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死者の都探索記  作者: 犬塚惇平
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―――いやはや、とんでもないものと出会ったものだ。


そう思いながら迷宮の外を目指す僕は、隣をテクテクと歩くカナエをちらりと見た。

血でどす黒く汚れた死者の都の民の着る服に、肩口で切りそろえられたダークブラウンの髪を頭の上で結い上げて、馬の尻尾のように垂らした髪が歩くたびにゆらゆらと揺れる。

多分僕とそう年は変わらない、成人したばかり位の年の、短い槍を担いだ戦士。

どこか素人臭い感じはするけど、足取りはしっかりしてるし、時々出会う死者を狩る様子からは、お座敷剣法使いのお貴族様のものとは違う実戦で荒く削られた戦いっぷりが見て取れた。

思えばこの死者の都で生き延びて、更にメルトリオス様から加護まで授けられているあたりからして、相当に優れた資質を備えた戦士なのだろう。

『……そう言えばアルフはさ、何でごっこ遊びっぽい言葉を知ってるの?』

お互いずっと無言と言うのに絶えられなくなったのか、カナエが僕にぽつりとそんなことを尋ねてくる。

「ごっこ遊びっぽいって……もしかしてさっきの請願のことなのかな?」

そういえばさっきも、僕の請願に対して『ごっこ遊び』と言う意味合いの言葉を使っていた。

頭の堅いことで有名なベルナルド大僧正辺りが聞いたら激怒しそうな台詞だと思ったけど、どうも悪気は無いらしいので、僕は流すことにした言葉だ。

『うん。だってさ、ここ、異世界なんでしょ? しかも空想の世界みたいな感じの。それなのにごっこ遊びなんて言葉を知ってるとか、ちょっと変だなと思って』

「ああ、なるほど。そっか、君の世界のごっこ遊びはそういうものなのか」

その言葉にちょっとだけ納得する。

悪神が呼び寄せる『滅び』は、この世界とは違う場所、異なる世界から悪神の力によって引っ張ってこられたものだ。

当然、滅びが持つそれぞれの常識は、善なる神と善なる神がお創りになられた天使様たちに守られながら悪神が呼び寄せる滅びと戦う、僕たちが暮らすこの世界のそれとはまったく違うものになる。

言霊持ちが調べ出したり、相応に時間を掛けてこちらの世界の言葉を覚えたものから聞き出したところによれば、滅びがかつて住んでいた世界は、善なる神と悪の神がどっちも何十、何百といて殺しあっている世界とか、そもそも神様なんていない世界とか、自分こそ唯一絶対の神なのだと言い張る『滅び』が住んでいた世界とか、神様はいないけど精霊ならいる世界とか、僕たちの常識が通用することの方が珍しいくらいだ。

だから、恐らくこの死者の都が持つ、カナエの知っている文化は、僕たちにとっては当然のことである数々が何かの『ごっこ遊び』に見えるような文化なのだろう。

「いや、正直に言えば、君の言葉が正確には何を意味してるのか、あんまり理解できてないと思うよ」

どういえば分かってもらえるのかと考えながら、僕はカナエに説明を始める。

『どういうこと?』

案の定カナエの方も僕たちの考えが良く分からないらしく、首を傾げてたずね返してくる。

「つまり僕たちが曲がりなりにも意思が疎通できているのは、メルトリオス様が君に言霊の加護を授けたからなんだよ」

そんなカナエに僕は肩をすくめてそう言ったあと、僕は帰る道すがら、彼女にこの世界の有り様たる『加護』について話すことにした。


公平を重んじる加護を司る新しき天使メルトリオス様は自らや善なる神を崇め奉るものでは無く、迷宮を調べ、戦い、中に潜む滅びの根源を倒さんとするものに加護を与える。

数多く戦い、迷宮に潜む謎を解き明かし、そして滅びを滅ぼすことに近づいた者ほど得られる加護は強くなるのだ。

そうして得られる加護は常人離れした腕力とか体力、秘術と呼ばれるような高度な魔術を操るための魔力みたいな、探索者が元々持ってるものを強くする。

けど、それとは別にメルトリオス様はその働きに、あるいは探索者の持つ才覚に応じてそれとは別に特別な力を授けることがある。

カナエが得た『言霊』もその一つで、言霊の加護持つものは本来違う言葉を話すものたちと意思を交し合えるようになる。

僕らの話す言葉の意味は言霊によりカナエが理解できる意味に勝手に置き換えわって彼女に伝わり、逆にカナエが話す言葉は僕たちがある程度は理解できるように置き換わる。


言霊の加護を得る探索者は、新しい迷宮が現れたときには、メルトリオス様は探索者の誰かに言霊を加護を授けてくださることが多いと聞いたことがある。

そうでないと新しく発生した迷宮がどんな場所なのか知るのが難しいからだろうと言われている。

そういう意味ではこの死者の都が顕現してからまだたった一ヶ月しか経ってない今、言霊の加護を得たものが現れるのは、別段おかしいことじゃあない。

……ただそれが、死者の都にわずかにしか残ってないだろう生者であることだけが、とてつもなく珍しいだけだ。



ああ、そういうことだったのか。

不思議な話だと思いながらも、アルフの説明にわたしは納得する。


……アルフが『メルなんとか様はダンジョンを攻略して戦い、ラスボスを倒そうとしている人には加護を与えてくれる。

沢山戦ってダンジョン攻略していってラスボスに近づけばそれに応じてレベルが上がる』って言い出したときにはどうしようかと思った。


どうやらアルフが言っているのは本当は全然違う言葉で、ただそのメルなんとか様がくれた超能力のお陰でわたしに分かりやすく翻訳されているらしい。

「じゃあわたしがアルフが言ってることが分かるのはそのお陰なんだ……もしかしてゾンビをわたしがどんどん倒せたのもそのお陰なのかな?」

落ち着いて、よくよく考えてみればおかしいのだ。

普通の女子高生は、人間は、素手でゾンビの頭を砕けない。

それに、前は何回も何回も殴りつけ、切り付けないと倒せなかったゾンビが、こうしてアルフと一緒に歩いている今は大抵一撃で倒せている。

けれど、メルなんとか様のお陰でレベルアップしたお陰なのだろう。

ゲームのキャラってレベル上がると無茶苦茶強くなるし。

『ああ、そうだろうね。とりあえずゾンビを倒すのが一番分かりやすくレベル上げる方法だから』

わたしの言葉に、アルフは一つ頷く。

「じゃ、アルフもレベル上げのために一人で来てたってこと?」

アルフの説明を聞けば、アルフがやろうとしていたことは何となくわかる。

ゲームで言うところのゾンビで経験値を稼いでレベル上げだ。

普通に考えればゾンビを何匹も倒したからって慣れる以上の意味はあんまり無いと思うけど、どうやらこの世界では強くなるのに有効な手段らしい。

『まあ、そうなるかな。それと、ここのことにもう少し詳しくなる必要も感じてたから、下見も兼ねてたけど。僕の装備ならゾンビの噛み付きは防げるし、請願で感染も治せるからね』

そして、わたしはそんなアルフに出会って助けてもらえたわけだ。

なるほど、運が良かった。

『よし、もう少しで出口のある関所だ。そこを通れば、リーシアの街までは乗り合い馬車があるからそれで行けるよ』

わたしにそう言うと、アルフは更に歩いていく。

まずはこの街を出ると言ってたけど、どこに向かっているんだろう? わたしはそんな疑問を覚える。

わたしたちは住宅街をでて、どんどん街の外へと歩いている。今は畑と田んぼと、野良着を着たゾンビが時々いるくらいの場所を歩いている。

(確かこの先は、市の境目辺りだっけ?)

わたしは小学校時代の遠足のときのことを思い出しながら、そう当たりをつける。

わたしたちが住んでいる四日都(よっかみやこ)市は、中心部には駅や市庁、ショッピングモール。

それから中心からちょっと離れたところにヴォコル製薬の支社ビルや研究所、それから更に離れたところにわたしの家もある住宅街があって割と賑やかだけど、中心から外れると一気に何も無くなる。

元々が数十年前に、当時からアメリカの世界的な企業だったヴォコル製薬が何も無い田舎町だった四日都市に支社と研究所を建てたお陰で発展した街だからと、社会科で習った。

……まさかそれが、子供の頃に聞いた怪しげな噂のとおり、本当にゾンビの研究してたなんて思わなかったけど。

(そもそも出口って、なに?)

この先になにがあるのかは、分からない。ゾンビが発生して、わたしたちが拠点に選んだビルの周りにゾンビが現れるようになってからはうかつに歩き回れなかったから。

ゾンビの被害がでてたのが四日都市だけだったのか、日本全土なのか、世界中なのかも良く分からない。

ただ、自衛隊とかの助けは来なかったから、もっと大きい東京とか大阪とかでも何かがあったのかもしれない。

どうも一ヶ月前くらいにこの街全部が異世界、それもアルフの話を聞く限りではファンタジーな世界に着ちゃったみたいだから、気にしてもしょうがないんだろうけど。

『よし、見えてきた』

そんなことを考えながら歩いていると、アルフが立ち止まって言う。

わたしはそれに反応して下げてた頭を上げて……驚いた。

「なにこれ?」

目の前に広がるのは、透明な壁だった。

暮れ始めた夕日の光を受けてちょっとだけ光っているから分かるけど、遠目には見えないような、本当に透き通った透明な壁だ。

それは上を見上げればてっぺんがどうなってるのか分からないくらい高く、左右を見ればどこまで続いているのか検討もつかないくらい、長い。

『なにって、善なる神がお創りになられた、悪いラスボスとかゾンビをここから出さないようにする壁だよ。このダンジョンを囲っている。これがあれば、そう易々とゾンビがさ迷い出ることも無いだろ?』

アルフが当然のことのように言うのを聞きながら、わたしはぽかんとその壁を見上げ続けていた。



目を丸くして迷宮を隔てる善なる神の偉大なる奇跡を体現した壁を見上げるカナエはとりあえず放っておくことにして、僕は迷宮を出る手続きをすることにした。

大国の都よりなお大きいという死者の街をぐるりと囲んでいる壁に唯一つ空いた、馬車が二台横並びできる程度の穴。

それがこの死者の都と外を結ぶ唯一の出入り口だ。

僕はこの穴の周囲を守る、門番たちに目を留めて、近づく。

「やあ、ご苦労様、何とか、無事帰還したよ。今朝方、日の出後の二の鐘の頃に死者の都に入った、アルフレード=カーソン。聖騎士だ」

「お疲れ様です。少々お待ちを」

ここを守っている全身鎧を着て、長い棒と盾で完全武装した関所の門番に話しかけ名前を名乗りつつ、名前が記された管理票を渡す。

そうすれば兵士も心得たものですぐに如何にも急造である管理小屋へと向かう。

幸い、手続きはすぐ終わったらしく門番が戻ってくる。

「確認が取れました。聖騎士アルフレード様。ご無事でのご帰還、おめでとうございます。天使メルトリオス様もお喜びでございましょう」

もはや挨拶代わりになっている祝福の言葉を受けたあと、門番はまだ壁を見上げているカナエを見て、言う。

「それで、そちらの方は? お見受けしたところ、探索者とはとても思えぬのですが」

その声は少しかたく、警戒しているのが見て取れる。

「だろうね。彼女は探索者じゃない。死者の都の住人だ。例の、死者の毒は受けてたけど、治療済みだ。死者と化すことはないだろう。

 これは聖騎士アルフレードの名と癒し司る天使ウェイクリアに誓うよ」

まあ、今のカナエはどう見ても探索者には見えないし、むしろ血まみれの服を着た、不審者である。

ついでに言えば、この関所が出来たばかりの頃に穴までさ迷い出てきた死者にそっくりの服を着ている。

この関所から先に危険なものを出さないのが仕事である門番にとって、何もせずに出すわけには行かないのも、無理は無い。

「なるほど、了解しました。では、規則により伝令虫を飛ばさせていただきます。それと、身元保証人は、アルフレード様ということでよろしいでしょうか?」

「ああ。ついでだからベルナルド大僧正にも伝令を飛ばしておいてくれないか」

僕は代金にちょっとした心づけを加えて銀貨を十数枚ほど握らせながら要求を出す。

「了解しました」

心づけが効いたのか、門番はやや足早になりながら管理小屋に常駐しているのであろう魔術師のもとへと走っていく。

「さてと……カナエ、行こうか」

『え、なに!?』

よっぽど驚いていたのだろう。肩をたたくとびくりと身体を震わせて我に返ったカナエに、出来るだけ笑顔であることを心がけながら、僕は笑いかけて言う。

「とりあえず、僕としては事情を聞きたいと思ってる。こちらでの生活はある程度保障するし、力になれることは力になるから、聞かせてくれないかな?」

死者の都の情報はまだほとんど集まってない。何しろ予言のとおりにこの地に死者の都が現れてまだたったの一ヶ月しか経ってない。

探索者にはぼちぼち居住区の更に中まで踏み入って宝を持ち帰ったり、二度と帰ってこない連中も出始めたけど、中がどうなってるかはまだ殆ど分かっていないのだ。

それでも他の街から来た言霊の加護持ちがこの街の住人から聞きだし、断片的に集まった情報ではこの死者の都がヨッカミヤコなる名前であることと、死者の都にいる死者の数がかつてこの街に住んでいた住人の数ほぼすべてである数十万にも及ぶということ、どうもヴォコルセイヤクなる邪悪な薬師組合が作った毒が原因でこんなことになってるんじゃないかと言うことが分かってるくらいだ。

(正直、薬師組合がなんでそんなことをしたのかは、良く分からない。死霊術師がやらかしたのならまだ分かるんだけど)

そういう意味では、言霊の加護を得た死者の都の住人であるカナエは、非常に貴重だ。

ここは助けておいた方が良いだろう。

『……うん。分かった』

少し考えて、顔をこわばらせながらもカナエも同意する。

「よし、決まりだね」

話がまとまったところで、僕らは壁の向こうに抜ける。

『……これでもう、こっちには死者はいないの?』

「いないよ。向こうから死者が迷いでてこないように、ああして門番がいるわけだし」

長くあの死者の都で死者に怯える生活をしていたせいか、こわごわと辺りを見回しながら尋ねてきたカナエを安心させるために言葉を重ねながら、脱いだ兜を小脇に抱えて、僕らは穴を通って外に出た。



壁の穴をくぐると、そこには当然ながらゾンビはいなかった。

「本当に、居ないんだね」

キョロキョロと見渡してもゾンビはいない。

代わりに暇そうにしている運転手を乗せた馬車が何台か止まっている。と言っても、箱みたいな荷台に、椅子代わりになりそうな段差があるだけの馬車で、引いてる馬もでかいのが一頭だけだ。

ゾンビになってない、普通のおじさんを見るのは、何日ぶりだろう?

おじさんたちはいつ襲ってくるか分からないゾンビに怯えてるわけでもなく、ただゆったりと座って寛いでお客を待っている。

そんな、どうでも良いことに感動を覚える自分が不思議だ。

平和だった頃は、おじさんなんてうざいって思ってたのに。

「これに乗るの?」

自然にこぼれてきた涙を慌てて手でごしごし拭い、気を取り直してアルフに尋ねる。

『ああ。この馬車で大体一時間位かな。完全に夜になる前には街に着くね』

そんな話をしていると、わたしたちの視線に気づいたのだろう。たむろってた馬車のうちの一台がわたしたちに近づいてくる。

『やあそこの兄さん、そんなお嬢ちゃん連れじゃあ徒歩で戻るのも大変だろう。良かったら乗っていかないか? 安くしとくよ。銀貨で八枚』

『……うん。まあそれでいいや。代わりに少し急いでくれないか? 早めに街に戻りたいんだ』

『もちろんだとも。さあ、乗った乗った』

アルフが手早く交渉をまとめると、おじさんがわたしたちに馬車に乗るように促す。

わたしたちが堅い木のベンチみたいな馬車の段差に腰掛けると、すぐに出発する。

「わあ……馬車って結構揺れるんだね」

馬車なんて、小学校の頃の家族旅行で牧場に行ったときに乗って以来だ。

ガタガタと揺れながらも、歩くのとそんなに変わらない速度で、ゆっくりと景色が流れていく。

街の外には、壁の前と同じく畑がどこまでも広がっていた。

だが、農家の人たちもみんなゾンビになってた街と違い、こっちでは日焼けして血色が良い男の人や女の人が元気に働いている。

もうすぐ日が暮れる時間だからなのか、仕事を切り上げて帰る人たちも見える。

……その中の一人、小学生くらいの女の子と、そのお父さんなのであろうごついおじさんが笑いあいながら仲良く手を繋いで道を歩いていた。

『……大丈夫?』

そんな光景を見ていたら、また泣いてたらしい。

アルフが心配そうに聞いてくる。

「だ、大丈夫だよ。うん……ちょっと、疲れただけ」

心配させるわけには行かない。わたしはぎこちなく笑顔を作ると、アルフにそう返した。

『……そっか、なら、いいや』

アルフもそれ以上聞かず、ぐっと目を閉じてしまう。

しばらく、ごとごと揺れる馬車の上でお互い黙って街に着くのを待つ。


……そんな沈黙は、わたしのお腹の音で破られた。


わたしは目を開けてわたしの方を見てきたアルフに恥ずかしくなって俯く。

そういえば昨日、ノッ子に噛まれてから何も食べていない。

どうせもうすぐ死ぬんだし、貴重な食料は他の仲間が生き延びるために食べて欲しいと言って、断ったのだ。

まさか助かるなんて思ってもみなかったから、わたしが持っているのは電池の切れた使い物にならない携帯と、これまた多分ここではなんの使い道も無いお金が入ったお財布。

それと何かとすごく使い道があるスコップだけで、食料も水も持ってきていない。

一旦空腹に気づくと、途端に我慢できなくなってくるのだから、不思議なものだ。

『これ、良かったら』

そんな風に困っていると、アルフが背負っていたリュックをごそごそと漁って、わたしにポンとそれを渡してくる。

綺麗な布に包まれた包みと、透明な水らしきものが半分ほど残ったペットボトル。

『食べて良いよ。僕は街についてから食べるから』

「あ、ありがと……」

なんだか催促してしまったみたいでとても恥ずかしいけど、ご飯になりそうなものを見たら、余計にお腹がすいてきた。

わたしはありがたくいただくことにする。


包みを開けてでてきたのは、干し葡萄を大きくしたようなしわしわの実と、薄い板みたいな、乾パンに似た食べ物。

多分、こっちの世界で言う、保存食みたいなものなんだろう。

拠点でも乾パンとかレーズンとかは腐りにくいからってことでスーパーとかから持ってきてよく食べてたから、ある意味食べなれたものだ。

「それじゃあ、いただきます」

揺れる馬車の上で落とさないようにぴったり揃えた太ももの上に食べ物を置き、手を合わせてから食べ始める。

まず最初は、乾パンを一枚手にとって、齧る。

(ん。堅い……それと、しょっぱい)

腐らないようにするためだろうか。まるで石でも齧ってるみたいに堅い上に、塩気がかなり強い。

無理に齧り取ったら、ボリッと言う音がした。

相当に力を入れないと噛み砕けそうに無い。

今はお腹が空いてるからおいしいと思うけど、普段だったら出来れば遠慮したい味だ。

(あ、そうだ。水……)

普段食べてる乾パンより堅いなと思ったところで、それに気づく。

ペットボトルのキャップを外して、中の水をまだ乾パンが残ってる口の中に注ぐ。

(うん。やっぱりこの方がおいしい、かな)

乾パンが水を吸って柔らかくなった上に、水気でしょっぱさも少し薄れて食べやすくなった。

多分、こうして水を飲みながら食べるものなんだろうと思いながら乾パンを飲み下し、今度はしわしわの実の方を食べる。

こっちはねっとりしていて、余り堅くはない。

噛んでいるとちょっとだけ渋いけど甘酸っぱい味がして、好き嫌いが分かれそうな味だけど、結構おいしかった。

「……ごちそうさま。ありがと、アルフ」

お腹が空いてたせいかわたしはあっという間にアルフから貰った食料を食べ終える。

最後に残った布とペットボトルだけ返して、お礼を言うと、受け取ったペットボトルと布をしまいながら、アルフが言う。

『まあ、これでも一応、僕は聖騎士だからね……困ってる人はとりあえず助けとけ。悪人だと分かったら後で成敗すればいいって教えられてる』

「そっか」

アルフの冗談に少し笑う。

(笑うのも、結構久しぶりかも)

そんなことを思い、ふと目をやれば、少しずつ、建物が集まってるのが見えてきた。

『見えてきたね。あれがリーシアの街。僕らの前線基地さ』

アルフの言葉がわたしの耳を通り抜けていく。


―――あれが、街。ゾンビのいない、街。


わたしはようやく、ゾンビに怯えなくてすむのだと思い……体中から力が抜けた。

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