十四人目
「さてさて……午後になってからも嫌な予感はしてるけど、このままの勢いで早めに仕事を終わらせられるように頑張りましょうか」
「この先、何事もなければいいのですけどね」
私のやる気をどうにか向上させようと呟いた一言に対し、助手は黒っぽい液体の入ったコップを机に置きながらフラグでも立ててるんじゃないかと思えるようなことを言った。
「……これ、コーラ?」
「そうです。特にこれというものが思いつきませんでしたから、場つなぎ的な感じで用意しておきました」
コップの中身に小さな泡がいくつか中に発生しているのを見て聞いた私に、端的な助手の答えが飛んでくる。思いつかないって、別にそんな奇をてらわれても困るんだけど。
「……まぁ、いいか……それじゃ始めますか。十四番札の部屋の人、入ってきて」
コーラを一口だけ飲んでから、私は次の人を呼んだ。少ししてからドアが開き、そこから……言葉を選ばないのなら、いわゆる極道映画に出てきそうな顔の男性が入ってきた。
「……うっわー、本当にそこそこの仁義なき人生を生きてきたわね……」
彼の情報をスマホで確認してみたけど、なんというかちょっと間違った極道一直線って感じの情報が出てきてそう呟いていた。
「さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」
私のその質問に対して少しだけ間を空けてから、
「普通に生活できる、そんなところがいい」
なるほど……普通にか……
「では……転生するにあたり、欲しい能力はありますか?」
「いや、特には……ただ、これ以上こんなヤクザな人生を歩まなくても済むようになるようなものは欲しい」
「どっちも普通に暮らしてれば何事もなく遂行できることのような気がするわね」
私は正直な意見をそのまま述べてみた。
「残念だが、俺にはその普通が手に入らなかったんだ……」
まぁ、こんな仁義なき世界を進むような人生を歩んでたら、普通で平穏な生活なんてできないわよね。最後は撃たれてここに来たんだし。
「それじゃ、とりあえず問題が特にない平和な世界を前提に検索していくけど……何事もなく生活できる能力ねぇ……」
この場合、彼が求めているのはトラブルを避ける能力、というのとはまた違うような気はする。全てのトラブルを避けるというのは、それはそれで普通じゃない生活になってくるし。
「そもそもの話として、なんで普通の生活をできなかったか理解はしてる?」
「顔」
ド直球な答えが返ってきた。
「まぁ、確かにそれも理由の一端といえば一端なんだけど……どちらかといえば精神的な部分が大きいのよね。その顔を理由に周りから怖がられたりしていったことで、今のような状況に甘んじてしまったのが要因よ。見た目に言動が寄っていった結果、見た目に違わぬ普通から遠ざかる生活になっていった、というのが私の見解ね」
細かく分析したならもう少し違った結果になるでしょうけど、大まかに言えばそういうことになる。
「つまり普通の生活が欲しかったなら、相応に努力していかないといけないのよ。そもそも普通の……ぶっちゃけ何の特徴も無い顔の人だって、普通の生活するには相当の努力を要するわけ。何が普通かは人によって違うから、君の場合は他の人が送っている平穏な人生ってのが、君の言う普通の生活なんだろうとは思うけど」
そう話している途中で、私はふと思った。なんで私は人生が終わってここに来た人を相手に人生相談みたいなことをしてるのかと。
「とりあえず、このまま話をし続けても進展しそうにはないから……前にも行った妥協点として、整形レベルで違う顔の人物として転生させれば、わざわざ能力で普通を与える必要はなさそうかと思うけど、どうする?」
「それでどうにかできるのなら、それで頼みたい」
よし、少なくとも自分の容姿にはそこまで拘ってはいないのは分かった。この辺に拘ってる人ってかなり多いからね。滅多にはない状況だけど、その拘りが転生させる世界の絞込みを阻害することがあるんだよね。
「それじゃ、見た目の変更は多少の条件を設定することである程度は振り幅を抑えたレベルでのランダムで行うわね。なら、与える能力を別に決めてもらわないといけなくなるけど」
そう言ってしまったが、考えてみると普通を望む人はあまり特殊な能力を欲しがらないし、うまく考えてくれる気がしない。
「なら……料理が上手くなるような能力というのはあるだろうか」
……見た目に反したすっごいアットホームな能力を提示してきたわね。いやまぁ、望んでいるのがそういう世界なんだから、そういう能力を提示してくるのも不思議じゃないのかもしれないけど。
「料理が上手くか……そういうのは完全に自分で技術を磨かないといけないものだから、能力として与える場合には料理に失敗しない能力って事になるけど、いいかな?」
正確に言えば『失敗しそうになるとあらゆる事象が発生することによってそれを阻止する』という、説明している私にもそもそも何が起こるのかさっぱり分からない能力なんだけど。
「他に思いつかないから、それで構わない」
よし、上手く騙せ……いやいや、上手く説得できた。これで、後は送る世界を選べばいいわけだ。
「ふーむ、特にトラブルのない世界……仕方ない、本日二回目になるけど、午前中にも要望のあった、日本に文化形態を構成しているあの世界で手を打っておくか」
今日はすでに一人送っている世界だけど、わざわざ他の候補を探すのが面倒なのでその世界でいくことにした。一日に複数の人を同じ世界に転生させるの、世界自体のキャパシティとの兼ね合いもあるから、あまりやるべきことじゃないのかもしれないけど。とはいえ、作業の簡略化のためなら仕方ないか。
「……それじゃ始めるわね」
スマホに呪文が表示されたのを確認して、やや炭酸が弱くなったコーラを一気に飲み干した。そして呪文をゆっくりと唱え始める。
……普段は怪訝な目をされることが多いけど、今回は微動だにせず目を閉じているというレアケースか。下手な反応が無い分、ありがたいといえばありがたいわ。
そんな感じの中で続いていく呪文に合わせて彼を囲んでいる円が徐々に光っていき、それが一際激しく瞬いたかと思ったら、そこにはすでに彼の姿は無くなっていた。
「さて、また一人、送り終わったわね」
「そうですね。それにしても、随分と修羅場を潜ってきたかのような方でしたが、よくここに来れましたね。ああいう手合いは本来、地獄に落ちるのが定例でしたはず」
私の呟きの後に、そんな疑問を助手は口にした。
「普通はね。ただ、人を一人二人殺したくらいで地獄に落ちるほど、地獄の間口は広くないのよね。そもそも彼は殺人なんて犯してないから、魂に刻まれた罪も大したことのないレベルで止まってるって感じかな。だいたい、人を殺しただけで地獄に落ちていくなら、君もここにはいないわよ」
そう考えると彼も一線を越えていない以上は、もう少し自分をどうこうできるくらいの意地があれば他の道を選べただろうに。まぁ、ここまで来ちゃったらそんなこと言っても仕方ないけどね。
「ところで、人が生きるにあたって見た目ってそんなに重要なの? 神からしたら外見が人だろうが獣だろうが蛇だろうが特に気にはならないんだけど」
「わりと。特に先ほどの方はその厳つい顔から前線に立てば相手の士気を軽く削げますから、私が指揮する隊になら入れたいところですね」
相変わらず、答えの時代が違うわ。
「なるほど、見た目ってのはそんなに重要なのね……だとしたら、ここに来た人たちって私を見てどういう印象を持ってたのかな? まぁ、見た目がそこまで重要になるくらい影響があるっていうんだったら、目の前にいるのがかつて日本に災禍をもたらして数多の命を奪い去っていった荒御霊だったなんて、そりゃ思いもしないわよね」