【第1話】誕生
既に投稿連載しております「Contractor with Blood」とは別の世界のお話です。
それぞれの世界がクロスすることはありませんので、登場人物が互いにお邪魔する流れはありません。
その昔、人形と言うのは幼子を慰め、情操教育を行うために必要な疑似的な人間だったのだそうです。
はたまた動物や空想上の生き物の場合もあったようです。
そうしたものに興味を示し、自分が主導的な立場に立つことで生き物を尊び、時には失敗をしながら人としての幾ばくかを学ぶ教材ともいえる存在でした。
中には人形が無ければ眠れないとか、人形を抱いていなければ人と話すことも出来ないという社会への船出を難しくした人たちを僅かながら支えることができる幸運に恵まれた人形もいたと言います。
それでも子供たちが成長し、自我を確立してからと言う物、その必要性が徐々に薄れて行くのもまた、仕方のない事でもあるのです。
役目を終えた人形の多くは晩年を棚の上や、ケースの中で過ごすことになり、時には自分が育てた人間の、その子に与えられ、もう一度の活躍の場を与えられる幸せな人形もいたと聞きました。
全ての人形に自我がある訳ではありませんし、全ての人形が子供たちに向いたモノばかりでもありませんでした。
そう、私のように少女のような面差しに、少女のような体つきをした、まるで人の代わりではないかと言えるような等身大の人形もあったのです。
主な用途としては、子を失ったご婦人の心の安寧を守るためにとか、心を患った方が一般社会へ復帰するにあたっての最初の一歩として「ごっこ」を通じてコミュニケーションを交わす練習台として。
特殊な性癖を満足させるための人の身代わりとして、用途があったのです。
幼子の戯れに適したような布で出来た表装に綿などを詰めモノとした柔らかなぬいぐるみや、木でできた「マリオネット」とも言うべき精緻な造りの物もありますし、観賞用に紙粘土や土で作られ、極彩色に装飾された飾り人形もあります。
それぞれに可愛がられ、愛でることや触れることで満足を得られるように工夫がなされています。
私のように人工の骨格を持ち、魔法を籠められた内臓に、筋、粘膜や肌を持つほとんど人と区別のつかないような人形もありました。
命を持たないにもかかわらず、寸分の違いもない身体構造を持った人形を「疑似人間」と呼びました。
私たちのようなプセウドは、医学的見地や精神病の治療、愛玩用途にセクサロイド、つまりは性的な交渉を満足させるために人のように振る舞う人形として、広く世間一般に認知されている疑似人格を持った人形でありました。
私の自我が芽生えたのは、この世界に創造された時だろうと思うのです。
と言いますのも、色々な記憶の混乱がありまして、創造主のお方から目覚めを促された時に夢から醒めたように瞼が開き、まだ真っ新であるべき記憶野に多くの記憶が存在していることを自覚していたからです。
創造主の方もこれには狼狽を隠せないようでございました。
つまり、私は作られて間もないにもかかわらず、作り直した時に前の記憶が残ったままのような状態だったのですから。
創造主は私を調べ、どうしてそのようなありもしない記憶を持つのか解明を急いでいらっしゃいました。
急いでいるというのも私を作り、人にお売りする約束の刻限が迫っているからなのです。
「おかしいなぁ、何の記憶が入ってるっていうんだ。」
私は工房の寝台に寝かせられ、創造主は事写しの石板を睨みつけていらっしゃるようですがやはり、私の中にはないはずの記憶があり、消すことも書き換えることも出来ないようなのです。
私自身はその記憶があったところで困りはしませんが、創造主にとってはとても困ったことのようなのです。
「申し訳ございません。私のような不具合のある人形など破棄してくださって構いませんのですが。」
「なに言ってるの?今日なんだよ!?アイスバッハ公爵がいらっしゃるのはもうすぐなんだよ。ああ!なんでこうなっちゃうかなぁ!?」
「もうしわけありません。」
そうです、謝って済む問題ではないようでした。
私はアイスバッハ公爵様と言う方に引き取られるために半年の時間をかけて製作されたのです。
つまり、今から造り直すことはもうできない。時間的に詰んでいるという事でしょうか。
さらに小一時間の努力の末に創造主は逃げてしまわれました。
私を置き去りにして、工房から慌てた様子で出ていかれたのですが、すでに一刻の時間が経ち戻られる様子もありません。
私たちプセウドを製作する技術は魔導技術師という専門の魔術師しか持ちません。
加えて非常に高価な素材を使用するために、購入者と綿密な打ち合わせを何度も行いながら購入者の潤沢な資金を元に製作されるのだと聞いています。
それなのに私を作った創造主は私の製作に失敗してしまったようです。
私は「失敗作」なのでしょう。
購入者の意に染まぬ出来栄えとなった私は、どうしたら良いのでしょうか。
工房の寝台に寝かしつけられている私はこのままエネルギーが切れてしまうまでこうして居れば、そのうちに朽ち果てるのかもしれませんね。
工房に差し込む日が随分と傾いてきたように思います。
夕刻を迎え、アイスバッハ公爵様がいらっしゃる時刻でしょうか。
そう思うと同時に工房の扉が開かれました。
視線を向けますと、精悍なお顔立ちをした白の髪が美しい30代ほどでしょうか、鎧姿も凛々しい男性が入っていらっしゃいました。
「あれ?魔導技術師殿はご不在か。」
部屋の中を見回しながら私の元へといらっしゃった騎士様はどなたでしょうか。
「いらっしゃいませ。このような姿で大変失礼かと存じますが、どちら様でいらっしゃいますか?」
私を見下ろすように寝台の側へやって来られました騎士様に尋ねます。
「お前の購入者である、メクレンブルク=アイスバッハと言う。魔導技術師殿はどうされたのだ。」
私を購入される方、アイスバッハ公爵様だったのですね。
そうであれば、正直にお伝えしなければなりません。
「私はどうやら失敗作であるらしく、公爵様に喜んではいただけないようなのでございます。創造主は先ほどまで調整を続けておられましたが、甲斐もなく出奔なさったようでございます。
アイスバッハ公爵様に於かれましては、ご期待に沿う事が出来ませんで申し訳なく思います。」
「こうして話ができているうえにその方、体も完成しておるのであろう?何に失敗したと申されるのか?」
「はい。初めて目覚めましてからすでに何者かの記憶が備わっているのです。アイスバッハ公爵様のお手元で色々と教えていただきながらお役に立てるようにするべきところではございますが、誰の物かも判らない記憶がございますので、ご期待に沿う事が出来ないかもしれないのです。」
私の話を聞いてうむと俯きながらも考え事をされているご様子。
時折私を見られるのですが、失敗作と創造主に言われましたからには、そのようにご覧になられますと恥ずかしいです。
衣装も着せていただいておりますし、人前に出て困ることは無いと思うのですが単に失敗作と言われました私としましては、厳しくも蔑むでもない視線で確認するように見られますのは何とも居心地の悪い物でございます。
「記憶があるというのはどのような物なのだろうか。あなたにある記憶が誰のモノか判るような手掛かりはないのであろうか。」
自分の中にある、経験もない幼少からの記憶と思い出せる風景や、会話を交わした人々。そして蓄えられた純粋な知識。それらを一口で説明申し上げるのは随分と難しいように思われるのです。
「公爵様、私の中にある記憶はどこのどなたの物かは想像もつきかねますが、登場する人物や会話の様子、暮らしぶりに文化など様々なものがございます。
友人たちや近親者はこの記憶の持ち主を”アイコ”と呼んでいたようでして、どちらの国の方だったかも判りません。
どうか、私のような出来の悪い物は捨て置いてはくださいませんでしょうか。」
「いや、私はそなたが気に入った。たしかに何もないところから始まるのもいいだろうが、私にはかえって好都合かもしれない。
そなたに備わっている記憶を聞きながら過ごすのもまた面白いはずだ。
私がプセウドを求めた訳も聞いてもらうことでまた、意味のある記憶となるかもしれない。
それにな、そなたを求めた最大の理由は子育てを経験したいからではなくてな、連れ添ってくれる伴侶を求めてのことなのだよ。
そうとすれば、これまでに別々の暮らしぶりがあった者どうしがこれからを共に暮らす。実際にそなたに私が出会う前の記憶があるというのは私の求めていることに近いのかもしれぬよ。」
公爵様は難しいことを仰います。
しかし、私に私の望まぬ記憶があっても、それが良いと仰ってくださるのであれば、私にもこれからを生きる意味があるのかもしれません。
公爵様は私に張り付けられている様々な線を丁寧に外され、背中と膝の裏にその逞しい腕を差し入れられました。
そのまま一気に私は抱き上げられ、宙に浮くような感覚を味わったのです。
「こ、怖いです。」
「大丈夫だ、そなたを決して落としたりなどしないよ。ではアイコ、参ろうか。」
公爵様は私を「アイコ」と呼ばれます。
逞しい腕に支えられ、物語に登場する姫のように取り扱っていただけ、恐縮するばかりでございます。
公爵様が、私のような失敗作をそれでいいと仰られるのであれば、私は公爵様の物です。
公爵様のお気に召した名前を頂ければ、それが私の名前となるのですがこの誰ともわからない「アイコ」をそのままお認めになられたようです。
私はアイコの記憶を持ち、アイコのように振る舞えばよいのでしょうか。
少しばかりの逡巡があります。
私は本当の意味でアイコではないのですから。
生まれて初めて工房から出た私にとって、この屋敷の中も初めて見るモノばかりでした。
公爵様はこの間もずっと私をお姫様抱っこのままお連れになられ、きょろきょろと周囲を見回す私を微笑みながら見下ろしておいでです。
時々目が合ってしまいますと、恥ずかしい物ですね。
しかし、起立して歩く訓練をしておりませんので今立って歩こうとすれば一歩と進まずに転んでしまうでしょう。
そうした事を十分にご承知のようで、見たいものを見えやすくなるようにそちらに私を向けてくださるのです。また、私がお訊ねしますとそれは何かとか、どういうふうに使う物か。危ない物か、温かいか、冷たいか。重い物なのか、片手で持てるものであるとかいろいろな事を教えてくださるのです。
会話が交わせるようになりますと、私の緊張も少しは解けまして、つい饒舌になってしまいます。
「それでは公爵様。私が外を歩く時にも履物を足に着けるのでしょうか。」
公爵様の履いていらっしゃるブーツは軽鎧と合わさってつま先の方に金属製の保護がしてありますし、硬い踵が歩くたびにコツコツと廊下に音を響かせるのです。
「そうだ。誰もがそうするだろうな。女性は色々な衣装も楽しむのでそれに合わせて様々な靴を履くだろう。似合う靴を履くと綺麗に見えるだろうな。」
私が綺麗にですか?失敗作なのに大丈夫なのでしょうか。
公爵様にご迷惑のないようにしなければなりませんね。
私は抱かれたまま玄関を出ます。
出入り口には黒い洋服を着た、ご老人が待っておられまして公爵様が玄関に近づかれますと合図もなしに扉を開けられました。
公爵様が頷きと共に扉をお出になります。
夕刻ごろにいらっしゃいましたのに、日はもう沈みかけておりまして藍色の空がもうすぐ夜の空になろうとしています。
しかし、玄関の目前には馬が四頭も繋がれた馬車が待っており、磨き抜かれた漆の光沢がもう、周囲も暗いというのに艶々と光っているようでした。
馬車にも黒い洋服を着た男性が控えていらっしゃって、公爵様が玄関を出られますとすぐに馬車の扉を開かれ、乗り降りがしやすいように足元に階段のような物を準備されました。
公爵様はまた頷かれ、馬車へと乗り込まれます。
私はまだ抱かれたままで、重くはないのでしょうか。
床にでも置いてくださって構いませんのに。
馬車の扉が閉じられ、黒い洋服の方々は御者席へと急いで駆け上がられます。
「はっ!」という短い声の後に鞭が入り、馬車が緩く進み始め表通りへと出て行きました。
特に会話を交わすこともなく、馬車は街中へと向かい走りました。
半刻ほどのドライブの間、公爵様はずっと私を抱き続けられており、段々と心配になってきます。
「公爵様、重くはございませんか?どこかに置いてくださっても構いませんのですが。」
「ならん。そなたは私の伴侶なのだよ。先ほども言ったであろう?自分の妻をそのように扱う者など私は知らないな。」
暗い車内だと言うのに、私の顔は誰が見ても判るほどに真っ赤だったと思うのです。
公爵様が私のことを「妻」と仰られたんですもの。
「私が妻ですか?公爵様ともなれば良家のご息女などが適切なのではないでしょうか。私は人間ではございませんので、お世継ぎを授かることも難しいのではないかと思うのです。」
「ふん、人間の女など要らぬわ。心配せずともそなたは十分に魅力的だ。世継ぎのことも心配など要らぬ。」
私の進言したことは一顧だにされませんでした。
加えて魅力的だと。
実のところ、私が出来上がってから一度も私自身は自分の姿を見たことがありません。
私たちプセウドはたいていの場合は購入者の方の希望に沿った容姿になります。
ですので、ともすると実在の女性の容姿に近づく場合もあると言います。
どこかの貴族様の御令嬢や歌劇団の歌姫だったりと、思いを届けて夢をかなえるという訳に行かない女性に似せて作られることも多いのです。
その容姿でお勤めできれば、購入者は泡沫の時間を得られるのでしょうか。
そう思いますと、私の容姿と言うのは誰に似ているのだろうかとも思いますし、公爵様の求めていらっしゃる妻と言う物にも、満足していただけるか不安もあります。
公爵様のお屋敷に着き、車宿りに馬車が滑り込みますと幾人かの家令、執事と言った者たちが迎えに出てこられました。
その後ろには多くのメイドが見えます。
馬車が完全に止まり、乗降口の扉が開かれますと「行こうか。」そう仰られた公爵様がやはり私を軽々と抱いたまま降りました。
私が皆様方の目に留まりますとざわめきが起こり始め、執事の方々やメイドの皆さんからため息のような息遣いが聞かれました。
どなたか見知ったお方に似ているのでしょうか。
そうであればそのお方に代わって立派に務めることができるか心配になりますね。
皆さんのざわめきを他所に、興味が無いとばかりに公爵様は私を抱いたままお屋敷の中へと入って行かれます。
玄関ホールは大変豪華な造りです。高い天井の上の方にはたくさんの照明が煌めき、一つ一つが光魔石の集合体なのでしょうが表現のしようもない様なシャンデリアです。
黒く磨き込まれた木材と目に眩しい白の漆喰壁が上品な細工と共に、広さと重厚さを演出して特別な場所に来たことを思わせる開放感があります。
きっと有名な画家が描かれた名画などなのでしょうが、それらもアクセントのように壁面を飾り、奥行きを感じさせますね。
正面に幅広くとられた廊下を進まれ、執事もつけずにひたすらに奥へと歩まれるのです。
お家の方々にご紹介いただけるものかとも思ったのですが、そうでもないようで奥へと進まれるからには寝室へと行かれるのだと思います。
早速夜のお勤めがあるのでしょうか。
すこしドキドキとした高まりもありますが、元々そう言う用途のモノですからお役に立てればと思います。
多分、出来たばかりの私ですから、ご不快な臭いもないと思いますが湯浴みの一つも出来れば更に嬉しかったのですが。
そんな様々なことを考えておりますと、途中の階段を上られて二階へと上がりました。
さらに奥に向かわれ、一際大きな両開きの扉のまえに立たれますと、すでに控えておられた二人のメイドが扉を奥へと押し開きました。
こうしたお部屋の扉は引く造りが多いと思ったのですが珍しいですね。
ここまでの廊下は磨き込まれた大理石が艶々として白い大理石と翡翠色の石が美しく嵌め込まれていましたが、お部屋の中は落ち着いた深い赤と茶色の長い毛足のびっしりとした厚い絨毯敷きになっていました。
正面には天蓋付きのベットが大きな場所を占めて、左側には天井までの書棚と執務机があります。右には扉のない部屋が続いており、ウォークインクローゼットではないかと思われるのです。
ベットまでもたっぷり歩かなければいけませんし、執務机の手前、真っ白な扉の奥は浴室があるようです。
一言で言うと広いです。途方もなく広いと言えます。
私が生まれた工房も狭い場所ではありませんでしたが、様々な設備があったり製作前のプセウド用の素体や骨格、色々なパーツと言った物も保管されていましたので雑然としておりました。
ここはすべてが整っており、余計なものの何もないお部屋です。
公爵様はまっすぐにベットまで歩かれまして、私を一時間以上も抱いておられましたのに、疲れたそぶりも見せずにお優しくベットへと降ろされました。
「疲れたのではないか?」
それは公爵様では?私はひたすらに抱いていただいておりましたので、全くその様なことはありません。
「公爵様こそ、私などをお抱き頂きましてお疲れなのではございませんか。」
汗ひとつ掛かれておられません。
「アイコよ。私はお前を作らせて、私の伴侶にすると言った。これからお前と長い時間を暮らしていこうと思っているが、お前の方から知りたいことなどは無いのか。」
たいそうお優しい方なのでしょうか。
私たちは愛玩用の所謂人形です。
どのような方に使っていただくにしてもこんな風に聞かれるなんてことがあるとは思いもしませんでした。
「あの、それでは一つだけお願いがございます。勝手なお願いで恐縮ではございますし、公爵様がお厭ならお断り頂いて構いません。」
「返事は聞いてからでも構わんかな。」
「もちろんでございます。それでは申し上げます。私、公爵様に貰っていただくことになりましたので、公爵様より私の名前を頂きたいのです。」
少し驚いた表情をされましたが、お怒りになられる様子もございません。
「そなたはアイコだと言ったが、それは違うのかな。」
「私は公爵様よりまだ名前を頂いてはおりません。しかし、私の中にはそのアイコと言う方の記憶があります。説明を申し上げるのは難しいのですが、アイコは私ではありません。
よろしければ私を呼ぶための私の名前を頂きたいのです。」
どうにか身を起こすことに成功しました。
ベットの縁に腰を掛けるようにすると楽になりました。
公爵様を見上げるようになりますが、いつまでも横になったままでは私の願いも軽いものとなってしまいそうでしたので、身を起こさなければなりませんでした。
私の緩慢な動作を見ながら、じれったく思われたりしなかったでしょうか。
「だ、大丈夫か。」
「はい、問題ございません。お願いを申し上げる身ですので寝てなどはいられません。」
「それほどに嫌だったのか。すまなかったな。もっとも、私がお前を迎えたら付けてやりたかった名前もあったのだ。シャルロッテ、これからそう呼んでも構わないだろうか。」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです、私をお気に召していただけたときにはシャルとお呼びください。そう呼ばれるように努力いたします。」
嬉しかったのです。
私のために考えてくださっていた名前を頂くことができました。
「では、シャルロッテよ、明日より体の機能を正しくしていくために私と共に頑張ろうではないか。」
え?今晩から夜伽をするのではないのでしょうか。
「今晩、公爵様をお慰めするのではないのですか?」
「いずれそれも楽しみにしておるよ。しかしな、シャルロッテはまだ生まれたばかりのような物であろう?ここの暮らしにも慣れてもらわねばならぬし、私のことも良く知ってもらいたい。
シャルロッテが当たり前に暮らせるようになって、本当に私に操を捧げても良いと思った時に私を愛してくれるか。
私はシャルロッテを私の命が尽きるその時まで愛し抜くと誓うよ。」
きっと私は驚きに満ちた、或いは間の抜けた顔をしていたかもしれません。
買っていただいたその日から好きにして頂いて構わないはずの人形を、本当に将来を誓い合うようになさろうと言うのでしょうか?
「どうして?私は買っていただいた限り、公爵様のお好きにしていただいて構わないのです。そのようなお気遣いを頂ける理由をお伺いしても?」
公爵様は私の隣に腰を下ろされました。
二人並んでベットに腰掛けて話すことになりました。
「シャルロッテは自分の容姿を見たことはあるか?」
「いいえ、まだ体を起こすことさえままならず、公爵様にお気に召していただけるような容姿をしておりますのかも判りません。」
「では先に自分の顔や姿を見てもらおうか。」
公爵様はまた私を抱き上げられ、執務机の向こうに見える浴室へと連れて行ってくださいました。
実はものすごく緊張しています。
公爵様がご注文なさった私の容姿と言う物がどのような物であるか、全く聞かされておりませんし、誰をモデルになさったのかも判りません。
聞いても知らないことの方が多いので判らないかもしれませんが。
扉を潜るときに思わず目を閉じてしまいます。
「はははは、心配するでない。シャルロッテは私の理想の姿をしておるのだ。自信をもって見てみるがいい。」
公爵様に背中を押された思いです。
恐る恐るに正面を見ますと、鏡の中には年の頃で18歳くらい少女が映っております。
シルバーの長い髪が背中まであるのでしょう。細い眉に少し大きな瞳。虹彩は灰色に近いブルーです。
どちらかと言うと細い面立ちの美しい少女でした。
これが私ですか?
「あの、この容姿はどなたを模したものでしょうか。」
「誰でもない。シャルロッテは私が私のためだけにこうあってほしいと願った姿をしているよ。」
私の両方の瞳から理由もなく涙が零れました。
ただ、嬉しいという気持ちしかなかったのですが、どうして涙が出るのでしょうか。
「公爵様、嬉しいです。誰とも同じでない容姿を頂けるなど望外の喜びでございます。ですが、どうしてこのように良くしてくださるのでしょう。」
柔らかな笑みを浮かべられ、私の頬にキスをくださいました。
それだけで私の顔は赤くなってしまっております。
悪戯を成功させたようなお顔をされ、脱衣所の大鏡の前から再び私をベットへと連れてこられます。
先ほどのように私の身を起こしてくださって、隣にお掛け下さいました。
「私のことを少し聞いてくれるか。」
「もちろんでございます。私に公爵様のことをたくさん教えてくださいませ。」
「名前はメクレンブルク=アイスバッハと言う。このアの国の公爵をしているよ。来月の誕生日にはちょうどめでたく1,210歳になるんだ。」
「は?今なんと??」
「来月1,210歳になるんだ。元気なものだろう?」
意味が分かりません。
アイスバッハ公爵様は1,000年以上も元気でお暮しなのでしょうか。
こちらはContractor with Bloodを連載する最中の、現実逃避をするために始めましたお話です。
あちらが鬱展開に入ると、こちらを更新して鬱憤を晴らすたくらみの元に始めましたので定期更新の予定はございません。
よろしければ時々、更新をご確認ください。