十三人目
「いやー、お昼ご飯はやっぱり定食だよねー」
「戻ってくるなりいきなりそんな同意を私に求められても困るのですが」
昼食から戻り席につくなり発した私の第一声に、助手はコーヒーカップを置きながらそう言い返してきた。
「そして午後の仕事を始める前のコーヒーも最高だわ」
私の午後の仕事は必ずコーヒーから始まる。
「それで、どの定食を注文したのですか?」
「生姜焼き定食」
「あの話の後に、よく肉料理を食べられますね」
「あの話は所詮は人間の肉の話であって、それとこれとは話が違うんだから。そもそも神にとってはどっちも共通の魂を持った同質の生命体でしかないっていう、そういう感じなんだし。そんなんだったら普通に食べられるでしょ」
とはいえ、実際に目の前でザックザックされてたとしても私の食欲には勝てないでしょうけど。
「それじゃ、気分もノリノリになっている内に仕事を始めるわよ。十三番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう声をかけるとすぐにドアが開き、そこから男性が入ってきた。そして彼が円の中に入った直後、私はスマホに視線を向けて必要な情報を確認する。
「……まーた交通事故か……それで、どのような世界に転生したいですか?」
「この俺がカッコ良く活躍できる世界で!」
本日二度目の活躍したい英雄願望を持つ人がやってきたか。考えてみると、こういうのが来るのは今日は少ない方かな。酷い時は十人くらい連続してこんな感じの希望が飛び出してくるし。
「それじゃ、転生するにあたってどのような能力が欲しいですか?」
「迫り来る敵をこう、蹴散らせるような能力で!」
これまたよくある、最強を地でいけるような感じのはずなんだけど曖昧な能力指定。なんというか、今日は午前中があらゆる意味で修羅場ってたから、こういうよく見かけるのが来ると逆に安心するわ。
「それだと選択肢の幅が広すぎるので、もうちょっと具体的にお願い」
「具体的にもなにも、そういう能力が欲しいんだよ」
……なるほど……
「それじゃ言葉通りの能力が欲しいと判断して、全開カウンター系の能力でいくわね。敵が向こうから仕掛けてこないとただの役立たずになるけど、迫り来る敵が相手なら油断しなきゃ無敵になれる素敵な能力だから」
「いやいや、そういうのじゃなくて、こう……なんというか、どんな状況でもどんな相手でも楽に勝てちゃうような能力を」
「ないわよそんなの」
彼の希望に対して、私はばっさりと切り捨てるようにそう言い返した。
「戦うことを前提にする能力だと、うまく使いこなせばどんな相手でも勝てるようにはなる、そんな感じのものなら候補はいくつかあるわよ。ただ、『楽に』勝てるような能力はないわね。そもそもこっちが与える能力ってのは、使い始めてから使いこなすまでにある程度の試行を行って精度と練度を高めることによって十全の力が開放される、そんな感じのものばかりなのよ。まぁ、わざわざ十全に開放しなくてもそこそこの効果は期待できるけど、その試行部分を怠ると最終的にはあらゆる意味で無敵になれるような能力を与えてもヘマするのよね」
「日本語で頼む」
「どこの国の言葉で喋ってると思ってるのよ。分かりやすく言うとね、自分の望むような能力にしたけりゃ努力しろってことよ」
もっと分かりやすく言うならゲームでいうレベルを上げろってことなんだけど、こういう理由で転生を希望する人ってゲーム感覚でいかれるとすぐに死ぬんだよね。
「努力するとか、ダサくねーか?」
そんな彼の言葉を聞いた瞬間、私はだいたいのことは把握した。
「と言ってるけど?」
「そうですねぇ……努力をしようがしまいが戦場では死ぬ時は死にますが、努力しなかった人が逃げずに生き残ったという話は、ついぞ聞いたことありませんし……そもそも努力しない人は練兵中に死にますよ」
「と、元戦国武将の彼が言ってるわよ」
とりあえず助手に話を振ってみたことで、そんな意見が飛び出してきた。結局は戦場の話にはなってしまうが。
「とりあえず私の意見としては、他人に見えるような努力は努力じゃなくてパフォーマンスなの。つまり他人の目を気にしている限りは本当の努力はできないから。つまり君は、そういうパフォーマンスの部分しか見てない上でダサいとか言ってるってこと」
まぁ、これはあくまで私の持論でしかないから、正しいかどうかなんて知ったことではないけど。
「で、そんな努力をしたくない君のここまでの話を総合すると、努力しないのがカッコ良いものだと判断できるから、ラブアンドピースアンドほのぼの生活な世界を勧めるわよ」
「それ、逆に活躍はできないよな?」
「畑を耕して食料を確保するだけでも英雄扱いされる世界ってのもあるわよ」
これまでにこういうタイプの相手は飽きるほど相手をしてきたせいか、今の私はもう早く終わらせたい感でいっぱいである。
「俺はこう敵を圧倒的な力で叩き伏せるのがいいんだよ!」
「あー、はいはい……仕方ない、覚悟は決めておくか」
私はそんな要望を受け、そう呟きながらスマホに必要な単語を入力していく。
「あー……じゃあ、魔王が現れて人間大ピンチしてる世界が一番上に出てきたから、その世界にそれっぽい凄い魔法みたいな私にもよく分からない強そうな能力を乗っけて転生させるけど、それでいいよね?」
「なんだその不安を誘うような説明は」
そりゃ、こっちだっていろいろと問題抱えることになるんだから、不安を誘って私にとって問題が発生しない選択肢へと誘導するくらいのことはする。
「具体的な意見がなければそういうふわふわしたような能力に着地するの。だから本当に欲しい能力なら、明確な説明と共に話してもらわないと困るのよ」
というか、ここに来る人の半分くらいはこういう曖昧なイメージで能力を要求してくるから困る。
「いや、でも確かに魔法のような力は良いかもしれんな」
「じゃ、送った世界で無双できるように、その世界にとっては桁の違うレベルの魔法が使える能力でいいわね」
「ふむ……それならわりとイメージしやすいな。じゃ、それでいいや」
こっちの提案に同意してくれたような感じだったたので、私はそのまま必要な呪文をスマホに表示させ、コーヒーを一気に飲み干した。そしてその呪文の詠唱を開始する。
私が呪文詠唱を続けていくにつれ彼の表情が徐々に不審なものを見るような感じになっていくが、まぁそれはいつものことなんで気にはならない。でも、今回に関してはそういう表情で見られる筋合いはない気もする。
そんな感じのことを思いながら詠唱を続けていくにつれて徐々に彼を囲む円が輝いていき、それが一際激しく瞬いた後、彼の姿はそこから無くなっていた。
「いやー、午後の仕事もなんか幸先悪い気がするわ」
「非常に曖昧なままで転生させてましたね」
ここに来る人の多くは余計な先入観を刷り込まれてたりするから、どうしても詳細な説明をしてもその意味が通じてない場合があるのよね。だからあえて曖昧なままにして、向こうにその意味を自分に都合よく解釈してもらった方が交渉が楽だったりする。
「ホント、作られた話によくある世界に、作られた話によくある能力で転生させるのって、交渉面では意外と面倒なのよね」
「そうですか。ところで、なにやら途中で覚悟を決めるとか仰っておりましたが、あれはどういう意味があるのですか?」
ああ、そんな細かいところが気になるのか。
「いや、ああいう感性で動いて努力を疎かにしそうなタイプの人って、送ったそばから死んでいくからねぇ……向こうの神からクレームを入れられるのを覚悟したってだけよ」
そして下手にクレームを多発させたら私が上から怒られるし、最悪の場合だとクレーム先の世界はしばらく転生候補から強制的に外されることになる。世界の数が多すぎるから転生先が無くなる事はないとはいえ、送りやすい世界が減るのはできるだけ避けたいのが現状ではある。
「それにしても……午前中にえらい個性的な仕事ばかりしてたから感覚が麻痺してたのかもしれないけど、こういう典型的なタイプの転生者が交渉するのに一番難しい相手だってことは再認識したわ」