忘れ物の持ち主は天使
自分の仕事に戻ってからは、仕事をしながらずっと時計を気にしていた。いつものように作業をするおばちゃん達を確認しながら、頭の中ではずっと麻衣ちゃんのことばかり考えていた。
「もうそろそろ撮影が終わる頃だな」
確か、現場の撮影が終わるのが夕方の5時になると聞いていた。その頃には現場も終わり、片付け・掃除の時間になる。その時がさっき拾った時計を渡すチャンスだ!
俺はドキドキしながら、撮影が終わるのを待っていた。
そしてついに時計は数字の5を指した。
「よし!」
おばちゃん達が掃除をしているのをよそに、俺は
゛Sweet micoa゛の元に向かった。撮影が終了したら一度、着替えるために事務所に戻ると聞いていたからだ。急いで事務所に向かうと現場の案内が終わった課長が事務所の椅子に座っていた。
「お、どうした?現場は終わったのか?」
「あ、はい。今、終わりました。」
俺は課長にそう答えると質問をした。
「あの゛Sweet micoa゛は…」
「なんだ。お前、゛Sweet micoa゛に会うために急いで事務所に来たのか。」
課長はそう言いながら、くすくすと笑っていた。
俺はなんだか、恥ずかしくなり顔を下に向けた。
「今、着替えてるから、着替え終わったら来るよ。」
課長が喋り終わるとほぼ同時に゛Sweet micoa゛が事務所に入ってきた。
「今日はご案内して頂き、ありがとうございました。すごく勉強になりました。」
事務所に入ってきたメンバーは声を揃えて課長達にお礼を言った。
よし!今だ!俺は緊張しながら゛Sweet micoa゛に声を掛けた。
「すいません!さっきの応接室のインタビューの後にこの腕時計が置いてありました!」
俺は思わず課長と話している時よりも大きな声でそう言った。多分、ここ最近で一番ハキハキ喋った。
「あ、それ、私のです。」
そう言いながら前に出てきた女の子は、麻衣ちゃんではなかった。
「探していたんです。応接室に置きっぱなしにしてたんですね。」
その女の子は、見た目からしてのんびり・天然そうなことがすぐにわかった。ロングの黒髪に大きな瞳。それに思わずにやけてしまうような甘い声をした子だった。俺は思わず見とれてしまいそうになる自分に気づき、我にかえった。
「ありす、相変わらず忘れっぽいね~」
他のメンバーからそう言われてしまった彼女は「ありす」と呼ばれていた。
「ありがとうございました。助かりました。」
「ありす」という子は俺の手を握りながら、お礼を言ってきた。
「い、いえ、大丈夫ですぅ」
俺は恥ずかしさから噛みながらそう答えた。ローカルアイドルとは言え、近くでみるとこんなに可愛いのか~
いやいや、やばい!こんな姿を麻衣ちゃんに見せたくない!だが、残りの゛Sweet micoa゛の方を見ると、3人しかいないことがわかった。
「あれ、麻衣ちゃんがいない…」
ボソッと口に出した俺にありすちゃんはこう続けた。
「麻衣ちゃん?麻衣ちゃんなら、他の仕事で先に帰ったよ?」
がーーん。マジか…もう一度会えると思っていたから、ショックだった。それに、腕時計も麻衣ちゃんのではなかったし。
「麻衣ちゃんに、会いたかったんですか?」
その言葉にドキッとしてありすちゃんを見ると、ありすちゃんは上目遣いで、俺の方を見ていた。
その大きな瞳を見ていると、麻衣ちゃんに会えなかったショックの気持ちがだんだん安らいでいくのがわかった。なんだか不思議な気持ちになった。