十一人目
「……さて、午前の仕事もあと少し」
スマホで時間をチェックしながら、私はそう呟いていた。
「午前だけでこの濃さですか……」
私の呟きを聞いてか、助手がコップを机に置きながらそう言ってきた。
「さすがにここまで酷いのは初めての経験よ……ところで、このコップの中身も濃いけど、これ何?」
「スムージーを作ってみました」
さも当然のように作ってみましたって言われても……
「いやまぁ、これも一応は飲み物なんだろうけど……材料は何?」
「それは企業秘密です」
そこを秘密にされると飲むのが怖いわ。
「まぁ、さすがに毒になるようなものは入れないでしょうからいいけどね。それよりも、早いところ次も終わらせるわよ。というわけで……十一番札の部屋の人、入ってきて」
私がそう呼んでから少ししてからドアが開き、そこから筋肉質な男が入ってきた。
「……また交通事故か……さて、まずは……どのような世界に転生したいですか?」
「俺が! 望むのは! 力で! 全てが! 決まる! 世界だ!」
スマホで彼の情報を調べた後にいつもの質問をすると、彼はいわゆるボディビルダーがよくやるようなポーズをとりながら要望を述べてきた。
「……それで、転生するにあたってどのような能力が欲しいですか?」
「とりあえず! 筋肉が! 美しく! 完成できるような!」
「あーもー、鬱陶しいからいちいちポージングしながら要望を述べるの止めてくれないかな?」
言葉の区切り区切りでポーズを変えてくるから、見てるこっちが息苦しさを感じる。
「我が筋肉が! 常に! こういう動きを! するようにと! 本能に! 語りかけてくるのだ!」
「無いわよ筋肉なんて。今の君はいわゆる魂だけの存在で、今はただ生前の姿を投影しているってだけなの。だから、筋肉みたいな物質自体がそもそも今の君の身体には存在してないのよ」
そして彼がなにやら筋肉が話しかけてくる的な思考をしてたから、軽く真実をぶつけてみた。
「なん……だと……それでは、待っている間にやっていた筋トレは……」
「うん、無駄」
私の真実の宣告を聞いて呆然としながら言葉を出していた彼に、私は躊躇なくトドメを刺しにいく。
「とりあえず、転生させれば生前に近い身体を構築して魂を入れることになるから、転生した後ならば筋トレする意味は出てくるわよ」
中途半端ではあるが、希望は与えておく。まぁ、転生させるための交渉を円滑かつ手っ取り早く終わらせるためにやってるわけだけど。
「それで途中だったからもう一度聞くけど、転生するにあたってどのような能力が欲しいですか?」
「それならば話が早い! この筋肉を! さらに美しく! 完成させられるような! 筋トレができるような! そんな能力が!」
「欲しい能力は分かったから、ことあるごとにポージングするのはやめてくれないかな?」
「本能だから! それは無理だ!」
ダメだこいつ。
「まぁ、いいか。とりあえず能力はスタミナをブーストさせる程度でいけば、世界の選択肢は増えそうね。となると……力こそが全てな、ユーがショックしそうなひゃっはーな世界が見つかるかどうか……」
「いや、別にそんな暴力が支配する世紀末な世界を望んではないのだが……」
私の呟きに彼は素に戻って声を出してきた。こっちが本能的な自分なんだろうな。
「いや、力で全てを決める世界って、基本そういう世界でしょ?」
「当方としましては、スポーツマンシップに則った力によって全てが決まる世界が良いのですが……」
「それじゃ、そういう方向で探すわね。それにしても、軽自動車に力負けした人が力による世界を望むの、なんかちょっと面白いわね」
ふとそう思ったことを私は呟いていた。
「あれは! 不意を突かれただけで! 宣言と共に! 正面から! 仕掛けてきていたなら! 勝てたはず!」
「いや、事故ってのは基本として不意打ちだから事故なんだけど。宣言してやったらそれただの事件よ。あと、何度も言ってるけどいちいちポーズとるのは本当に止めて」
視線はスマホを向いてはいるものの視界の隅でちょいちょい動いていられると、どうしても気になって仕方ない。
「それにしても、スポーツ的なものって意外とないわね。ひゃっはー的な世界はとんでもない数が出てくるのに」
力というと基本的にイコール暴力になるの、世知辛い世の中って感じがするわ。
「そもそもの話として、スポーツ的なもので全てが決まる世界って力より瞬発力が優先されるパターンが多いのよね。まぁ、こっちの世界でも力だけの競技より瞬発力を要する競技の方が多いんだし、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけど」
「なんということだ、パワーに価値のある世界は無かったというのか」
「いや、瞬発力があれば問題は……ああ、無いから避けきれずに轢かれたのか」
なるほど、力を付けるための筋肉であって、動くための筋肉ではないということか。確かにそれなら重点的に鍛えるポイントが違うだろうし。
「あのさ、もう力だけでどうにかする世界は諦めて、日本に似たような世界を探してそこで力で頑張ってもらう方が早い気がするわよ」
会話をしながらも調べていく内に、私はそんな結論に達しつつあった。それくらい彼が望んでいるような世界が出てこない。
「いわゆる腕力だけの人材って、他の世界では意外と需要ないみたいね。ゲームでも攻撃力より素早さが高い方が使い勝手が良かったりするような現象と同じなのかな?」
「ゲームと現実が混在されても困るのだが……」
「ゲームだって現実で生まれたコンテンツのひとつなんだから、接しないと思う方が間違ってると思うわよ。そもそも、例えに使ってるだけで混在させてはいないし」
そんなことを話してはいるものの、そろそろ適切な世界が見つかってくれないと話題が尽きそう。特に彼は筋肉以外の話題は少なそうで、話題自体がなくなると再びポージングし出しそうだからわりと面倒。
「……あ、ひゃっはーするまではいかないけど、腕力で物事を決める世界があったわ。殴り合うんじゃなくて、岩みたいに重いものを持ち上げるっていう感じのやつ」
「暴力を! 振るわれるので! なければ! そこで! 構わんぞ!」
「だから、いちいちポーズをとらないでよ、鬱陶しい」
とはいえ、飛ばす先の世界が決まったのは良いことね。いつものように、詳細には触れてないけど。
そんなことを思いながらも私はスマホに必要な呪文を表示させ……さすがにスムージーを一気はちょっとあれなので多少の時間をかけて飲み干し、表示された呪文を唱え始める。
……いや、呪文に合わせていちいちポージングされると、もの凄く気になるからはっきり言って止めてほしい。が、呪文を中断させるわけにはいかないから言えないのが辛い。怪訝な視線を向けられる程度なのがどれほど無害なのか、こんな形で知ることになるとは思わなかったわ。
そんなことを思いながらも私は呪文を唱え続けていくと、それに合わせて彼を囲んでいる円が光り始め、その光が徐々に強くなっていき、一際眩しく閃いたかと思ったらそこに彼の姿はもうなかった。
「オッケー、これで完了ね」
彼の姿がなくなったことを確認し、私は一息つくとそう呟いた。
「ご苦労様です。それで、具体的にはどのような世界に転生させたのですか?」
助手がそう聞いてきた。どうやら今回も私の選んだ世界にはどこかしら裏があると思っているらしいわね。
「今回は言葉通りの世界よ。例えると……平和になったスパルタな感じ?」
「その説明の時点で言葉通りとは思えないのですが」
「確かに、スパルタの時代辺りまで文明のレベルは下がっているけどね。そもそも異世界への転生っていうのは、今いる世界よりもいくらか文明レベルが低い世界に送るのがセオリーなのよ。下手にそういうのが高い世界に転生させると、そこでの勝手が分からないままにとんでもないことをしでかす可能性が高いのよね」
特に科学文明が先行している世界では高確率で転生した人はしくじる。一方、なぜか魔法文明ではそういう失敗が滅多に起こらないのが不思議といえば不思議ではある。
「そんな世界に転生させたことで問題があるとすれば、本気で命をかけて鍛えている本物のマッスル達を相手に、平和に慣れすぎているこの国で鍛えたような筋肉がどこまで通じるかってところよね。ま、さすがによほどのことをしでかさなければ命まで取られる様な世界じゃないから、送ったこっちとしても余計なことに気を回さないで済むのが楽でいいんだけどね」