トンネルの記憶
大学へと続く長い長いトンネル。
彼は歩いてそこを抜けていた。時間にして約15分。なかなか長いトンネルだ。
いつも通りのんびりとトンネルを通り過ぎようと入ったが、何かいつもと違う。
あたりは静かで、人も車もない。
彼、一人だけがその場にいた。
珍しいこともあるんだな。まあ、どうでもいい。
彼はそう心につぶやき、歩き出す。
長いトンネルは緩やかなカーブになっていて、出口は見えない。
薄暗いトンネルはどこか不安を掻き立てるものがあった。
しばらくすると、左手に扉が。
「……え?」
戸惑う。当たり前に通り過ぎるトンネルの中に似つかわしくない扉が、圧倒的な存在感でそこにいた。扉には5の数字が。
入れってことか?
そう、また心でつぶやき扉を開ける。
扉は音を立てず、ゆっくりと開く。その中には、昔の自分がいた。
「これは…幼稚園?」
記憶が曖昧だが15年近く昔の自分が目の前で遊んでいる。隣にいるのはおそらく幼馴染の優一だろう。そう考えながら、二人の少年を見つめる。
このころは悩みなんてなかった…。にしても、この空間はなんだ?いままでこんな扉なかったし…。
トンネルの中のはずだが、別の空間に入ってしまったかのような錯覚に陥る。
彼はその部屋を後にし、また再び大学へ向け前進する。さっきの扉は何だったのか、まったく分からないがとにかく進む。
すると、また左手に扉が。今度は数字の11が。
「また……か?」
数字には気付かず同じように扉を開ける。
音はまったくしない。
おそらく小学校6年生であろう彼の卒業式の瞬間が目の前に広がる。
ああ、卒業か。この時は何も感じなかったっけ。所詮上に上がるだけってね。
自分の記憶を辿りながらその風景を見守る。訳のわからない状況だったが、もともと自分の記憶を見ているだけだったから不安はなかった。寧ろ懐かしさが溢れ出てくる。
懐かしいな…。そんなに年とったっけ?
ふと思いながら、その部屋から出る。
もしかしたら、まだ扉があるのかもしれない。
そう思い、キョロキョロと周りを見ながら歩き出す。
いつも通りだったはずのトンネルは、彼の記憶の倉庫となっていた。
もちろん、すぐに次の扉には辿り着いた。数字の14の書かれた扉が。
そこは、地元ではなく海の広がる風景。
沖縄だ!
ただ純粋にその記憶を楽しんでいた。ありえない状況ではあるが、夢を見ていると思えばさほど不思議を感じない。懐かしさと終わってしまったという寂しさで心がぎゅっとなる。
過去の扉はまだまだ続いた。
高校受験、中学卒業、文化祭や体育祭、修学旅行、大学受験。そして、今日、その日を迎える。
はぁ……、なんとなく、わかったよ……。
扉を入っては出てを繰り返し、彼はそこへ辿り着いた。
目の前で母親と喧嘩している。
喧嘩の末、彼は家を飛び出す。
行く先はなかった。ただ、一人になりたかった。
大学へ向かって思い切り走る。
そして………
トンネルの中の彼は、何故かトンネルの突き当たりに来た。そこにも扉が。
出口というよりは行き止まり。
また、ゆっくりと扉を開ける。
そこは、トンネルの入り口だった。
そして、彼はトンネルにたどり着く。トンネルを抜ければ大学に着くはずだが、トンネルさえもくぐれなかった。
事故に遭ってしまったのだ。
自分が目の前で血を流しながら倒れている。
全てのものが足を止め、ざわついている。しかし、音はない。ただ、その映像だけが眼前に広がる。
ああ、死ぬのか
頭に浮かんだのは、生きていたという証である『死』だけだった。
まだ、息はあるはずの横たわる彼は5分ほど経ってだが救急車で運ばれる。
意識だけがトンネルを過ぎ去り、記憶を走馬灯として思い返した。
彼は諦めたかのように目をつぶり、歩くのを止めた。
トンネルの先に進むことはなかった。