になっててそれでもナンパしてたのか、こいつは。
「私はただの助手ですので、さほど気にしなくても問題はありませんよ」
いや、むしろ気にして大人しくなってくれた方が、こっちとしては問題が解決しそうなんだけど。
「どうすれば、そういう助手の仕事とか出来るんだ?」
「そうですねぇ……生前に相応の功績を上げて、神列に加わることが出来れば可能でしょうか」
「説明してどうするのよ。その神列に加われるほどの功績も無く死んだんだから、彼はここにいるんじゃない。その時点で彼にはそんな選択肢は与えられていないの」
そもそも、人間に神側の持つ余計な知識を与えるのはちょっと問題が発生するから、下手にこっちの内情を話すのは控えた方がいいのよね。
「ナンパの数なら、俺は誰にも負ける気はしないんだがな。それでも神列とやらに加われないのかい?」
「それは功績とは言わない。そもそも、ナンパの数なら午前中に来た君みたいな人の方が圧倒的に多いわね。こんなので競い合ってもしょうがないだろうけど」
私はスマホの画面を眺めながら、彼にそう言っておいた。もう面倒になってきたわ。
「で、どんな世界に転生したいのか、いい加減に提示してくれないかな?」
最初の質問、これで三度目である。
「だからさ、それを話し合うためにどこかでのんびりとお茶をだね……」
「のんびりしている時間はないのよ。私がじゃなく、君がね」
ここまで言動がブレないの、ある意味で凄いわね。まぁ、とりあえずこっちは忠告はしているのだから、この後で彼に何が起ころうと私に責任は無いはずだ。
「というか、その現状に対する危機感の無さって何なの? 今現在、本当に崖っぷちに追いやられているって自覚がないわけ?」
「俺そんな状況になってるの?」
ここまでの私の言葉をどう受け取っていたんだろうか、本当にヤバいって自覚はないか。
「そういう状況になってるのよ。で、たぶんこれを聞くのは最後になると思うけど……どのような世界に転生したいですか?」
「だからさ、そんな重要なことはすぐに決めるのは良くないって。ここはじっくりとお茶でもしながら話し合って……」
彼が私の質問に対して答えにもなってないことを返してきている途中で、彼を囲んでいる円が徐々に光り始めていく。
「えっと……これ……」
「いわゆるタイムオーバーってやつよ。さて、本当に時間がないからこれが最後の選択肢よ。ランダムでもいいから転生するか、このまま地獄に行ってそのふざけた魂を浄火されるか、今すぐ選びなさい」
ついに最後の選択肢まで来てしまったか。
「いやだから、ここから出してもらってじっくりと話をだね……」
こいつ、正真正銘の馬鹿だわ。そう私が思った直後、光り出した円が一際眩しく瞬き、その光が収まった後にはすでに彼の姿はその場から消えていた。
「久しぶりに出たわね、ここに来たにも関わらず転生できずに浄火される人が」
たまにいるんだよね、こういう時間切れになるまでに答えを出せない人って。彼の場合は答えを出してくる気配すらなかったけど。
「で、ああいう手合いって戦場だとどうなの?」
「どうと言われましても……私が生きていた間には見たことないタイプですし……強いてあげるなら、どちらかというと戦場に立つ兵より京にいる貴族のような方に多いタイプだと思いますよ」
おそらく、ああいうチャラいタイプの男は戦場に立とうとしなかったんだろうな。というか、この助手はあの時代の貴族にそんなチャラい感じの印象持ってたのか。
「ところで今回の場合、わざわざ答えを聞かなくても時間が切れそうなら一方的に転生させるというやり方を選ばないのって、どうなんですかね?」
「そんなやり方なんて存在しないわよ。一応そういうやり方があるって感じの提示はしてるけど、当人が明確に転生する意思を示さない限りランダムで呪文唱えても転生していかないもの。それに対して地獄は刻まれた罪のレベルで一方的に送り込めるからね。だから転生させる意思を明示させるために、ああいう最後の選択肢が出てくるのよ」
ほいほい転生させてるから分かりにくいけど、異世界への転生は思いのほか必要とされる条件が多いのよね。
「それにしても、転生できなければいきなり地獄ですか……少々乱暴な話では?」
「さっきも言ったけど、魂に刻まれた罪のレベルによって地獄に行くかどうかは決まるのよ。で、ここに来た時点で本来の魂の罪は最大レベルにまで刻まれる前提の話になるの。なにしろ、自分の魂が本来いるべき世界を強引な方法で捨てるのよ、そんなの最大級の罪が刻まれるのが当然じゃない。うまく異世界に転生させることができれば、こっちの世界の罪は一度はキャンセルされるから問題が発生しないってだけで、この世界から転生できない……つまり出ていくことができなくなったら、あとはもう地獄に送られるだけに決まってるじゃないの」