Act.3-03
「わたくしのことを忘れてしまっても、あなたは昔のあなたのままです。優しいのに、本当に不器用で……」
「見た目は?」
頭で考えるよりも先に、遥人はごく自然に訊ねていた。
トキネは相変わらず、微笑みを浮かべている。
「そうですね……、見た目も似ていらっしゃいます。ですが、少し違いはあります。以前のあなたは精悍なお姿でしたから」
トキネに悪気は全くないのだろう。
だが、これではまるで、遥人が痩せっぽちで貧弱な男みたいだと言われているような気がしてならない。
トキネの言う昔の〈自分〉に、何となく劣等感を覚える。
生まれ変わりとか、そんなものには興味がなかったはずなのに、昔の〈自分〉ではなく、今の〈自分〉をトキネに見てほしいと思ってしまう。
「今の俺じゃ不満?」
つい、本音が口を突いた。
遥人は、しまった、と思ったが、一度出てしまった言葉は元に戻せるはずがない。
トキネは呆気に取られたように目をパチクリさせる。
だが、それも一瞬のことで、着物の袖で口元を押さえ、鈴を転がしたように軽やかに笑った。
「不満なんてございませんわ」
トキネは続ける。
「どんな姿であろうと、あなたはあなたですもの。それに、先ほども申したではございませんか。変わっていない、って」
「けど、昔の俺はもっと逞しかったんだろ?」
「当然ですわ。昔のあなたはとても活発で、あちらこちら駆け巡っていたのですから。
それにしても、どうしてそんなに昔のあなたに拘るのですか?」
不思議そうに訊ねられた遥人は、「拘ってるのはトキネじゃねえか?」と言おうとしたが、やめた。
こうして話しているうちに分かってきた。
トキネは無垢だ。
無垢だからこそ、周りを静かに追い詰め、傷付けていたのではないだろうか。
(悪気がねえからこそよけいに残酷だ……)
至って冷静に遥人は考える。
そして、やはり自分はトキネにからかわれているだけじゃないかと、疑いを持ってしまう。
気付くと、辺りは完全に夜へと姿を変えていた。
八分咲きの薄紅色の桜は暗闇の中でほんのりと色付き、緩やかな風に煽られ、花びらがひらりと舞う。
「――まだ、想い出して下さいませんか?」
クスクスと笑い続けていたトキネが、真顔になって遥人を真っ直ぐに見据えてきた。
トキネにまともに見つめられ、遥人は内心うろたえる。
だが、自分の〈過去〉の記憶は全く想い出せないから、ゆっくりと首を縦に動かした。
「そう、ですよね……」
トキネの表情に翳りが差した。
考えるまでもなく、遥人の記憶が戻っていないことなど分かっていたはずだ。
それでも、確認せずにはいられなかったのだろう。
「もう少しだけ、時間をくれないか……?」
そう答えるのが精いっぱいだった。
遥人の思った通り、トキネは少し哀しげに笑みを浮かべる。
「ええ……」
短く答えると、遥人から視線を外し、桜の木を仰いだ。




