受付と見知らぬ場所
そういった経緯の後に功永ヤナタがたどり着いたのが天の川学園だった。そこにある建物は水系と小さな林と裏の大きすぎる山に囲まれて、功永ヤナタが知る建物のいいところをみんな折衷したようなものだった。完全に建築基準に反しているデザインであることはヤナタでも直ぐに気づく。大理石造りの巨大な神殿模様の巨柱が並んでいた入り口を潜ると、中に校門の鉄格子仕切りがあり、そこを過ぎると書院造のこぢんまりとした畳敷きの建物に、そこから綺麗な直面切り出しの石で造られた普通の校舎に、にゅる、ぐにゅ、しゃきーんと、そういう摩訶不思議な形が付け足された曲折中の建物が見える。ヤナタはとぼとぼと所在もなく取りとめもなく自信もなく言われたとおりに進んでいたのだけど、書院造の建物の前に立てかけられているのぼり旗にある“受付”と読めるのだけどしばらくすると異なる文字にも見えてしまう不思議な文字を見つけるとなぜなのか安売りのチラシにかかる独身貴族のように吸い寄せられた。すっと知らないうちにその体が“こなくそ”と読めるのれんの間を通ってしまったことには通り抜けた当人のほうが驚いている状態だ。
奇妙な髪型の女性が体に吸い付くような薄い布地を幾重にも巻きつけた着物と見えなくもない目にも鮮やかな色を通り越している物体を着込んでいる姿にヤナタは一歩後ずさりしたのだけど、そのまま新作菓子を見つけた甘いものに目がない女性のように吸い寄せられておずおずと一声かけた。
「あの、」
「はい。天の川学園受付のチナミなの。あなたのお名前と、出身造態系と、レストリビュート番号を教えてね」
声に気がついた女性が頭に強調符を浮かべるように、ふわふわした雲のような椅子から立ち上がるのが見える。その肌がチラチラと色を変えるのにもヤナタは驚いているのだけど、なぜかそれが当然のような非常時の中の冷静さを保たされているようだ。困ったように問い返すのが声帯の果たす仕事になった。
「いえ、あの」
「あら、それじゃあ本日いらっしゃるかたの名簿から手繰りましょうね。おBU$¥せUSう6Ⅱ、主キ%&NOニWO系、奥の院N―24。の方ですか」
「いいえ」
「それなら、ぴのすーすれすと、にゅーきのれなんと、伎楽課O―3。の方ですか」
「何のこと、なの」
ヤナタにはまるでわからない。女性は気にもせず薄い液晶でも張ってあるのか空中に向かって手をかざしながら色々な発音で色々なことを告げてくる。ヤナタはIPアドレスのまま送信先を教えられる人のように目を白黒させていたのだけどその読み上げがずっと続きそうな雰囲気に、やがて、気づいたように口を開く。
「功永ヤナタ。出身造態系は、意味がよく分からない、かな。番号は、これ。携帯電話の番号ならあるけど」
そういうとまるまる一世代は後れている、見開き方の小さな画面の携帯電話を突き出しながらヤナタはチナミと名乗った女性のような、それでいてたぶん俗に定義された人間の女性ではないような人物の顔に服に浮かぶ様々な色の変化を眺めた。色は一瞬だけ現れる波紋のようにチナミの顔の周りの肌色を浸食して、それから色合いの逆侵食が始まるとやがて何事もなかったかのように消えてしまう。
「これ、と。しばらく待ってね」
預かろうと伸ばされた手はヤナタの手より少し冷たかった。触れられたところを失礼にならないように体の後ろに隠しながらなでる。待つ間。静かに眺めているヤナタ。チナミの体に現れては消えるグラデーションの変化。ぽたん、すぅっ、ぱあああぁ、ぐぅうっ、ぽたん。そんな感じ。あるときなどは肌色が服の上に現れ、まるで素肌が露出したかのように見えてヤナタはなぜか恥ずかしくなって注いでいた視線をずらした。
「どうやら、物質系。それも相当の世界からいらっしゃったみたいですね。そういう方の来校予定はこれから3日以上ないはずなのですか」
チナミは右肩に少しだけ重心を移してみせる。その髪がさらさら揺れて幾色も幾色も色が入れ替わって玉虫の色が何重にも重なったようにみえる。
「どのような目的でいらっしゃったのですか」
「あの」
一から話そうとしたのだろう。ヤナタは顔の側方に人差し指を伸ばしてトントンと頬骨を叩いてみる。それからほほをげんこつで軽く2回触れると天井を見上げてため息をついてみる。肩が落ちる。
「僕の方が知りたいくらいだよ」
「目的がない。と」
そう口にしながらチナミはしばらくの間、考え込んでいたのだけど、その指が髪の枝毛を包み込むようになで上げられると、突然その髪の毛が黒一色に統一されたかと思うとグラデーションを描き出し、ピコピコと光出す。
「はい、はい、そうですか。わかりました」
「あ、あの」
「功永ヤナタ。チナミの担当日に面倒なことを起こしてもらっては困るのです。チナミはそういうことには慣れていないの」
唇に人差し指を当てるチナミは真剣そのものに困惑していた。真剣に困惑していた。空気の上にあるのか、指先をタッチパネルに当てるように空気の泡を弾く。そのまま待つヤナタが体の後ろで腕を開いたり閉じたりと12回繰り返したときだ。
「初等部の創造課Z―404に空があります。入校手続きに進みますが質問は」
「え、あ、うん。どういうことかな」
「MK星生新神運輸の方から連絡があっています。天の川学園に預かって欲しい荷物があると」
荷物といわれてヤナタの顔が少し歪む。傷ついたように「そんな言い方って」とつぶやいたのだけど、それもチナミには関係ないことだ。
「聞いてみたところです。幽―0号の乗客になるための近道は、創造課に進むことだとチナミは告げられました」
「そうなの」
ヤナタは確認しながら、急なことに疲れてしまってふっと足の力を抜いたのだけど、なぜなのか、背中と足が浮き上がる感覚とともにいつの間にかふわふわの雲のような椅子に座り込んでいた。おそるおそる振り向いて少し腰を浮かせた後は背中を預ける。
「どうなされますか。他の方法では王さまの天符号区画で働き続ければいずれ幽―0号に乗ることができるみたいですが、チナミ、これはお勧めしません」
「どうして」
「とてもとても難しくて長い道のりだから」
とても怖そうだ。まるでおびえた子犬のように眉を寄せて瞳を揺らしているチナミはこれもまた秘密の隠し場所を見つけられた子犬のように小さな声でそう口にした。ヤナタは椅子に向かって背中を何度か倒して見せて、反発運動でブランブランと体を揺すりながら、怖がるチナミに同情するように、そして自分がそんな怖いものに立ち向かえるのかという思いで顔を曇らせて首を振る。
「ねえ、入校といわれても。お金、持ってないよ」
「構いません。初等部の創造課Zはそういうところですから」
「それで、どうすればいいの」
ヤナタが疑問符を浮かべるように体を乗り出して聞いてみると、チナミはまるで真似をするように同じように乗り出して口にした。
「うなずいて、ここにサインを」
「どこに」
そう口にするや否や、紙の契約書が現れて、ご丁寧に様々な条項がつけられてヤナタとチナミをさえぎるように取り出されて揺れる。チナミの腕がその真下をちょこんとつかんで直角に紙を立てていた。
「ここに」
そうして功永ヤナタは天の川学園の初等部創造課Z―404の生徒となった。