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【第3話】シャルロッテという人形

こちらの更新ができました。

ご一読下さったら嬉しいです。

 「公爵様?それは本気で仰られているのでしょうか?」

 「当たり前だ。なぜ私が魔導技術師殿に冗談を言う必要がある。」

 「いや、だってですよ?歳を取らないプセウドですよ。公爵様も十分ご存知の事とは存じますが、プセウドは人工の生命体です。

 骨格や肉体の全てが人造の組織で出来ておりますので、確かに一見して我々と区別のつくようなことはありません。

 それこそ成長も老化もありませんから、ある意味では歳を取ることもありませんし、見た目が悪くなることもないでしょう。

 しかし、それも許された期間内の事です。

 人が80年ほどで老化によって生きられなくなるのと同じように、プセウドの体組織も150年ほどで新陳代謝ができなくなります。これは生きている者もそうでない物も等しく負った宿命とも言うモノです。

 岩が風化して砂になるように。鉄が錆びて土に還るようにですね、人間も心の臓が疲れて働きを止めてしまうのです。

 プセウドの高機能循環ポンプでも150年が限界なのですよ。」

 「判っているよ。それでも私には1000年を超える寿命を持つプセウドが必要なのだ。

 そなたであればそれが出来るのではないのか?」


 実はこの世界の科学や工学はひとしきりの栄華を極め、様々な分野で頂点ともいえる文明を修めている。

 その次に魔道、つまりは魔法学がおこされ、研究が進むにつれて錬金術のような分野が発達していく。と、同時に純粋な魔術も研究されていき、「魔導技術師」のような錬金術師と、魔術で物理現象に干渉を行い、火の弾を飛ばしたり風で敵を薙ぎ払う。土の壁を作ったり暗闇に光を灯したりと言う行いをする「魔法使い」が現れ始めた。

 二極化した魔道は科学や化学、機械工学に遺伝工学などを融合させつつ、人々の暮らしを便利にしたり、戦争をより高度にしたりしながら発展を続けている。

 ただ、内燃機関だけが開発されず、未だにそれは研究の途中と言ったところであり、近代化が進んだこの世界にあって自動車や発電機、飛行機などが存在しない何とも歪な世界であった。

 永久機関という概念が無く、「○○し続ける」と言う概念、思想と言った物が無かったからか、光り続ける街灯があっても、水の流れの中に水車があって回り続けていても、繰り返し燃焼するとか、圧縮を続けるとか言う発想そのものが誰にもなかったのである。

 魔法使いは事象改変を想像し、それぞれの属性を生かした効果を発現させる。

 魔導技術師は錬金術を用いて化学変化をつかさどったり、医学分野を発展させたりしたし、機械工学も高度に発達したおかげで人造生命体を創造するに至った。

 まるで神の技のように生まれる人造生命体はいずれ人の姿を持つようになり、人の心臓の代わりに得た高機能循環ポンプで送り出される血の代わりの霊液をポンプの冷却のために体内に巡らせ、体表で熱交換を行わせる。

 これによって体内で生成される熱を体外へ放出して、高機能循環ポンプの過熱を防いでいる。結果的にそうして熱を逃がすことで、あたかも人のような体温を持つ体を得ているのである。

 ポンプは霊液を循環させ、ポンプ自身の熱を体外へ逃がすと同時に、回転軸の反対側に備えている発電装置を回して人工の筋繊維を収縮させたり、人工人格を司る記憶野を働かせている。

 人の脳と呼べるこの「記憶野」を作れるかどうかで魔導技術師と呼ぶかどうかが決まるわけだが、その製造方法は全く公開されておらず、師となる者から弟子となる者だけに伝えられる一子相伝ともいえる秘奥義と言われている。

 これができない者はプセウドの体を作ることができても、最終的に自律した個体を創造することはできずに「錬金術師」と呼ばれるに留まるのだ。

 不透明な技術を駆使し、個性や人格を持ち、自ら考え、行動する。そんな人造生命体、特に人型のモノを「Pseudohumanプセウドヒューマン」と呼ぶのである。


 「それは私に禁忌を犯せと言う事でしょうか?」

 「やはり。そなたの様な高名な魔導技術師でもその方法しかないのか。」

 明らかな落胆と共に肩を落とした公爵であったが、人工の生命さえも創造することが禁忌でなくてどのような禁忌があると言うのだろうか。


 今からほぼ1200年前、魔法工学が頂点を極めようとした時にその「禁忌」が起こった。

 自然工学と錬金術が近づいて四大属性魔法が花開いた時期と言うタイミング。

 これらと親和性の高い呪文が見いだされ、体系的にまとめられていくと同時に、簡易的に魔法を発動したり、罠のように魔法を魔法使いと離れた場所に設置して発動させたりと、様々な工夫も始まった。

 戦に明け暮れた時代でもあり、戦術的に意味のある魔法が優先的に研究され、開発されていく。そのうちにそれもエスカレートし、戦略級の破壊力を秘めたモノまで登場し始めるのは必然ともいえる出来事だった。

 大規模殲滅魔法も敵対する国同士が相手軍を一人残らずに亡き者にするために振るわれ、戦術的にも戦略的にも知能戦が繰り広げられた。

 次第に巧妙になっていく罠や、知略を凝らした情報戦なども行われたし、奇策も色々と考えられた。

 敵の背後をつくように大規模な軍隊を送り込めたら?

 当然誰かがいつかは考えることだが、その手段はこれまでは無かった。

 遅行式あるいは時限式の魔法をどうやって罠として設置しているか?

 小さなものは石ころや樹木の幹に絵の具や白墨チョークなどで。大きなものは地面に直接彫り込んで描き、隠ぺいする。

 「魔法陣」だ。

 全てが円周上に描かれ、呪文文言じゅもんもんごんを図式化して円の中心から外縁部にまで意味のある段落のように何段かに分けて対象や時期、規模に魔法の種類などが一見して悟られないように模様となっている。

 口頭魔法と異なり、描き切ってからようやく魔法を発動できる状態になるため、開発されてから数年だけ流行のように用いられたが、とにかく時間がかかることがデメリットとなる。

 木札や葉っぱに書く対人地雷の様な規模のモノで15分ほど掛かる上に、部隊を全滅させるような物になると直径で20mを越える円になり、完成までに丸一日以上の時間がかかるのだ。

 単純に攻撃魔法として使用するならば規模を問わずに口頭魔法、すなわち呪文を唱えて発動する方が余程効率がいいのだ。

 ただ、口頭魔法との圧倒的な違いは必要とする魔力量の差。呪文を唱える口頭魔法の場合は発動する魔法の規模に応じた魔力量が発動と同時に体内から失われ、規模に見合った魔力量を有しなかったり、多発したために魔力を枯渇させると気を失ったりする。

 これに対して魔法陣はイニシャルコストがほぼゼロ。マッチに火をつけるくらいの魔法量さえあれば発動する。

 手間暇を掛けなければならないが、圧倒的なコストメリットがあるからこそ細々とでも受け継がれて来たらしい。

 先の様な敵の後背を突こうとした作戦が立案されて、それを成功させるためにと開発されたのが「転移/召喚」の魔法陣だった。

 転移と召喚がセットになっているわけは、どちらも一緒という不思議があるためだ。

 何ともいい加減なと思える話だが、描かれる紋様が全く一緒なために区別なく呼ばれているのである。

 使い分けは簡単で、セットで使用すれば転移。単独で使用すれば召喚。こんな使い方となる。

 となれば敵の後背に味方兵を送り込むとすると、向こう側にも魔法陣が必要になる。

 なので当然ながら予め戦場を予測し、事前に魔法陣を準備することになるのだ。

 それだけの労力を費やして、敵軍を準備の整った戦場へと誘導する。

 苦心の末に編み出された「転移/召喚」の魔法陣であったが、召喚だけは試されたことが一度しかなかった。

 試した魔術師が召喚した魔獣に喰われてしまい、その魔獣を討つために大変な犠牲を払ったからであった。

 魔術師の技量によって召喚される魔獣や魔物が異なり、その召喚獣を制御できなかったからだ。

 これは軍でも大問題となり、ひとまず召喚は使用禁止とされた。

 それでも時にはペアとなる魔法陣が乱れ、単独で発動してしまい、制御できない魔物を呼び込んでしまう事もあったと言う。

 便利さと引き換えにリスクも抱えた訳である。

 そして、いよいよ大規模な部隊を敵陣に送り込む算段を整え、3000を超える兵が転移を待った。

 昨日から続いた戦闘を一見こちらが不利に見えるように計らいながら、部隊の後退を続け、二つの魔法陣の間に敵の本隊を誘い込むことに成功した。

 作戦士官から合図が出され、こちら側の魔法陣に魔力が流される。

 同時に向こう側の魔法陣が同期して光り出し、こちらから僅か数秒で3000人の兵士と騎馬兵が消えた。

 その時、ほんの些細なことではあったのだが、おびき出した敵軍の兵士の数が先に行った前線偵察の時より500人程も多かったのだろう。

 それが原因で背後の魔法陣のすぐ近くにも敵兵が居たのだった。

 その敵兵数人が自らの足で偶然にも魔法陣を踏んで乱した。鉄と鉄が激しくこすりあわされたような激しい音が鳴り、実体化しようとしていた3000人にも登る兵士の体が引き裂かれたのだ。

 振り返った敵兵の目前で肉が弾け、引き千切られるような惨劇が発生し、血の海が出来上がった。

 同時に送り込んだ側の魔法陣が単独になってしまい、巨大な魔法陣の真ん中に突如としてドラゴンが召喚されてしまった。

 咆哮を上げるドラゴンが部隊の中央に突如として現れたことで、そこに残っていた迎撃部隊4500名がパニックに陥ったのだ。

 尾で払われ、ブレスで焼かれ、軍が崩壊するまでにどれほどの時間も必要なかったという。

 しかし、召喚されたドラゴンはそれで満足することもなく、目前の敵陣にも襲い掛かった。

 同じように食い荒らされ、焼かれ、戦の舞台となった砂で覆われた平原から生きた人間が居なくなってしまったのだ。

 大々的な魔法陣の使用がそれ以降禁止されたのだったが、それは戦場いくさばの事であって、研究の舞台ではまだ使用する者も多かった。

 そんなある時に決定的な出来事が起こった。

 異世界から人を召喚する魔術師が現れたのだ。

 その研究者はそれを狙って行ったという。

 それまでは召喚で魔法陣から現れる魔獣などは籠められた魔力などによって違う事は判っていたが、人間を呼び出せるとはだれも創造もしていなかった。

 しかし、研究の途にあって精力的に分析と実証を重ねたその魔術師は、理路整然とした理論に基づき選択的に召喚を成し得た。

 ただし、召喚された異世界からの人は見るも無残な死体となってはいたが。

 これが召喚したことによって死んでしまったのか、死んだ人を召喚したのかは定かではなく、いずれにしても亡くなった直後の死体が目の前に召喚されたのだった。

 こんなことがあって「転移/召喚」の魔法は禁忌とされ、未来永劫に渡って使用してはならない魔法陣となったのだった。


 魔導技術師が「禁忌」と言ったのには訳がある。

 一切の使用が禁止された召喚が行われた時、現れた死体はこの世界の人間ではなかった。

 検死が行われ、解剖された遺体は今まで生きていて、召喚の直前に事故か何かで死亡した人だという事が判った。

 これで魔術師が殺してしまったわけではないことが判ったのだが、その遺体を調べて分かったことがあった。

 「自己治癒能力」あるいは「自己再生能力」がある器官があったのだ。

 子孫繁栄の根本となる女性特有の器官。

 愛情のシルシを育み、10か月もの長きに渡って赤子を守り育てるための部屋。

 遺体は20歳前後と思われる女性だったが、その器官だけは死して尚再生を図ろうと活動を続けていたというのだ。

 それ以降により研究が進み、この世界の人間と役割や機能については全く変わらないその器官だけが特別な再生能力を持ち、脊髄で再生される血液と併せて人工生命の可能性を広げたという。


 「しばらく考えさせていただいて構いませんか?」

 「考えてみてくれると言うのか。他の手段があればなお良いのだが。」

 「はい。ちょっと調べたいこともありますので。」

 短い会話を交わして魔導技術師の工房を公爵が出て行った。

 1000年を超えて活動できるプセウド?骨格は何年でもつだろう。

 筋繊維と肉、表皮の部分、内臓器官か。これらは定期的な再生が避けられないだろう。それと高機能循環ポンプをどうするか。

 私はもう、創る気でいる。あの公爵が生涯使い続けられるプセウドを。

 記憶野のリフレッシュはどうする。伝達経路の材質は今のままでいいのか?

 過去に様々に試した全ての素材を再度吟味し始める。

 いままで誰も成し得ることなど叶わなかった究極のプセウドを作る。

 体表面の培養に取り掛かる。

 人体と似たような組織を錬金術で生成し、培養して使用する場合が多かったのだが、今回はその精度が桁違いに高い。ほぼ人体と変わらない組成となるが培養の過程で細胞の一つ一つに書き込む情報量を圧倒的に増やさなければならなかった。

 それは筋繊維でも肉に当たる組織でも同じで、特に内臓器官には嫌と言うほどの時間をかけさせられた。外部から供給される蛋白質たんぱくしつを元手に自己再生を促し、古い細胞を破棄して新しい細胞と置き換えて行く機能を通常のプセウドの60倍近い速度で行うような設定になった。

 何度計算し直してもそうしなければ時間とともに蓄えられて行くストレスが排除できなかったのだ。

 体内で生成されるアミノ酸を利用しながら省エネに気を使うと老化が止められない。

 だが、こんな勢いでエネルギーを浪費するようなプセウドとはどれだけ大食漢になるのかと心配にもなるな。常に口に食べ物を入れ続けなければならないかもしれない。

 骨格は稼働部位の摩耗さえ防ぐことができればいいのだが、従来の製法だと滑りの良い樹脂がこすれ合うような仕組みで100年以上トラブルなど出ないことが判っていると言ってそれで良いとはいかないだろう。

 その10倍の稼働時間を予定しているのだから。

 錬金の中でも特に金属の扱いに長けた同僚の協力を仰ぎ、超高硬度鋼でベアリングを幾種類か作ってもらい、これを関節の稼働方向に併せて組み付ける。

 人間の骨がバラバラで、筋や腱でつながれて支えられているのに対し、今回の骨格は殆どが幾つかのベアリングを軸を通してつなぎ合わせているのでこれまでにない骨格構造となってしまった。軽量化としなり、強度と軽快な可動を実現するために炭素繊維や高張力鋼を複雑に組み合わせたのだが、それだけしてどうにか重量のあるベアリングを散々に組み込んだ分を相殺することができた。

 ここからが重い部分になるのだが、高機能循環ポンプと神経に当たる伝達経路用のワイヤーハーネス。複雑極まる記憶野に体細胞再生用の仕組み。

 これらを可能な限り人間のモノにしなければならないのだ。

 製作を始めて既に5か月余りが経過しており、ほぼ予定通りに作業は進捗している。

 培養の進んだ表皮細胞や筋細胞、内臓器官なども活動を開始しており、組み込むばかりとなっている。

 依頼者であるアイスバッハ公爵様が深夜になってから訪ねてこられたのは、もうすぐ半年になろうかと言う時だった。

 「魔導技術師殿、その後いかがか。」

 「公爵様、良くいらっしゃいました。工程に遅れはありませんが、ここからです。

 記憶野の中でも体の動きを司る部分、その信号を伝える神経組織、体細胞再生プラントについてはやはり、有効な代替案はありませんでした。

 高機能循環ポンプについては今までのエクスターナルギヤポンプよりも優れた螺旋容積式のスクリューポンプを手に入れることができましたので、劣化についての問題点は解決されたと思っております。」

 「苦労を掛けるの。しかし、大事な部分についてはやはり禁忌を犯すよりない訳か。」

 「はい、残念ながら現代科学の枠内で1000年を超える人を創造するというのは無理からぬモノがあるのです。

 そこで公爵様、他の準備の都合上、もう待てないタイミングになりました。行くか戻るかのご判断を仰ぎたいと思います。」

 魔導技術師の言う「判断」とは、今入手可能な構成部品で組み立てるか、禁忌に手を染めて希望する性能を満たす部品を手に入れるか。と言う事である。

 培養の進んだそのほかの体組織も出来上がっており、ここで止めるわけにはいかないタイミングになっていると言っているわけである。

 「やろう。全ての責任は私が取る。魔導技術師殿には一切の責任はない。頼まれてくれるか?」

 「・・・本当にいいのですね。」

 「頼む。」

 「では、別の部屋に参りましょう。もう、魔法陣は準備してあります。」


 廊下に出て魔導技術師に案内され、突き当りの部屋まで移動した。

 この部屋には対爆性能を高めた結界が施されており、間違って魔獣などを召喚してしまっても逃げられないように配慮されているのだ。

 そう、床一面に描かれているのは「召喚」の魔法陣。

 異世界から人を召喚するための魔法陣であった。

 1200年前に数度だけ検証され、召喚される異世界人はその時に事故か何かで死亡した者だけが召喚されることが判っている。

 であれば、少しばかりの罪悪感も薄らぐのだが、それでもその遺体から必要な臓器を得ようと言うのだから人道的には大きく間違ってはいるのだろうか。

 「公爵様、始めます。」

 「ああ。」

 魔導技術師が床に手を置き、精神集中を始めると流し込まれた魔力で魔法陣が赤く光り出し、その光が全周に満ちる。

 外周部から内周へと伝えられる魔力によって非常に美しい紋様を描き出すが、その結果を想うと、見惚れていい訳でもなかった。

 回路が接続されるように所々が強く輝きだし、次々と明るい場所が増えて行く。ほんの短い時間のうちに全てが輝きだし、部屋中に眩いばかりの赤い光が溢れるようになった。

 数秒の後に光が収まり、魔法陣の中央に女性の遺体が現れていた。

 見ると、幼いようにも見える女性で、白い胴部分に紺色の大きな襟が特徴的な半袖の上着と膝よりも随分と短い紺色のプリーツが多いスカートを身に付けている。

 ただ、無残にも額から流血しており、左足がおかしな方向に折れていることから、何かにぶつかってしまい、その若い命を終えたのだろうと思われる様子だ。

 異世界と言うところがどのような場所かは判らないが、このように年若い少女が事故に遭い、命を落としてしまう事もある場所なのだろうと思うしかなかった。

 「公爵様?」

 「ああ?、ああ、すまない。始めてくれるか。」

 そう、この少女からプセウドに必要な様々な臓器が摘出されて、利用されるのだ。

 「魔導技術師殿、この少女を弔ってやりたいのでな。ご遺体は私に預けてくれるかの。」

 「承知しました。そうしていただけますと少しばかりではございますが、私も罪の意識をそそげるような気がいたします。なるべくは綺麗なご遺体にいたしますので、よろしくお願いいたします。」

 「それについては任せてくれ。そなたに一切の迷惑は掛けないよ。」

 二人で少女の遺体に弔いの礼をしてから、ストレッチャーに乗せて作業を進めてもらう部屋に運び入れた。

 ここからは魔導技術師殿が一人で作業しなければならないので、私が同席するわけにはいかない。今夜、私のできることはもうないと言うので、屋敷に戻ることにしたが次に訪れるのはいよいよ引き渡しとなる日になる。

 先ほどの少女の弔いについては後日ではあるが、家の者が引き取ったうえで荼毘に臥してくれた。家の管理する墓地に丁重に納骨も済ませ、せめて失礼のないようにと供養も続けて行くつもりだ。


 次の訪問の時には待望の伴侶を迎える時と待っていたのだが、工房からの使いが屋敷に来て、魔導技術師殿が相談したいことがあると言うのだ。

 城での仕事を済ませ、魔導技術師殿を訪ねると少しばかり緊張した表情をして出迎えてくれた。

 「その後、順調かな?」

 期待を込めて聞いてみたのだが、色よい返事はもらえなかった。

 「まあ順調とはいえるのですが、使いを出した要件についてはこれから相談させていただかなければなりません。」

 なかなか本題に入ろうとしない魔導技術師殿を促すと、非常に言いにくいことだがと断る。何でもいいのだが、言ってくれなければ判らないではないか。

 「都合の悪いことは何でも相談してほしいのだが、そのようにはばかられることとは如何様な問題なのだろうか。」

 それでも尚、口にしようとしない魔導技術師の背中を押す。

 「では、申し上げます。ご要望いただきましたプセウドについて、概ねご要望に沿う形で完成に近づいております。

 1000年を超えてその姿を保つ。

 それはあまりにも前例のない事で、全てについて経験にない工夫を凝らすこととなりました。」

 「ああ、そのご苦労は十分に承知している。」

 「プセウドの持つ身体機能全てを時空を超えて維持機能させるために禁忌にまで手を染めた訳ではございますが、それでも越えられない壁と言う物がございました。」

 「なんだと!?私の求めるプセウドはやはり叶わなかったのか?」

 「そうではありません。公爵様のご希望に沿うように勤めはしましたが、それを維持していくために公爵様に承知しておいていただきたいことがございまして、これを抜きに1000年を超えて活動できるプセウドを実現する術が無かったのでございます。」

 少しの安堵と今から聞かされるであろう話に少しの不安を混じらせつつも大きな息を吐いて気を落ち着ける。

 「今回製作いたしましたプセウドはこれまでに経験のない様々な挑戦を行いました。

 結果的に1000年と言わず、2000年の稼働に耐えるだけの性能を盛り込むことができたと自負しています。

 常に新陳代謝を活発に行う事で、機能維持に努めることができるようになりましたし、活動に一切の制限もなく公爵様のお役に立つことでしょう。」

 「うん。聞くからにありがたい。それで何が問題となるのだ。」

 「契りを、プセウドに公爵様の活力を分けてやっていただきたいのです。」

 ん?食事だけがエネルギーの供給源ではないのか?

 確かにプセウドはセクサロイドの側面も持つが、それは必須の要件ではなかったはずだ。

 「魔導技術師殿。プセウドは食事のみで生命活動を維持できるのではなかったか?」

 「率直に申し上げて、それだけでは足りないのです。永遠ともいえるほどの時間を美しい容姿のまま、公爵の思うとおりに活動させるためには食事から得られるエネルギーだけでは全く足りそうに無くてですね、蛋白質を直接補給してやらなければならないのです。」

 「つまりは?」

 「少なくとも、三日に一度は抱いてやってほしいのです。」

 「なっ!?」

 言っていることは判るが、確かに口に出すのは憚られる。

 三日に一度、夜を共にして子を作るのと同じことをしなければならないと言うのか。

 「最初の一年くらいはそんな必要もございませんが、今回、禁忌をも犯して完成させました素体はその体内に召喚によって得られました少女の体の様々な部分を移植してございます。

 その機能を維持するために結果として積極的な蛋白質の供給が避けられないものとなったのです。

 最初の計算では多くの食事で賄えるものと考えておりましたが、今現在はそのような供給方法では全く足りないという結果になってございます。

 公爵様、幾久しくこの作品を側に置いていただくためにこれをお認めくださいますでしょうか。」

 そうは言うが、それしかないという現状で、ダメとも言う訳にはいかないのだろう。

 「承知した。仲良くするとしよう。」

 「それと、もうひとつ。」

 「な!?おぬし、いったい何を作ったのだ?」

 一瞬、カッとなってしまったが、この魔導技術師に文句を言ってどうする?と自分を諫め、振り上げそうになった拳を無理矢理に降ろした。

 他言できない秘密を共有して少し相手も気が緩んだのだろう。

 表情の一変した私に飛び上がって、怯えていた。

 「いや、すまない。私が言い出したこと故にそなたに当たるべきではなかった。この通りだ。」

 私が頭を下げると、魔導技術師も胸を撫で下ろすような仕草を見せてから、襟を正して改めて椅子に腰を下ろした。

 「こちらこそ、公爵様に対して気が緩んでおりました。それでですが、もう一つのご相談と言いますのは・・・」



 日の暮れる前に訪ねた魔導技術師の屋敷を辞したのは、とうに日も暮れた夜9時頃だったと思う。

 聞かされたもう一つのプセウドの秘密について頭の中で熟考を繰り返す。

 これについては思わぬ出来事として聞かされはしたが、私にとって何ら不利益でもなくむしろワクワクとする気持ちがどこかにあるようだ。

 帰り際に私のプセウドを見せてもらってきたが、相談を重ねて自分の思うイメージを形にしただけあって、まだ目を開ける段階には来ていなかったが、美しい少女の姿をしていた。

 つい、その頬に手を触れると暖かな体温を感じ、肌理の細かい肌に私の掌が吸い付くのではないかと思わせられた。

 早く彼女を連れて帰りたい。

 そして私の目を見て語り掛けてくれる様子を見てみたい。

 しかし、起動直後のプセウドは一種の赤子のようなモノで、言葉や動作を教えなければ一人前の女性としての勤めは果たせないのだと教えてもらった。

 何の記憶も持たず、必要最低限の初期知識だけは持っているから会話はすぐに開始できるらしいが、どのような立場となって生活しなければならないとか、持ち主との関係などを中心に理解させ、体の構造に対しても慣らし運転を行って無理のないように機能回復をさせなければいけないそうだ。

 できれば一週間は対面する人間を増やさないようにして、リハビリに専念させた方がいいらしい。

 その間には一般的な動作もできるようになるし、自分で食事を食べたりもし始めると言う。それまでは私自身が介護してコミュニケーションをとるのがベストと言うことだ。

 私の立場であればそのぐらいのことは容易い。

 三日後には起動を終え、引き渡せるという事だったので来週丸ごとのお休みを頂こう。明日の週末に陛下に休暇願いを話し、日曜の休息日に迎えに来ることを約束して引き上げたのだ。

 屋敷に帰ってからは受け入れ準備をさせなければいけない。

 私が一週間も部屋に籠るわけだから、その間に要らぬ用事が出来ないように取り計らわなければならないし、着せるモノの用意なども急がなければ。

 これはメイドにでも頼もう。

 楽しみになってきた。

 私の元に妻がやって来るのだ。私の人生に無いとばかり思い、諦めていた妻が。

 いつも私の癒しとなる私のための妻が。

 私の種族のみが持つこの膨大な時間を共に歩んでくれる伴侶が出来るとは思いもしていなかったが、諦めないで良かった。

 「シャルロッテ」そう呼んだら微笑んでくれるだろうか。

まだこちらはどなたも気がついていらっしゃらないようで、ひっそりとした更新状況ではありますし、読んでいただいているPV数も一ケタと、しめしめ的なこっそり感で進めています。

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