【第4話】外の世界
明けましておめでとうございます。
とっても久しぶりにこちらを更新します。
公爵様と歩行訓練に始まり、行動に不都合のないようになるまでの訓練をいたしまして丸一週間の時間が過ぎました。
もちろん今では着替えの手伝いも入浴のお世話も普通にこなせるようになったと思います。何ができていて、どこまで出来れば公爵様に相応しいのかまでは判りませんが、公爵様は私のできることが増えて行くことをとにかく喜んでくださいますし、外で食事をするために相応しいテーブルマナーなども完璧だと合格を頂きました。
一日の行動はこうです。
朝に目が覚めますと公爵様の寝顔を拝見しながら起床されるのを待ちます。
この時間が私の一日の中では、二番目に大事な時間です。
公爵様がお目覚めになった後は、寝間着を普段着に着替えられますのでそのお手伝いをします。
公爵様が私の着替えを手伝ってくださるのはご遠慮申し上げたのですが、断固とした反対にあいまして、必要な事なのだとお約束をさせられてしまいました。
世の中の御婦人方もそうなのでしょうか。
着替えが済みますと絶妙なタイミングでミームさんが朝食の準備を始められ、私たちは二人で朝食を頂くのです。
外のパリッとした真っ白なフワフワのパンと、厚切りのベーコンを焼いたもの。半熟に茹で上げられた卵か、黄身の盛り上がりの美しい目玉焼き。
新鮮な生野菜のサラダか、サッと湯にくぐらせた温野菜をメインにした穀物の茹でたモノや蒸かした物を添えた温サラダ。
香辛料やハーブのふんだんに使われた腸詰が定番のメニューとなっています。
バリエーションに変化が無いのは食べる時間に変化が出ずに、いつも一定の時間で食べ切ることができ、お仕事に出掛けられる前の慌ただしい時間に規則正しくできる秘訣なのだと教えていただきました。
その後に私の体機能を取り戻す訓練をするのではなく、街の事や国の事、読み書きや計算について習ったりするのです。国の事や読み書きに関しては教えていただいたことを覚えるよりなかったのですが、計算についてはなぜか消えずに残っている記憶がサポートしてくれるのです。
かなり高度な計算であっても少しお時間を頂ければ答えを導くことができ、公爵様に驚かれました。
また、錬金や魔導についても見方の違う知識で理解が進み、一般的に周知されている魔法理論とは違う知識が助けとなってくれました。
「科学・機械工学・物理学」などと言う学問に基づいた知識が私にはあり、公爵様に聞かせていただく魔法や魔導技術を別の観点から理解していました。
半刻ごとに小休止を挟み、立ちあがって背伸びをしたり、背中を伸ばしたりします。
公爵様も同じようにされて、気分を入れ替えます。
椅子に掛けたり立ち上がったりを繰り返すとまた、これも身体機能回復になるそうです。
午前中はいつもこうして公爵様と学問に中てています。
お昼も最近は摘まむモノだけではなくて、麺料理だったり焼き物(バーベキューとか串焼きだそうです)だったりと、会食で食べるテーブルマナーのしっかりした種類とは違う「庶民的」な食事の食べ方を練習したりもします。
公爵様のお話では外で簡単に食事をすることの方が多いので、こんな昼食に慣れておくのも大事なんだそうです。
私はこちらの方が美味しいと思います。
午後からは体を動かすことに専念します。
「ハッ!」
「おほ!、随分いいぞ!」
「やっ!!」
腰を低く落として公爵様の脇腹を狙い拳を見舞います。
公爵様は片手で私の拳を止めて突き放すように。私は一度背中を見せて、横から殴りつけるように裏拳を入れてみます。
それも肘を立てられ、がっしりと止められました。
すぐに距離を取ると足元に滑り込むように潜り、左足を掬い上げるように蹴ります。
「おお!上手いぞ。」
すでに組み手をできるほどに体が動きますが、公爵様を「参った」と言わせることはできません。
というより、私もいつかこんな格闘技を使う機会があるのでしょうか。
お屋敷で公爵様のお帰りを待ってて、身の回りのお世話をしたり夜の伽を喜んでいただけたりするのだと思っていたのです。
公爵様の妻になるのですから、他の貴族様方と上手くお付き合いができたり社交の場で恥をかかせないようにするのだと。
それとも万が一の時にどこのご婦人も自分の身を守る術を持っているのかもしれませんね。
四半刻もこうして組み手を続けると息が上がります。
公爵様は息一つ乱さずに私の相手をされますが、私はそうも参りません。
公爵様の「休憩!」の一言で倒れ込むように私が膝を着きます。毛足の長い絨毯に両手をついて肩で息をしていますと公爵様がやってこられ、私を抱き上げてしまいます。
これはこれで心臓が跳ねて更に息苦しくなるのですが、ソファーに連れて行っていただけるのはいつも嬉しいです。
魔導器具で冷やされた水を公爵様がご準備くださって、私にグラスを差し出されるのです。逆です!私が公爵様にタオルを渡して汗を拭っていただき、そのタオルを受け取ってクンカクンカするんです。したかったです!
そして、冷えたお飲み物を準備して差し上げてお礼を言っていただくはずでしたのに、息の上がった私が介抱されて、タオルで額から流れる汗を拭ってもらっています。
これはこれで甘えられてとてもいい感じなのですが、いえ、とても嬉しいのですが、運動に向いたという上着とズボンが重くなるほどに汗をかいてしまいまして、公爵様に不快な臭いがしていないか心配です。
「あの、私、運動が激しくてたくさんの汗が出てしまいました。公爵様に失礼にならないように湯浴みして参りたいと思うのですが。」
「ん?ああ、いいともそうするのがいいだろう。」
ミームさんが公爵様の汗を拭ったタオルや私の汗を拭いたタオルを回収していかれ、お部屋に二人きりになると余計に私の汗が匂っていないか気になります。
「では、失礼して汗を流してまいります。」
「ああ、では参ろう。」
あれ?参ろう?ですか??
「ひゃぁ!?」
え?私が湯浴みを・・・なんで抱いていただいて?
二人で仲良くお風呂に入りました。洗いっこも出来ましたし、髪を洗ってもらいました。
楽しかったです。
これが私の一日の中で一番大事な時間なんです。
日が傾くころに公爵様が部屋から出て行かれ、10分ほどで戻ってこられました。
10日ぶりくらいでしょうか。公爵様はそれほどに長く私と一緒に居てくださり、その間に一度もこの部屋から出られなかったのです。
私がこのお屋敷に来てから一度も部屋からお出にはなられず、私の身体機能回復と学習にのみ時間を費やされ、一切の公務や私事都合をなさいませんでした。
これはこれで私でさえも心配になりますし、それを伺っても心配ないとしか仰られませんでした。
こうして私がそれなりに動けるようになり、格闘戦まで習う事ができるようになった今日、公爵様が初めて部屋をお出になられたのです。
どのくらい留守にされるのかと伺えばよかったのですが、すぐに戻るよ。そう言われましたので部屋の片づけなどをしながら待っていたのですが、本当にすぐに戻られました。
「シャルロッテ、これから屋敷の者に会わせる。一緒においで。」
「はい。ご一緒いたします。ですが、この服装で構わないのですか?」
私の今の姿は湯浴みも済んでナイトドレスと言いますか、夜着に近い格好です。
長らくお会いしたかったこのお屋敷の方々に、こんな迂闊な衣装では公爵様のお立場を悪くされるのではないかと思ったのです。
「ん?、そうであった。シャルロッテには言っておらなんだが、この屋敷にその様な事を気にするような者はおらんよ。」
気安い方が多いのですか?そう思うのです。
公爵様と一緒にミームさんもやって来られ、私の羽織るカーデガンを用意してくださいました。
「ありがとうございます。みなさん夕食はお済ですか?」
ミームさんにそう伺ったのですが、首を傾げられるばかりでお返事はいただけませんでした。
「シャルロッテ、私の肘を取りなさい。」
公爵様は右の脇を開けられ、肘に私の手を導きます。
私は公爵様の右隣に立ち、左手で公爵様の右肘に手を添えるような形となります。
正式な男性のパートナーが女性をエスコートされるスタイルですね。
正装でもなければヒールも履いていません。踵の低いパンプスで良かったのでしょうか?
ミームさんが部屋の扉を開いてくださって、公爵様と共に自分の足で初めての外の世界へと踏み出したのです。
廊下は艶やかに磨き込まれた石で出来ていまして、公爵様の靴の音と私の靴の音。ミームさんの履き易そうな仕事靴の音だけが響きます。
二階の奥まった場所にありましたから、階下へ降りるための階段までも結構な距離があります。ゆっくりと歩き、少し鼓動の高鳴りさえ感じるのですが、公爵様が隣に居てくださいますし、心配することなどきっとありません。
「気を付けるのだぞ。」
階段を降りる一歩目を気を付けるように仰られ、私の手をちゃんと取って支えてくださいます。
階段には滑り止めも施されているので、安心して降りることができます。
公爵様のペースに合わせてゆっくりと降ります。そのまま玄関手前のゲストホールまで歩いてきましたが、人の気配がありません。
初めてここに来た時にはあれだけの方たちが玄関まで公爵様を迎えに出てこられていましたが、一階に降りて人の気配のないことに気が付きました。
不意に訪れる不安に思わず後ろを振り返ると、そこには音もなくついてこられるミームさんがいらっしゃいますが、ミームさんからも人の気配がない事に今初めて気が付きました。
なんだか周囲を包み込む息苦しさを感じながら、公爵様の手を取って進む今の様子が表現のしようのない仮想現実を体験させられているようにも思うのです。
ゲスト用のホールまでたどり着きますと、公爵様が一旦足を止められ、ミームさんが扉を奥へと押し開きます。
私にある知識によればこうしたお屋敷の扉は須らく手前に引いて開ける構造のハズなのですが、このお屋敷の扉はどうやら外から押して入るようにできているみたいです。
そして見ました。広い部屋に整列して私たちを待っているメイドさん、家令の皆さま。執事の方々が微動だにせずに直立の姿勢で私たちの入室を待っている姿を。
でも、そこに生きている人の気配は全くなかったのです。
公爵様が再び歩き出され、私を伴ったまま皆様の前に歩んでいかれます。
ミームさんは扉を閉じてからメイドさん方の列の端の方、最後列に並ばれます。
皆さんを見渡せる場所まで歩み、公爵様が正面を向かれます。
私もそれに習って皆さんの方に向き直りました。
「シャルロッテが日常生活に不都合のないまでになった。これから私の伴侶としてこの屋敷で生活することになるが、皆の者にも紹介しておこうと思う。
シャルロッテは皆と違い、悠久の時間を私の伴侶として暮らすことのできるプセウドだ。平穏な時も、乱世の時も、この者は私の隣に立ち続ける私の半身である。
皆はこれまで通りにしてくれて構わないが、シャルロッテには最大の便宜を図るのだ。
よろしく頼んだぞ。」
公爵様のお話が済むと全員が頭を下げた。
一糸乱れぬその姿に気味の悪ささえ感じたのですが、口を開く者は誰もいませんでした。それで用が済んだとばかりにそれぞれが自由解散となり、奥側から出て行ってしまいました。
「こ、公爵様?このお屋敷の皆さんは?」
ホールのような広さの部屋の中に今は公爵様とその隣に私。いつの間にか私たちの背後に控えているミームさん。この三人しか居なくなっています。
薄ら寒ささえ感じる今の時間をどう解釈したらいいのでしょう。
「今ここに居た者たちがこの屋敷に居る全員だ。そして、全員がプセウドなんだよ。」
「え?」
仰る意味は分かります。あれだけ気配のない人たちが生身であるハズがありません。
それにしてもプセウドとは言え、私のように自ら思考し、判断をする。そうであれば何某かの反応があって然るべきだと思うのです。
ですが、先ほどここにいらっしゃった皆さんは感情の欠落したような表情の上、公爵様の言葉に反応もしませんでした。
「納得のいかないと言った表情だな。」
「と言いますか、皆さん本当にプセウドなのですか?」
どうにも考えがまとまりません。
コミュニケーションが欠落しているように見えて、連携して行動しているようにさえも見えなかったのです。ですが、それではお屋敷の維持・管理もできないでしょう。
そう思えばいったいどうなっているのかと思わずにはいられないではないですか。
「シャルロッテは第8世代のプセウドとして、現代では最新鋭の技術で生まれたプセウドだよ。
正確には第8世代初のプセウドがシャルロッテで、今後シャルロッテ以上のプセウドは現れない。」
私の疑問の答えになってはいませんが、公爵様のお言葉は、それはそれで衝撃的な言葉でありました。
「私以上?現れない?」
「今ここに居た者たちは第2世代から第4世代までの古いプセウド達ばかりだ。第2世代はまだ会話機能が実装されておらず、日常の生活を助ける機能しかないのだよ。
第3世代でも会話はムリだ。人工知能の容量の問題で自ら思考し、回答をするような機能までには至っていないのだ。
一部の第4世代の者たちで漸く事実報告が出来る程度になっては居るが、お前と一緒のようにはいかん。
そうしたプセウド達をここに集めているのだ。そうしなければあの者たちは廃棄され、生きることさえできなくなるのでな。」
どういうこと?あの人たちは喋ることができなくて、その機能が無い。
廃棄されるところだった?なぜ?
グルグルと思考が回転して気分がすぐれない。
公爵様は私の腰を抱きかかえておられ、倒れることは無かったが自分で自分の体を制御できそうになかった。
額を伝う冷たい汗が早鐘を打つ鼓動を感じさせ、息が苦しくなってくる。
ミームさんが片づけてあったテーブルや椅子の中から重そうな椅子二脚を持ってきてくれて、公爵様は私を掛けさせた。
隣に椅子を並べ、公爵様も私を支えたままで腰を下ろされた。
「聞け。お前たちプセウドはまるで生きている人のように振る舞って私たちの生活をより豊かにしてくれているのだが、日進月歩の進歩があるからこそ今があるのだ。
プセウドが世に出てまだそれほどの時間は経っておらぬが、シャルロッテほどのプセウドが生まれる前にもたくさんの機能追加や成長があったのだ。そうであればその成長の礎となったプセウドも居たであろう?
新しいプセウドが生まれれば、古くなるプセウドも居るという事だ。
だが、その者たちが古いからと要らない者の様に言われるのは違うと私は信じておる。」
耳から入る公爵様の言葉が脳に届かない。
「プセウドを求めて、手に入れた者たち全員が手元に置いたプセウドを最期の時まで使うと言う決まりはないのだ。
新しいモノを求める者がいてもそれは不思議ではない。
それ自身に罪はないのだ。だが、古いプセウドにだって生れて来たからには自分の最後までその役目を果たしたいと思うだろう。
ここに居てくれるプセウドはそのような境遇の者たちばかりだが、ここで暮らすことに喜びを見出してくれている。そしてより寿命の長い私のために尽してくれているのだよ。」
「あ!、あ?、うううう!、うう。」
「シャルロッテ!どうした?しっかりするのだ。」
オートフォーカス機能停止、AI機能不全発生、筋制御機能停止。アラート!レベル1アラーム発生。
ガクガクと痙攣をおこす私の体。思考が完全に無限ループに入ってる。
「私も、私も古くなったら要らなくなるのでしょうか!?」
叫びのように口を突いて出た言葉。
公爵様の双眸が大きく開かれた。
そして叱責の言葉。
「バカなことを言うな!ワシはシャルを手放しはしない。お前は俺の妻だ!見くびるな!!」
エマージェンシーストップ。
視界に夜の帳が降りるように目に入る景色が暗くなっていく。思考できなくなり、体が一切自由にならなくなった。
リブート、BIOSチェック、カーネルセットアップ、OSブート、ローディングデータ、『シャルロッテさん、あなたはご自分の公爵様を信じられないの?』、プリセットデータイニシャライズ、メモリ解放。
AUTOEXECバッチファイル起動。
『あなたを求めてくれるその男性は信じられるわ。愛されているのよ、私、羨ましい。』
コマンドライン完了。正常起動完了。レジストリクリア。
瞼を開いても目に入る灯りはなかった。
暗い部屋に居る見たくて状況が判らない。ベットに寝かされているようで、天井を見上げているらしかった。
「っ!」
首を巡らそうと左を向くとすぐ近くに公爵様がいらして、私の手を握り椅子に腰かけたまま居眠りをしていらっしゃるみたいだった。
この胸に湧き上がる罪悪感。私きっと公爵様に口にしてはいけないことを言って傷つけた。古い世代のプセウドをわざわざ保護していらして、彼女たちを最後まで面倒見ていると言われていた。
それなのに、新しいプセウドを買ったからと言って捨てる人も居ると。私もそうなるのかと考えたとたんにおかしくなった。
「嫌だ!捨てられたくない。」そんな考えが頭の中を占領してしまったかのようだった。
だけど、公爵様はこうして私を介抱してくださり、ご自分は布団にも入らずに側に居てくださってる。
「ふえっ、エック、うっ、」
涙が出てきた。嗚咽が漏れる。公爵様を起こしてしまう。
そう思うのだが、涙が止まらない。
後悔が胸を締め付けるみたいだ。
「シャルロッテ、気が付いたか。すまなかったな。」
小さな声で話しかける公爵様の声は優しかった。
「すみません。あんなことを言うつもりじゃなかったんです。」
私の髪を撫でるように大きな手を何度も何度も頭に置かれる。
「聞いてくれ。あの者たちは確かに可哀想かもしれん。しかしな、この屋敷に来てからは毎日同じことしか出来なくてもそれを嫌がりもせずにやってくれている。
そうでない者は少しずつ色々なことに対応してくれているし、互いに面倒を見ている。そうしながらちゃんと生きてるんだ。
そうした者たちにもそれを続ける権利があって、明日も生きていく権利だってあるハズだ。
私は彼女たちの面倒を最後まで見るだけの命の長さがあるから、付き合ってやろうと決めているんだ。
だがな、最期の時を迎える彼女たちを看取るのは辛いモノもある。
長い寿命を与えられたプセウドでさえも私を置いて亡くなってしまうのだ。
第7世代の現在最新と言われるプセウドもきっと私を置いていくだろう。それはもう、耐えられなかったんだ。そしてプセウドは第7世代を超えて進化することはない。」
「ですが、私は第8世代だと・・・」
「ああ、そうだ。シャルロッテは第8世代のプセウドだ。しかし、この世にそんなプセウドは存在していないんだ。」
「・・・」
「お前は私と同じで生きているんだよ。」
生きている?ある意味、公爵様の仰られる通り私たちは生きている。
でも、今の公爵様のお話は違うような気がしました。
「第7世代のプセウドは自立した考えを持ち、自分で考えて自分で行動することも出来る。人と同じように食事をして睡眠をとるよ。自然な会話もできるし、主人が死ぬまでその暮らしの助けとなるだろう。」
「それは・・・私と同じではないのでしょうか?」
私も同じようにできるし、そうするつもりだったから私も第7世代のプセウドと同じなのではないだろうか。
「そうだな。そう言うところだけ見ればシャルロッテも第7世代のプセウド達と変わらないかもしれない。
我が家に来てもらった時に言ったとおりに私と契ることで特別に長い寿命を持つくらいしか変わらないかもしれないな。」
「契る」と聞いたところで顔が染まってしまうのを実感する。まだその様な関係にはありませんが、いずれ求められ私を愛してくださるのでしょうか。
特別に長くご一緒させていただけることはとても嬉しい事ですし、それが第8世代のプセウドの特徴なのでしょうか。
「どこの家庭でもだがな、夫が妻を娶って夫婦の形を成したなら次はどうなるだろうか?」
私に外の世界のことはまだ良く判りません。
それが普通のことだと言うのであれば、夫婦になると次のステップがあるのですね。
『次は赤ちゃんが生まれるんですよ。』
「え!?」
「どうしたのだ?」
「い、いえ、申し訳ありません。夫婦が一緒に暮らすと子を成しますか?」
「そうだ。私がこれからの長い時間を過ごすにあたって他の人と同じように暮らしたいと思ったとして、それはいけないことなのだろうか。」
どういうことなのだろう。
公爵と言うお立場であれば、1000歳を超えていらっしゃるとは言ってもまだお若い容貌ですから、どちらかの姫を輿入れさせることだってできたでしょう。
ただ、先に老いて行かれるからと避けておいでだったと伺いましたが、子を成して世代を残していくとこはできたと思うのですが。
「どちらの姫様も公爵様であれば輿入れも喜ばれるのではないでしょうか?そして次代を残されてこちらのお屋敷が続いて行くと思うのです。」
公爵様はそんなものはもう考えた。そう仰られ、黙り込む。
長い時間そのままにされて、部屋が暗いせいか公爵様の表情を読み取ることはできませんでした。
「シャルロッテ、そうして妻を得たとして私より早く妻は亡くなるだろう。私の子を成していてくれてもその子も私より先に亡くなってしまうんだ。
その次の世代が居てくれてもまた、私より先に逝くんだよ。そんなことが絶えられると思うかね?プセウドが私を置いて亡くなるのさえ耐えられないことだと言うのに。」
私の手を取ったまま、暗い部屋の中で嗚咽を漏らすように小さな声でそう訴えられる公爵様の手に力が籠められた。
心の中を鷲掴みにされたような気持がした。
飛び起きるように私は跳ね起きて、公爵様を抱きしめることしかできなかった。
安易に提案した私の心無い言葉にきっと傷つかれたのだろうか。そうだとしたら大変な失礼な事をしてしまった。
本来ならば謝罪を述べ、不躾を許していただかなければならないのだろうが私は今はそうではなく、孤独に震えるこの男性を支えなければいけないのだと心のどこかで理解していた。
公爵様は私を掻き抱くようにし、私の胸で何かを堪えるようにしていらした。
大きな体が余程小さく感じられた。
この方を私などがこうして包むようにしていられるのは、ひとえに公爵様が私を求めてくれたからこそだと思うし、私に何が出来るのかこれから時間をかけて理解していかなければならないのだろう。
「だからこそのシャルロッテなのだよ。頼むから私を一人にしないでおくれ。」
私の胸の中で訴えられる公爵様はひな鳥のような儚さをしておられた。
あんなにも自信にあふれ、堂々とした公爵様は今、想像さえつかないほどに傷つき、畏れ、震える様子はこちらが焦りを覚えるほどなんですから。
「公爵様、私は公爵様さえ居ていただければこの命が無くなるまで支えて見せます。公爵様が生めと仰るならば何としても公爵様の世継ぎを授かって見せますから、どうか、どうか気を確かにしてください。」
出来るわけない。
プセウドが子を産むなんて。
でも、今はそう言うしかなかった。
公爵様は私の手を慈しむように、両手で包む様にされて、ご自身を支える唯一だとでもお考えなのか怯えるような目で私を見つめられる。
「そうか、シャルロッテは判ってくれるか。それでこそ私のシャルロッテだよ。立派な子を産んでくれるな。」
「はい?」
「それが出来るのはシャルロッテだけなんだ。私と共に長大な時間を生きてくれて、私の子を成すことができる。特別なお前だけが私の拠り所なんだ。
ありがとう。ありがとうな、私の願いを叶えてくれるのはお前しかいないんだよ。シャルロッテ、ありがとう。」
「ええ!?」
公爵様は私との間に子を望んでおられる。
ただそれを聞けば幸せなことなんでしょうけれど、私プセウドなのに?
でも公爵様はハッキリと仰った。「産んでくれるな。」と。
え?
私、子供を産めるの?
『いいわねぇ。』
え?誰!?
またいつか続きを行進することをお約束します。
案外早いかもしれませんけど。