表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

Act.3-01

 翌日も前日と同じぐらいの時間に上がった。


 遥人は真っ直ぐ家に帰ろうと思ったが、やはり、昨日の少女のことが気になってしまい、空き地の前で足を止めた。

 昨日と同様、まるで遥人を手招きするかのように、フワリと香りが漂ってくる。


(ここで逃げたら祟られる、絶対……)


 うんざりとばかりに、遥人はガックリと項垂れる。

 分かってはいたが、逃げることはどうあっても許されないらしい。


「俺の何がいいんだかねえ……」


 ブツブツとぼやきながらも空き地に足を踏み入れ、桜の木へと向かう辺り、遥人は年に似合わず素直な性格をしている。

 さり気なく少女に振り回されている、という表現も正しいが。


 幽霊の少女は、満開を迎える桜を仰ぎ見ていた。

 だが、遥人が側まで近付くと、肩越しに遥人を振り返って口元を綻ばせた。


「約束、守って下さったのですね?」


「まあ、俺は嘘吐くのは好きじゃねえし……」


 祟られなくないから、とはさすがに言えるはずがない。


「桜、見てたのか?」


 話題が見付けられず、つい、当たり前な質問をしてしまった。

 だが、少女は遥人が話しかけてくれたのが嬉しかったのか、先ほどにも増して、「ええ」とニッコリ頷く。


「わたくしはずっと、この桜と共におりましたから。花の季節はもちろん、青々と茂る季節も、紅く色付く季節も、白雪に覆われる季節も、いつも……」


 そこまで言うと、少女はゆっくりと瞼を閉じ、幹に頬を寄せる。


「こうしていると、少しは淋しい気持ちが紛れるのですよ。時を重ねるごとに〈待つ〉ことに慣れてきましたが、それでもひとりは孤独で心細かった……。でも、わたくしにはここ以外に行き場所がないから、ただ、あなたが現れて下さるのを信じ続けるしかなかったのです……」


 訥々と語る少女の頬に、遥人は光るものを見た。

 それは、伏せられた瞳から止めどなく零れ落ち、少女の顔を濡らしてゆく。


 遥人の胸に、微かな痛みを覚えた。

 少女が勝手に泣いている、と捉えられなくもない。

 しかし、少女は遥人を想って涙を流し続けている。


 遥人は、桜に寄り添う少女を背中越しに抱き締めた。

 自分でも、何故、少女を抱きたいと思ったかは分からない。

 だが、これで少しは、ずっと抱え続けてきた少女の孤独を癒せるのでは、などと都合の良いことを考えた。


 遥人に包まれた瞬間、少女の身体がピクリと反応した。

 突き放されるかと不安になったが、そんなことはなく、むしろ、遥人に自らの身体を預けてくる。


 頬を触れられた時も思ったが、身体も温かさを感じない。

 そして、あまりにも小さくて、腕の力を籠めると、遥人の中で粉々に砕けてしまいそうだ。


「――憶えていらっしゃらないでしょうね」


 周りの風音にかき消されそうな囁き声で、少女がゆったりと口を開いた。


「あなたは昔、私をその力強い腕で抱き締めて下さったのです、今と同じように。あの頃のことは、はっきりと想い出せます」


 少女は身じろぎした。

 もしかしたら、苦しくなったのだろうかと思って、遥人は腕の力を弱めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ